第4話 青との融合

 ―〝紫を足して黄金を注ぎ、青と融合せよ”。


 ラルフとステラはこの予言に従って、まずステラの持っていた紫の石を洞窟の壁にはめ込んだ。

 するとそこに月明かりが差して、その紫の石が光を放った。


 これで〝紫を足して黄金を注ぐ”ところまでは、なんとかこぎ着けた。

 しかし最後の〝青との融合”が何を意味するのか、ラルフとステラにはまるで見当がつかなかった。


 どこかを探そうにも、もう探すあてもない。


 そうこうしている間にも月は角度を変えていき、潮はどんどん満ちてくる。

 なんのアイデアも思い付かず、それどころか、実はその時ステラは、自分の身にもう一つの問題が起ころうとしていることに気づいていたのだった。


 目が霞んできて前がよく見えない。

 そして足にも力が入らなくなってきたのだ。


 ―これは、、、。


 そうなのだ。ステラの命の源であるハートアクティベーターが枯渇し、もうすぐ期限を迎えようとしていたのだ。

 

 ステラは、地球に転移する時に、ブーヴァから言われたことを思い出していた。

 地球に転生しても、ファントームはファントームであることに変わりはないと、ブーヴァは言った。

 つまり命の源は、変わらずハートアクティベーターであるということだ。

 

 この地球で生きていくためには、24時間に一度は必ず花とつながって、ハートアクティベーターをチャージしなければならない。

 でなければ、宇宙の塵となって消えていくのが、ファントームの運命なのだ。


 ステラは、薄れそうになる意識と闘いながら、


「ラルフ、今すぐ花とつながらなければ、わたしは消えてしまうわ。ハートアクティベーターのチャージが必要なの」


 と言った。

 ラルフはすぐに、


「どうすればいいんだい?」


 と応じた。


 花は天井に一輪、垂れ下がるように咲いているピンク色の花があるだけだ。

 それに繋がるしかない。


「あの花につながりたいの」


 ステラが指差して言うと、ラルフはすぐさまステラに背中に乗るようにと促した。


 ピンク色の花が咲いているのは、洞窟の真ん中あたりの、一番天井が高くなっているところだ。

 そこに垂れ下がるように咲いている花には、ステラが背伸びをしても届かない。

 ステラは急いでラルフの背中の上に立ち上がって、ふらつく足を必死で踏ん張った。


 手がピンクの花に触れたその瞬間、ステラの体にはハートアクティベーターがチャージされ、瞬く間に元気を取り戻した。

 ステラもラルフもホッとして、大きく息を吐いた。

 

 さあ、もう時間がない、急がないと。

 ステラは焦りながら、ラルフの背中から何気なく洞窟の外を見下ろした。

 すると、それまでの目線では見えなかった景色がステラの目の前に広がった。

 どこまでも真っ暗だと思っていた海は、意外な姿を見せていた。


 遠くまで見渡した海面には、ぼうっと青く光る幻想的な光の帯が広がっていたのだ。


 ―青、、、!


 ウミホタルだろうか、海に漂うその青い光の帯を見たステラは、とっさに意識を青い光の帯の中へと潜らせた。

 そこには、太古からの地球への変わらぬ愛があった。

 深くて大きくて、途切れることのない確かな愛だ。


 ステラは、その『太古からの地球への愛』を上空にすくい上げると、青く光る風に乗せて、海の上を吹き渡らせた。

それこそがファントームだけに与えられた自然との融合、愛と癒しの力だ。


 ヒュー、ヒュウゥゥゥゥーーー。


 やがてその風はラルフの体をも包み込んだ。

 その瞬間、なんとも言えない心地よさと安心感がラルフの心に広がった。


 そしてついに、青く光る風は、洞窟の中へと吹き込んだのだ。


 洞窟の中は、星形の石から放射線状に発せられた紫の光と、月明かりの黄金の明かりで、妖しく輝いている。


 そこに青く光る風が吹き込んで、星形の石を優しく包み込んだ。

 と、その瞬間、紫の光と月明かりの黄金とが混ざり合い、一筋の白い光線へと変わった。


 白い光線は、洞窟内を、まるで何かを探しているかのようにグルグルと照らし、やがて、天井から垂れ下がっているピンクの花のところで止まった。


「なんだか焦げ臭いな」


 ラルフの嗅覚はとても敏感だ。

 ステラにはそんな臭いを感じ取ることはできなかったが、どうやらラルフの言う通りだったようだ。


 白い光線は、天井にへばりついていたピンク色の花の葉っぱに、何かの図柄を焼き付けているようだった。


「地図だ!」


 ラルフが叫んだ。


「きっとファイヤースターの種の在りかだわ!」


 ステラも興奮して言った。


 ステラとラルフは、まるでおとぎ話の世界にでもいるような錯覚を覚えた。

 予言は実現し、二人は地図らしきものを手に入れることになったのだ、

 

 二人は、ただただ茫然と、予言の色の織りなす不思議な光景を眺めていた。


 しかしそうこうしている間にも月は角度を変え、潮は満ちていく。

 月明かりはついに洞窟の中には届かなくなり、光線も消えて闇が広がった。

 その時、やっとステラたちは、余韻に浸っている場合ではないことを悟ったのだった。


 海水はもうすでに、ラルフの胸のあたりまで来ている。

 ステラは、


「ごめんね」


 とピンクの花に向かって言うと、地図の焼き付けられた葉っぱをちぎって、それで自分の赤い髪を結んだ。


「さあ行こう」


 ラルフとステラは急いで洞窟を出て、水の中をジャブジャブと岸に向かって進んで行った。


 進みながら、しかしどんどん海面は上がり、とうとうラルフは下に脚が届かなくなってしまった。

 そしてやがて、ラルフを支えながら進んでいたステラの足も届かなくなり、歩くのを諦めるしかなくなってしまった。


 ―もう泳いで岸まで行くしかない。


 だがラルフもステラも、泳ぐなんて初めての体験だ。

 おまけに波が立って潮の流れも速い。

 なんとか体を浮かせているのがやっとで、泳ぐというには程遠い状態だった。


「ステラ、大丈夫かい?」


「ラルフこそ。オオカミって、泳げるの?」


 そう言い合ってはいるが、もちろん二人とも泳ぎにはまったく自信がなかった。


 喋ったせいで、ラルフもステラも海水を飲んで咳き込んだ。


「ゴホッ、、、ゲホッ、、」


「グォッ」


 岸まではまだかなり距離がある。

 このままでは、岸にたどり着けるかどうか、、、。

 いきなり夜の荒海を泳ぐことになろうとは、ラルフもステラも、全く思いも寄らなかった。


 ラルフもステラも、激しく寄せてくる波の間で、浮いたり沈んだりしながら、今にも波に飲まれそうになってもがいていた。

 

 そこにさらに高い波が襲ってきて、、、


 ―飲み込まれる、、、。


 と思った次の瞬間、ラルフとステラの体は宙に浮いて、高く舞い上がっていた。


 ラルフとステラは、何かが体にガシッと食い込んで、空中に吊り上げられている感覚に、驚いて上を見上げた。


 見上げた顔のすぐ上には、なんと、翼を広げた鷹の姿があった。


 どうやらステラたちは、空から舞い降りてきた鷹にがっしりと体をつかまれて、そのままぶら下がるかたちで空中を飛行しているようだ。


 一難去ってまた一難。

 これからどうなっていくのか、、、。


「ねえ、鷹さん、おかげで助かったわ。ありがとう。ところで、、、わたしたちはどこに向かっているのかしら?」


 ステラが下から恐る恐る尋ねた。


「どこって岸に決まってるじゃねえか。」


 鷹がぶっきらぼうに答えた。


「オレ様はな、ラルフと同じ森に住む森の番人、ファルコン様さ。あの森のことなら何でも知ってる。高い空の上から、全てを見ているんだからな。何でもお見通しさ。予言通り洞窟が現れて、うまくやったと思ったらこのザマだ。オレ様がいなけりゃ溺れ死んでるところだぜ」


 ファルコンは話に気を取られたせいなのか、急に高度が下がって、ラルフとステラは足を海面に擦りそうになった。


「おっと、すまねえ」

 

 さも余裕があるような言い方をしているが、どうやら実際はそうでもなさそうだ。

 上昇しようとしても、少し上がってはまた下がり、結局、海面を引きずるようにして、なんとか岸のすぐ近くまできた。


 ラルフもステラもほっとして、やっと体から力が抜けた。

 飛行の間中、妙な緊張感で体を硬くしていたのだ。


「ファルコン、ありがとう。このお礼は、すべてが終わったら必ずさせてもらうよ」


 ラルフが言った。


「いいってことよ。オレ様も上空から見守ってやるよ。だがこんな役回りはもうごめんだぜ。オレ様はな、本当は時速200キロで飛べるんだぜ。森で一番の高速の翼を持ってるんだ。だがな、この通りもうヨレヨレさ。重いったらないぜ、まったく。力仕事は苦手なんだ」

 

 ファルコンはラルフとステラを砂浜に降ろしながら、ヨタヨタとおどけてみせた。


「ありがとう、ファルコン」


 ステラもラルフももう疲労で一歩も動けない。

 そのままその場に崩れるように眠りに落ちた。

 

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