第5話 絆

 ザザザザーッという波音が遠くに聞こえている。

 次第にそれははっきりと大きくなり、ステラの意識は急速に現実へと引き戻されていった。


 闇は明けて、もう陽は高い。

 心地よい潮風に吹かれながら、ステラはやっと目をあけた。

 

 ―あれ、、、?ラルフがいない。


 周囲を見回すと、海岸線沿いにステラの方へと向かってくるラルフの姿があった。


「どこに行ってたの?」


「いや、ちょっとね、、、」

 

 いつもの鋭い目が、少し愁いを含んでいるようにステラには見えた。

 ステラも立ち上がって、そのままラルフと並んで海岸線を歩き出した。


「ボクは、キミのように蜜を吸って生きているわけじゃないんだ」


 突然ラルフが言い出した。


「それ、ハートアクティベーターのこと?」


「ああ」


「あれは、蜜を吸っているんじゃないわ。花の持つ愛と癒しのパワーを分けてもらっているのよ」


 ステラはラルフが何を言いたいのかわからずに、戸惑いながらそう説明した。


「どっちでも同じことだよ。愛だのなんだの、そんなものでは腹は満たされない。ボクたち動物は、食わなきゃ生きていけないんだ。食うために、闘わなきゃいけない時もあるんだよ」


 ラルフは苛立ちを隠せずに、強い口調で言った。


「ボクはキミとは違う。狩をしなければ生きてはいけないよ」


 ラルフはステラから目を逸らして、それでもきっぱりと、一気に言った。


 そしてラルフはさらに続けた。


「ボクはずっと、あの故郷の森と、そこに住む動物たちを守りたいと思ってきた。自然を壊そうとする人間と闘って、人間を殺してでも森を守るつもりだった。予言が実現すれば、きっと人間に勝って森を守れると、そう思っていたんだよ。」


「でもね、ステラ、予言の赤い星、ステラはキミだった。愛と癒しの星に、地球を生まれ変わらせるって、キミはそう言ったよね。そうすれば、人間は森を壊さなくなる、そうなのか?でも、ボクはオオカミだ。誰も殺さずに生きていくことはできないよ。愛や癒しでは腹は満たされない。現にボクは、ついさっきも、、、」


 ステラはラルフが何を言おうとしているのかわかった。

 ラルフから漂う、ほんの少しの血の匂いに気がついていたからだ。


 ラルフの言葉を遮ってステラは言った。


「ラルフ、あなたは勇敢なオオカミのリーダーよ。仲間とあの森を、あなたほど思っている存在は、きっと他にはいないわ」


「ラルフ、予言を信じて。地球が生まれ変わった後、どんな星に変わっているかは、わたしにもわからない。でもわたしは、ファイヤースターの力を信じているわ。一緒にファイヤースターを探しに行ってほしいの」


 ファイヤースターを探すためには、ステラにはラルフの力が必要だった。

 

 ―でも、それだけじゃない、、、。


「お願い、ラルフ」


 この時ステラは、始めて切なさとか哀しみというような、ファントームにはない感情を知った。

 

「ボクはずっと闘ってきたんだ。仲間と森と、そして自分が生きるためにね。食うか食われるか、、、。そうだね、〝食って”きたんだよ。食うためにはね、仲間だって敵になることもある」


 ラルフとステラはしばらくの間、黙って歩き続けた。


「でもね、今こうしてキミと歩いていると、、、」


 ステラがラルフの瞳をのぞき込んだ。

 ラルフは思わず目をそらして、


「新しい地球を見てみたいね。予言を信じたいよ」


 と言った。


 ラルフは言葉にはしなかったが、ステラとの出会いによって、ラルフの中に今までにはなかった感情が呼び覚まされていたのかもしれない。

 そしてそれはもしかしたら、ステラの言う『愛』なのかもしれないが。


 とにかくステラは、もはやラルフにとっては大切な仲間だ。捨ててはおけない。


「キミの愛と癒しの風に吹かれたせいで、ボクもおかしくなってしまったのかもしれないね」


 ラルフは少しおどけながら、やれやれというような言い方をした。

 それを聞くとステラは、ラルフの首に手を巻き付けて、


「ありがとう」


と言った。


 こうしてラルフとステラは、これからファイヤースターを探す旅に出ることになった。

 ラルフとステラにとっては初めての感覚、つまり友情とでもいうような感覚の中で、気持ちを寄せながら歩いていた。


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