第七章 邪の森

第1話 闇の掟

 ―ここは邪悪の星『ブルゼ』の闇の魔宮―


「陛下、『邪の水』にございます」


 ダークネスは、彫刻の施されたワイングラスのような形状をした器を、盆のようなものに載せて、リオンに恭しく差し出した。


 器の中の紫の水が、グラスの青や黒や緑などの色彩と混ざり合って、妖しい色に輝き、揺れている。


 リオンは、無言でグラスを掴み取ると、グビグビと息もつかずに一気に飲み干した。


「フゥーッ、やっと落ち着いたわい。くそっ、あの小娘めっ。次こそ目に物見せてくれるわい」


 リオンはしばらくの間、頭を押さえてブツブツと言っていたが、『邪の水』のおかげか、少し平静を取り戻し、側についているダークネスの方に目を向けた。


「ダークネスよ、お前に告げねばならないことがある」


 リオンは、何かを思い出すかのように、宙を見つめながら話し出した。


「ワシはお前が幼少の頃から、剣を与え、戦士にするべく剣術を教えてきた。」


「はい、陛下。お陰でこのように身に余る待遇をいただき、感謝致しております。ワタシが今日こんにちあるのは陛下のお陰。王族でもないワタシに目をかけていただき、光栄にございます」


 ダークネスはひざまずいて、頭を垂れてリオンの言葉を聞いている。


「王族ではない、、、。その通り、確かにお前は王族ではない。それはお前の黒髪がはっきりと証明しておる。王族ではないというその事実が、このような形で、お前の地位を奪うことになろうとは、、、。フゥーッ」


 リオンは一つ、大きなため息をついた。


 ダークネスは、ハッとして、頭を上げてリオンの顔を見つめた。


「ダークネス、お前も知っての通り、わが星を支配する邪神、ヴォルデュー様に繋がることができるのは、紫の髪を持つ王族のみだ。ヴォルデュー様に繋がることで、ワシら王族は、邪気を体に満たすことができる。つまり、ワシら王族は、たとえ邪気を失うことがあったとしても、ヴォルデュー様に繋がりさえすれば、いつでも邪気を取り戻すことができるのだ。しかしそれは、王族にしか許されぬこと。王族でない限り、一度失った邪気を取り戻すことはできないのだ」


 ごこでリオンは言葉を切って、ダークネスの目を見つめて続けた。


「つまり、お前が失った邪気を取り戻すことは、もう不可能だと言うことだ、、。王族ではないお前には、、、もう邪気は戻らぬ。わかるな、ダークネス」


 リオンの顔は、苦しさで歪んでいる。


「今日限り、お前から、ダークネスの称号を剥奪する、、、」 


 ダークネスは神妙な面持ちで、リオンに応えた。


「陛下、、、ワタシが未熟なばかりに、、、なんとお応えしてよいのか、、、。しかし、これはワタシ自身が招いたこと。どうぞ陛下のお心のままに」


 しかし、そう言うダークネスの胸の内は、リオンに向けた表情とは裏腹に、安堵に溢れ、清々しくさえあった。


「フンッ、ワシの目を欺けるとでも思っておるのか。たわけっ、腰抜けが。もう闘いはごめんだ、そうであろう?」


 それだけ言うと、リオンは打って変わって無表情になった。


「わが星『ブルゼ』は邪悪の星。邪気の無いものに用はない。お前はもう闘えぬ。目障りだっ、下がれ」


 リオンはそう告げると、妖気の立ち昇る椅子を蹴飛ばして立ち上がり、奥の間へと消えた。




 奥の間は、いわばリオンのプライベートルームだ。


 リオンは部屋に入ると、しばらくその場にたたずみ、


「無念、、、」


 と呻いた。


 そしてたかぶる感情を抑えきれず、手に持った杖で、天井にぶら下げられた黒紫のシャンデリアのような装飾を打ち砕いた。


 ガッシャーン。


 大きな音とともに、装飾が落下し、破片がそこら中に散らばった。


「陛下、どうかなされましたか?」


「陛下、、、」


 音を聞きつけて、ドアの向こうにお付きの者たちが集まって、騒ぎになっている。


 リオンはまだたかぶりが収まらぬ様子で、荒々しくドアを開けた。


「片付けておけっ。ワシは邪の森に入る」


 集まった者たちにそう言い捨てて、リオンは魔宮の外へと向かったのだった。






 魔宮の外は暗黒の世界、光は天空の星々の瞬きのみだ。


 リオンは星々の中でも、紫色の光を放つ一つの星を見上げた。


 そして、その星に向かって、


「光度を70パーセントに」


 と告げた。


 やがて徐々に夜が明けていくように、辺りは明るさを増していった。


 闇が明けて、ついに魔宮の全貌が露わとなった。


 魔宮は切り立った崖の上に建っている。


 崖の下にどんな世界が広がっているのかは、雲のような、あるいは霧のようなもやに阻まれて、上からは何も覗き見ることができない。


 魔宮は崖の上に建つ、まさに孤城であり、支配する者たちだけの空間となっているのだった。


 リオンは、紫の光を放つ星に向かって、両手と両足を広げて立った。


 「スロームスロームメルディスメルディス」


 リオンが天を仰ぎながらそう唱えると、紫の星からとばりのようなものが下りてきた。


 星の放つ色と同じく、とばりは紫色にゆらゆらと揺れて、まるで陽炎かげろうのようだ。


 リオンは一歩、二歩と前に進み、とばりをすり抜けた。


 するとその瞬間、リオンの目の前の、さっきまで崖であったその場所に、森が出現したのだった。


 

 

 


 






 




 

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