第3話 紫を足して黄金を注ぐ

 潮が引いて現れた道をたどって、ラルフとステラが走り着いたそこには、やはり予言どおり洞窟かあった。


―紫の洞窟だ。


 その名の通り、洞窟の内部には、紫に光る石がびっしりと張り付いていた。

 洞窟の外に広がる海面に映った月明かりの反射で、紫色の石は妖しげに輝き、そこだけが現実の世界から遮断された別の空間のように感じられた。


 ラルフとステラは洞窟の中へと入っていった。

 入っていったといっても、奥行きはわずか数メートルだ。

 洞窟の中を見渡すと、壁に張り付いた紫の石の他は、天井からぶら下がるように、ピンクの花が一輪咲いているだけだ。

 ステラが探しているファイヤースターの種のようなものなど、どこにも見つけることは出来なかった。


「何もないわね」


 ステラは少しがっかりしたように言った。

 しかしラルフは、ステラのその言葉に応えるでもなく、どこか考え事でもしているかのようだった。


 ステラの視線に気づいてラルフが口を開いた。


「〝満月の夜にステラが降ってきてこの森を救う”、〝満月が赤く染まったその翌日に、夜のとばりが降りる頃、紫の洞窟へと続く道が海の中から現れる”」


 ラルフはもう一度予言を口にした。

 そしてさらに続けてこう言った。


「予言には、実はこのあとまだもう一文だけ続きがあるんだ。」


 思いも寄らないラルフの言葉に少し驚きながら、ステラは思わずラルフの顔を覗き込むようにして聞き返した。


「続きですって?」


「そうだ。続きはこうだ。〝紫を足して黄金を注ぎ、青と融合せよ”、それが最後の一文だ。これで正真正銘、予言は終わりだ」


「〝紫を足して黄金を注ぎ、青と融合せよ”、って、よく意味がわからないわ。どういうことなの?」


 ステラはラルフに向かって尋ねた。


「それはまだボクにもわからない。」


 そして少し考えてから、ラルフが言った。


「最初から考えてみよう。まず、〝紫を足す”からだが、、、」


「紫って、、、洞窟の中は紫の石だらけだけど、、、ほかに紫のものが何かあるのかしら?」


 ステラは洞窟の中を見回したが、やはり洞窟に張り付いた石以外、紫のものどころか何も見当たらない。


「紫なんて、やっぱりこの石しかないわ。でもこの紫の石をどこに足すというのかしら。足すも何も、そう簡単には剥がれそうもないし、、、」


 そう言いながらステラは、洞窟に張り付いた紫の石を剥がそうとして、あちこち力を入れてみたが、無駄に終わった。

 

 しかし、そうやって石を剥がそうとしているステラを見ながら、ラルフはふと、ステラの首元に揺れるペンダントに目を止めた。


「紫、、、」


 ステラが地球に転移する時に、ブーヴァからもらったそのペンダントも、ちょうど洞窟の石と同じ紫色をしていたのだ。


「ステラ!紫って、もしかしてキミが首につけているその石のことじゃないのか!?」


 ラルフはステラに、首からぶら下げた紫の石を目で示しながら言った。


「その石を足すということなのか?だとしたら、何に?それともどこに?足すんだろうか」


 海面に映った月明かりの反射で、相変わらず洞窟内の紫の石はキラキラと輝いている。

 美しく輝く石を見ながら、ラルフは自分自身とステラに言い聞かせるように言った。


「この中に、何かあるはずだ」


 ラルフとステラは洞窟の中をもう一度すみずみまで見て回った。

 しかしやはり、何も見つけることができない、、、。


 と、ステラが何かに気づいた。

 洞窟の中は紫の石がびっしりと張り付いているのだが、、、。


「あれ?ここ、、、?」


 洞窟の一番奥の辺りに、1箇所だけ石が剥がれたのか、岩肌が露出しているところがあった。

 ラルフが、ステラが指差したところを見ると、そこだけ紫の石が張り付いておらず、ちょうど星形に岩肌が露出していた。


「このカタチは、、、」


「ペンダントと同じだ!」


 ラルフが興奮して叫んだ。


 岩肌が露出している部分は、大きさも形もステラのペンダントと同じだったのだ。

 〝紫を足す”とはつまり、ステラのペンダントをこの露出した岩肌にぴたりとはめ込む、そういうことなのだろうか?


 ステラは首からペンダントを外すと、星形の紫の石を輪っかから外して、岩肌にはめ込んでみた。


 ―ぴったりだ。


「ステラ!そうだよ、これだったんだ」


 ラルフが興奮して大きな声を出した。

 しかし、ぴったりはまりはしたものの、特に何も変化は起きない、、、。

 ペンダントの石をはめる前と変わらず、月明かりと、その反射で洞窟の中がキラキラときらめいている以外は、闇に包まれ、波の音だけが聞こえていた。


 ラルフは、肩透かしを食らったような気持ちになった。

 

 ―とにかく、先に進もう。


 その場の空気を変えるように、少し声を張ってステラに声をかけた。


「次は黄金と青だ」


 ステラも頷く。


「今ここにいるのはわたしとラルフ、あなただけよ。えっと、他には、、、洞窟の中には紫の石とピンクの花。洞窟の外には海があるだけよ。この中に、きっと黄金と青があるはずなんだけど」


 ステラがそういうと、ラルフも、


「そうだな」


 と言って頷いた。


 しばらく考えてから、今度はステラが、


「そうだわ、ラルフ、この中で青いのはあなたの目だけよ。青はあなたの目のことじゃないかしら」


 と言った。


「確かにボクの目の色は青色だが、、、。ボクの目の青を融合するとはどういうことだろう、、、」


 もちろんラルフは、あの自分が治めている故郷の森を救うためなら、目の一つや二つ、惜しくはなかった。

 それで森が救われるのなら、喜んで自分の目を捧げる、そのくらいの覚悟は持っていた。


「青がボクの目を指すのなら、ボクは何でもするさ。」


 ステラにはラルフの気持ちがわかった。

 なぜならそれはステラも同じ気持ちだったからだ。


「〝青の融合”が何なのか、それを知るためにも、まずは先に〝黄金を注ぐ”を解明しなくちゃいけないわ。黄金って何だろう。どこかに金でも隠してあるっていうのかしら」


 もしこんな広い海の中に金が隠されているとしても、探すなんてとてもムリだろう。


 ステラはもう一度洞窟の中と、そして次に洞窟の外に目をやった。

 相変わらず海は真っ暗で、海面に映った月明かりが反射して、洞窟の中の紫の石が妖しく輝いている。

 天井にはピンク色の花が一輪。

 赤い髪と白い透き通るような肌のステラ。

 エメラルド色のドレス。

 青い目をした銀と白の毛を持つオオカミ。


 ―どこにも黄金はない、、、。


 探せるところはもうすでに探し尽くしている、、、。

 ステラとラルフが、堂々巡りのようにそんなことを考えていた時に、時間とともに徐々に角度を変えていた月が、ちょうど斜めに洞窟の奥を照らした。


 月明かりがちょうどはめ込んだ星形の石を|煌々と照らしたその瞬間、星形の石は紫色の強い光を放ったのだった。


 月明かりを受けて黄金の輝きを浴びながら、石みずからも紫の光を放つ発光体となったのだ。

 そしてその放射線状に広がる紫の光によって、洞窟の中は一層明るく照らされたのだった。


「黄金を注ぐって、月明かりのことだったのね」


 ステラもラルフも紫の光に照らされながら、しばらくの間、発光体となったその石を見つめていた。


「時間がないぞ。すぐに月の角度は変わって、明かりが石から外れてしまう。まだ最後の〝青の融合”が残っている」


 ラルフが我に返って言った。

 

「もし青がボクの目だとすると、、、」


 ラルフはさっそく光を発する紫の石に近づいて、自分の青い目で見つめてみた。

 が、何も起こらない。


 次に、試しにさらにその青い目を、紫の石にこすりつけてみたが、やはり何も起こらなかった。

 ダメだね、というようにラルフはステラに向かって、首をすくめるような仕草をしてみせた。

 もちろんオオカミなのだから、そんなに上手くは出来なかったけれど。


「もしかして目をくり抜いて、この紫の石の上にでも置いてみればいいのかな」


 ラルフは冗談とも本気ともつかないような言い方をした。


 ―どうすればいいの、、、。

 

 もしかしたら青というのは、ラルフの目ではないのかもしれない、とステラは思った。

 しかし、ほかに何があるというのだろう。


 ラルフとステラは洞窟の中を、もう一度小さな窪みや石の陰まで、見落とすことがないようにくまなく探してみた。

 が、やはり他には何も見つけることが出来なかった。


 そうこうしている間にも月は角度を変えて、あともう少しズレるとペンダントに明かりが当たらなくなってしまうというところまできていた。


 そしてさらに潮も満ちてきていて、気づけば海水が洞窟に流れ込んで、もうラルフの脚はすっかり海水に浸かっている。

 もと来た洞窟への道も、この時まさに海の中へと姿を消そうとしていた。


 ―どうすればいいのか、、、。


 予言の実行まであともう少しのところまできて、ラルフとステラは途方に暮れてしまった。

 


 

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