第3話 地球転移

 チュリッピーはミャムを交換したその足で、ブナの木のファントームのブーヴァのもとに向かった。

 ブーヴァは転移を請け負う特殊な力を持ったファントームだ。


 ブーヴァに1000ミャムを支払えば、これで晴れて地球に行ける。


 チュリッピーは森の奥深く、ブーヴァの棲家へと急いだ。


 湖のそばにブーヴァの姿はあった。

 天を突くように高く伸びた枝に、緑のみずみずしい葉っぱが無数に茂っている。

 森の女王という呼び名にふさわしく、ブーヴァの悠然とした姿は、すべてを包み込むような大らかさを醸し出していた。


 ブーヴァは、森に溶け込む深い緑色のドレスに、漆黒の羽をつけている。

 

 ―とうとうこの時がやってきた。


 チュリッピーは少し緊張しながら、ブーヴァに近づいて行った。


「ブーヴァさま、こんにちは」


 チュリッピーはエメラルドのドレスを揺らしながら、クルクル回って挨拶した。


「だあれ?あんたは」


 ブーヴァの低くてよく通る声が返ってきた。


「チュリッピーといいます。地球に転移したいんです。1000ミャムを持ってきました。」


 チュリッピーはドレスをつまんで、うやうやしく少し体を沈めるようにして挨拶した。


「チュリッピー?」


 ブーヴァは少し考えた後、何かに気がついたように、ふーん、と言ってチュリッピーをまじまじと眺めた。


「黒チューリップのチュリオンの娘、そうなのね?だから地球に行きたいのね?」


 チュリッピーは、ブーヴァが父親のことを知っていてくれたという嬉しさと驚きで、頬を紅潮させながら大きく頷いた。


 しかしブーヴァは、チュリッピーの様子には構わず、


「父親の仇を打ちたいの?だったらやめておきなさい。」


と、厳しくピシャリと言い放ったのだ。


 ブーヴァは木の幹をを揺さぶり、葉っぱをならした。


 ザワザワ、ザワザワ。

 風が起こってチュリッピーの頬を撫でた。


「違います。仇打ちなんかじゃありません。」


 チュリッピーもここで諦めるわけにはいかない。


「取り戻したいんです。滅びた6つの星も、そしてパパも。全部取り戻しに行きたいんです。ファイヤースターの花を咲かせれば、滅びた星もみんな、愛と癒しの星として再生できるはずです。お願いです。地球に転移させてください」


 チュリッピーがそう懇願すると、しかしブーヴァはチュリルのその言葉には答えずに、話を続けた。


「ファイヤースターの種は全部で7つ。そのうちの6つは、花を咲かせる前に邪悪なエネルギーを浴びてしまったわ。邪悪なエネルギーのせいで、星もろとも宇宙の塵になってしまったのよ。あんたも知ってるでしょ?残りはあとひとつ。それが地球にあることは確かだけど、あんたには無理よ。」


 ブーヴァは、太い幹をゆすりながら、はっきりとそう告げた。


「あんたの父親のチュリオンは勇敢だったわ。でもそれでも、ファイヤースターを邪悪なパワーから守り抜くことはできなかったわ、悔しいけれど」

「いい?あんたがファイヤースターを咲かせようとして地球に転移すれば、それはすぐにヤツらに知れる。そうなったら、、、」


「ヤツらって、、、ヤツらとは誰なのですか?」


 チュリッピーがそう尋ねると、ブーヴァは何かを思い出しているかのように、ゆっくりと話し始めた。


「ファイヤースターの種を探し出して、愛と癒しのパワーを注ぐことができるのは、わたしたち愛と癒しの星、ブルームハートのファントームだけよ。ファイヤースターの種を探すことも、愛と癒しのパワーで育てることも、ファントームでなければできはしない。これまでわが星ブルームハートは、争いに満ちた星からの要請を受けて、強力な愛と癒しのパワーを持つ者たちを、戦士としてそれらの星に送り込んできたの。目的はもちろん、ファイヤースターの種を探し出して、花を咲かせること。そうして愛と平和の星へと生まれ変わらせることよ。」


 ブーヴァは視線を下に落とした。


「でもね、あんたも知ってのとおり、その目的が達成されることはなかったわ。ファイヤースターを探し出すことはできても、探し出した途端にヤツらが現れて、結局ファイヤースターは邪悪なパワーにやられてしまった。そしてみんな、、、宇宙の塵よ」


 ブーヴァはそう言うと、氷のように冷たく悲しいため息をフーッと吐いた。


「この宇宙にはね、愛と平和を求めるものたちもいるけれど、邪悪な力ですべてを支配したいと考える者たちもいるのよ。そういう者たちにとっては、ファイヤースターは脅威なの。あんたにだってわかるでしょ?」


「もちろん、わかります。だけど、、、」


 チュリッピーの言葉が終わらないうちに、ブーヴァは言葉を続けた。


「花を咲かせることを許してしまえば、たちまち邪悪なものたちは滅びるのよ。そしてその星どころか、これまで滅びてきた6つの星も、愛と平和の星として再生してしまうのだから。そうなったらもうヤツらは終わりよ」

「チュリッピー、いい?だから今このときだって、いつファントームがやってくるかと、ヤツらは地球の周りを監視しているはずよ。ファントームが種を探し出して、花を咲かせようとすれば、邪悪なパワーを使って襲いかかってくるのよ」

「ヤツらは、、、ファイヤースターの花を咲かせることを、絶対に許しはしないわ」


「でもっ、、、」


 チュリッピーがそれを聞いてなお食い下がろうとすると、その言葉を遮って、ブーヴァが静かに言った。


「わたしはもう誰も失いたくないのよ。あんたの気持ちはわたしにもよくわかるわ。でもわたしは、転移の請け負いなんて二度とやるもんかって誓ったのよ。さあ、悪いことは言わないわ。地球に転移するなんて考えは忘れなさい」


 ブーヴァがそう言い終わると同時に、背中についた大きな漆黒の羽から光が発せられた。

 チュリッピーが発せられた光の先を見上げると、そこには光のスクリーンが出現していた。

 そのスクリーンに映し出されていたのは、、、。


「パパっ」


 チュリッピーは思わず叫び声を上げた。

 そこには、チュリッピーの父親であるチュリオンの最期の姿が映し出されていたのだ。


 おそらくファイヤースターであろうと思われる植物の緑の葉っぱが、みるみる黒色に変色していく。そしてその変色していく植物に向かって、必死でパワーを送ろうとする父、チュリオンの姿がそこにはあった。


 チュリッピーが叫んだ次の瞬間、ファイヤースターはメラメラと黒い炎を上げて燃え盛った。

 なすすべもなく、チュリオンの驚愕の表情は、一瞬でどす黒い炎に飲み込まれていったのだった。

 スクリーンには、ただただどす黒い炎が、踊っているかのように、メラメラと大きく強く燃え盛る様子が映し出されていた。


「こんなものをあんたに見せたくはなかったわ。でも、わかってほしかったの。ファイヤースターを咲かせようとすることが、どういうことなのかを。さあ、もう恐ろしいことを考えるのは終わりよ。それよりも、このブルームハートをもっともっと愛と癒しに満ちた星にするために、あんたの力を貸してちょうだい」


 ブーヴァはそう言うと、背中についた大きな漆黒に光る羽を、ゆっくりとはばたかせた。

 その瞬間、ゴールドの粒の混じった淡いピンク色の風が巻き起こって、チュリッピーのからだをやさしく包み込んだ。

 

 ―なんという優しさなんだろう。


 チュリッピーは今まで感じたことのないほどの心地良さを感じた。


 風がからだのすみずみまで染み込んで、父親を失った悲しみも、さっき見た光景も、すべてが風に溶けて癒されていくように感じていた。

 風に包まれながら、いつしか悲しみは癒えて、チュリッピーの顔にはいつもの輝きが戻ってきた。


「ブーヴァさま!」


 チュリッピーの心は決まった。


「それでもわたしは地球に転移したいのです。お願いします。私を愛と癒しの戦士として、地球に送っていただけませんか」


 ブーヴァはチュリッピーの言葉を聞くと、やれやれというような表情になって、羽を羽ばたかせて上空へと上っていった。

 そして、


「みんな聞いて。チュリッピーが地球に転移するわ!」


 と声を響かせながら風を巻き起こした。


 ブーヴァのドレスの色と同じ深緑の風に、ブーヴァの声が乗って、ブルームハート全体をすっぽりと包んだ。

 こうして、チュリッピーが地球に転移することは、ブルームハートのすべてのファントームに知らされた。


「チュリッピー、よく聞いて。大切なことよ。地球に転移しても、姿は人間になるけれど、あんたは影であり幻、ファントームであることに変わりはないわ。命の源は今と同じ、ハートアクティベーターなの。地球上では、一度チャージすれば24時間生命を維持できる。でももしチャージできなければ、そのときはファントームの宿命として、光の塵となって宇宙に消えていくことになるわ。あんたにその覚悟はある?」


 ブーヴァの問いかけに、チュリッピーはしっかりとブーヴァを見返しながら、


「もちろんです!」


 と、きっぱりとこたえた。

 そして続けて、


「でも、どうやってチャージすればいいのですか?」と聞いた。


「花とつながればチャージされるわ。どんな花でもいいけど、ただし、必ず24時間に一度チャージすること。これは絶対よ。いいわね?」


「はい、わかりました」


 チュリッピーの答えを聞いたブーヴァは、次に深緑のドレスから、枝を手のように使って何かを取り出した。 

 ツルで作られた輪っかに、紫色の星形の石を通したペンダントだ。


「これを持っていくといいわ。何かあったときは力になってくれるから。」


「ありがとうございます」


 ブーヴァがさっそくそのペンダントをチュリッピーの頭にかけてくれた。


「さあ、わたしに出来ることはこれだけよ。地球に行ったらあとはもう、あんたが自分でやるしかないのよ。宇宙に愛と平和を。健闘を祈るわ」


「ありがとうございます。ブーヴァさま、最後にわたしから、お礼に愛と癒しのパワーを送らせてもらえませんか?」


 チュリッピーの言葉に、ブーヴァはにっこりと微笑んで、


「ありがとう」と言った。

 

 チュリッピーは、すぐそばの湖から深い癒しを呼び起こし、水色の風に乗せた。

 そして次に、森の精霊たちからの愛を集めると、光に溶け込ませた。

 と、そこに、星中のファントームたちからの、愛と癒しのエネルギーが風や光となって届けられた。

 旅立つチュリッピーへのエールだ。


 チュリッピーは、水色の風と愛の光、そして星中から集まった愛と癒しのエネルギー、そのすべてを融合してゴールドの光輝く風に変えた。


 シュルルルルル、ヒュー、ヒューーー。

 

 チュリッピーは、ゴールドの光輝く風を、森や丘や草原や、星のあらゆるところに吹き渡らせたのだった。


 かつてないほどの愛と癒しがブルームハートを包み込み、上空には虹がかかった。


「みんながあんたの勇気を称えているわ。さあ、別れの時が来たようね。また会えると信じてるわ」


 チュリッピーが頷いた。

 

 チュリッピーの頭上に浮かぶ1000ミャムの光の塊に向かって、ブーヴァの羽から紫色の光線が放たれた。

 頭上のオレンジ色の光の塊が大きく伸びて、チュリッピーの体をすっぽりと包み込んだ。

 そしてその表面を、紫の光線がいく筋も稲妻のように走ったのだった。


 天空にまばゆい光のポータルが現れ、光と稲妻に包まれたチュリッピーが、吸い込まれていった。

 次の瞬間ポータルは閉じて、そこには何事もなかったかのようにいつもの青空が広がった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る