第4話 ラルフ死す!?
間近に迫るグラフの気配に急き立てられるように、ステラたちは慌ただしく出発した。
とにかく少しでも洞窟から離れなければ。
ステラたちは、シエルの案内を頼りに進んだ。
しかし、急ぎたいのはもちろんだが、草木が生い茂って足元すら見えない。
ステラは何度も足を滑らせそうになった。
そしてその度に、谷底まで落ちていくのではないかという恐怖を味わっていた。
山に慣れているはずのラルフでさえも、故郷の森との違いに戸惑い、なかなか思うように進むことができずにいた。
結局、洞窟からいくらも離れないうちに、ステラたちはグラフに追いつかれてしまった。
―ドドドドド、、、。
グラフのものではない、大地を踏み締める力強い足音。
「なんだ?グラフのヤツ、今度は恐竜でも連れてるのか」
冗談とも本気ともつかないような調子で、ラルフが呟いた。
―なるほど、そうか、熊か、、、。
茂みから姿を現したグラフは、大きな熊の背中に乗っていた。
疲れた様子もなく、ステラたちを見つけると、満面の笑みで近づいて来た。
「フハハハハハ」
「やあ諸君、また会えて嬉しいよ」
しかし次の瞬間、グラフの顔からは笑みが消えて、怒りとも憎しみともつかない表情で、ステラたちを見つめた。
「探しましたよ。まさか逃げ切れるなどと考えているのではないでしょうねえ」
感情の昂りからか、声が上ずって、かすかに震えている。
相変わらずの端正な顔立ちからは、不気味さと冷酷さが漂っていた。
「もう手加減はしませんよ。」
熊の背中から降りると、グラフは溜まりかねたように、熊に向かって命令した。
「さあ、やれっ」
熊は瞬時に反応して、ステラに向かって突進してきた。
グァオオオオオーーー。
2メートルはあろうかという大熊だ。
しかしステラは、横に跳んでひらりとかわした。
グオッ、グオッ、グァオオオオオーーー。
熊は天に向かって激しく吠えた。
怒り狂った熊は、身を翻してステラに近づくと、今度はステラの頭に向かって、腕を振り下ろした。
「危ないっ」
その時、熊とステラの間にラルフが飛び込んできた。
ラルフが熊の腕に喰らいつく。
「ギャアオォッ」
熊が腕をブンブン振り回して、ラルフはたまらず山肌に叩きつけられた。
一方、ラルフの助けで、熊の攻撃から逃れたステラに向かって、今度はグラフが剣を突きつけて迫ってきた。
熊にラルフを攻撃させておいて、グラフはステラに狙いを定めていたのだ。
「逃がしませんよ」
剣で追い回すグラフに対して、しかしステラは、妖精のように、その攻撃をヒラリヒラリとかわしていった。
「ヌォーーーッ、小癪な魔女めっ」
グラフの端正な顔は、怒りで夜叉のように歪んだ。
「うまく逃げたつもりだろうが、だがこれまでだ。もう逃がしませんよ」
ステラは、崖に追い詰められていた。
グラフが剣をステラに向かって、大きく振りかぶった。
「さようなら、ステラ姫」
ニヤリと笑って剣を振り下ろそうとしたその時、シエルが、その血走ったグラフの目を嘴で突いた。
「ギャアアアアアアッ」
血の滴る目を手で抑えて、グラフが後ずさって尻餅をついた。
「おのれーーーっ、許さんっ」
グラフの紫色の髪の毛が逆立って、ユラユラと湯気が立ち上った。
ステラは、その一瞬の隙に、グラフの脇をすり抜けた。
グラフの背後では、ラルフと熊の死闘が繰り広げられていた。
熊の腕ではたかれたのだろうか、ラルフの頭部から肩のあたりにかけて、大きく引き裂かれた傷があり、血が流れ出ている。
一方、熊の方も、脇腹のあたりに大きくえぐれたような傷があり、そこから大量に出血していた。
血を見てなお一層、二頭は野生の本能で闘志を剥き出しにした。
傷を負って引くどころか、ギラついた目でお互いを睨みつけていた。
そして次の瞬間、ラルフは跳び上がって、熊の喉元に喰らい付こうとした。
しかし熊は、その太く重い上腕で、ラルフの顔をはたき落とし、そのまま逆にラルフの頭部に噛み付いた。
ガシッ。
鈍い音を立てて、熊の歯が突き刺さる。
ラルフはそれでも声も立てず、耐えながら反撃の機会を窺った。
ミシミシミシッ。
熊の歯はラルフの頭部に食い込み、ラルフの顔は血で真っ赤に染まった。
熊はなんとしても離さない。
それどころか、そのまま頭を食いちぎる勢いだ。
次第に、ラルフの意識は薄れていった。
―ウ、ウ、ウゥゥゥ、、、―
ラルフ自身の意思に反して漏れる呻き声だけが、悲痛に響いた。
「やめてっ、、、お願い、もうやめて」
ステラが熊を引き離そうとすがったが、びくともしない。
シエルも、熊の目を嘴で攻撃しようとしたが、逆に熊に手ではたかれて、地面に打ちつけられてしまった。
「シエルっ、、、」
ステラが急いでシエルを腕にすくって、羽を撫でた。
「ステラ、あたちは大丈夫でち。でも、ラルフが、、、」
シエルの目からも涙が溢れた。
―このままではラルフが死んでしまう。
ステラはとっさに、山の奥深くに意識を集中しようとした。
―愛と癒しの風を吹かせるのよ。
しかしその時、
「そうはさせるかっ」
という声とともに、背後からグラフが切り付けてきた。
かすかな気配を感じて跳び退いたものの、剣はステラの肩をかすめた。
ステラの白い肌から血が滴っている。
「フッフッフッフ、さあ、ステラ姫、キミもこれまでですよ」
そう言うと、グラフは残忍な笑みを浮かべて、ステラに向かって剣を振り上げた。
もうこれで終わりかと思われた時、追い詰められたステラの前に、なんと、子熊が飛び出して来た。
「ステラお姉ちゃんっ」
そう叫びながらステラに抱きついてきたのは、ブランだった。
ブランはグラフの方を向くと、ステラの前に手を広げて立ちはだかった。
「やめろよ。ボ、ボクが相手だっ」
ブランは、体を震わせながら精一杯の勇気で叫んだ。
「フッハッハッハッハ」
「小僧、死にたくなければそこを退くんだ。退かなければ、容赦なく、、、殺す」
グラフの血走った目が、ブランに向かってカッと見開かれた。
「子熊であろうと、邪魔をする者は容赦はしない」
―本気だ。
ステラはとっさに、ブランを横に突き飛ばした。
「アァァッ」
しかしブランの叫び声を聞いて、茂みから今度は親熊のシンが走り出てきた。
ステラたちを探して洞窟を出たブランを、追ってきたのだ。
「ブランっ」
剣を振り上げているグラフを見て、一気にシンの血が煮えたぎった。
「グァオオオオオーーー、息子に何をするんだっ」
シンが、グラフに向かって突進しようとしたその時だった。
シンを見つめるグラフの目が、燃えるような赤色に変化した。
シンが引き込まれるようにその瞳を見つめ返すと、燃えるような赤色の瞳は、ぐるぐると回り出した。
―はっ、あれは、、、。
「シンさん、ダメよっ、見ちゃダメ。グラフの目を見ないでっ」
ステラが必死に訴える声に、シンはハッと我に返った。
そして我に返ると同時にシンは、一瞬、グラフに意識を持っていかれそうになったことに、恐怖を感じた。
「グォーッ、何をするんだ、このばけものめっ」
そう言いながらもシンは、さっきまでの煮えたぎった頭は鎮まり、警戒して様子を窺った。
しかしグラフはそれ以上、シンに取り合う気はないようだ。
シンがすぐに攻撃して来ないとみると、グラフはすぐに視線をステラに移した。
「チッ、目障りな魔女め、熊に食われるがいい」
グラフはそう呟くと、ラルフに噛み付いている熊に命令した。
「ビッグベア、そっちはもういい。放っておけばどうせ死ぬ。魔女をやれっ」
グラフの命令に従って、熊はラルフを解放した。
「ラルフっ」
ステラは、すぐにも癒しのパワーでラルフの傷を癒したかったが、熊は振り向きざまに、すぐにステラに襲いかかる構えを見せた。
ラルフは力なく、そのまま斜面を転げ落ちて行ってしまった。
グラフの頭上では、シエルが大声で喚いている。
「か弱い女子を相手に、何をするでちか。男と熊が寄って集って、ああ、みっともないでちね。そんなんじゃ、女の子にはモテないでちよーだ。弱虫ーーっ。ギーっ、ギーっ、ギーっ、、、」
グラフはニヤリと笑って、頭上を剣で切り裂いた。
―シュンシュンッ、、、―
シエルの羽が、パラパラと落ちた。
「ギッ、ギッ、ギィィーッ」
シエルは驚いて、鳴きながら高い木の枝へと、避難した。
グラフの狙いは、ステラだけだ。
―シンとブランから離れよう。
ステラは、とにかくビッグベアとグラフを自分に引き付けようと、周囲を注意深く見回した。
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