第5話 異空間からの襲撃

 ステラたちは、人魚の案内で、ファイヤースターが保管されているという神殿に向かっていた。


 サーフボードのようなものに乗って、天も地もない真っ暗闇の中を進んでいく。


 ただその空間に無数に浮かぶ光と風だけが、ステラたちが前に向かって猛スピードで進んでいることを教えてくれていた。


 目の前に広がる異次元の世界は、一見、真っ暗な中に光の球が浮かんでいるだけのシンプルな世界だ。


 どっちの方角に向かってどう進んでいるのか、ステラたちにはまるでわからない。


 人魚に先導されるままに、ボードが進んで行くのに任せるのみだ。


 光が流れていくだけの、変わらぬ景色を見ながら、ステラたちはまるで時間が止まっているかのような錯覚を覚えた。



「もうかなり進んできたぜ。綺麗な光の景色もさすがに見飽きたよ」


「そうね。もうそろそろ6時間くらいは経っているかしら。ねえ、人魚さん、あとどのくらいかかるのかしら?」


「そうねえ。もうそろそろ神殿が見えてくるはずなんだけど、、、」


 ステラと人魚がそんな話をしていると、ちょうど前方遥か向こうに、大きな光の塊が見えてきた。


「あっ、もしかしてアレが神殿なの?あのピッカピカに光ってるやつ」


 ブランが興奮して叫んだ。


「そうね。やっと見えてきたわね。間違いないわ」


 そう話している間にも、その大きな光の塊はどんどん近づいてくる。


 光の塊にしか見えなかったものが、近づくに連れて、段々とその姿を現してきた。


 真っ暗闇の中に、強い光を放つ真っ白な建物。


 ステラたちは、片道6時間を超える旅の末に、やっと目的の神殿へと辿り着こうとしていた。


 長方形の床の四隅に大きな光の円柱が立っていて、光り輝く屋根らしきものがかぶさっているけれど、壁はなく、どこからでも自由に出入りできるように見える。


 建物の前まで来ると、ステラたちの乗ったボードは自然に止まった。


「さあ、ここがこの世界の中心。わたしたちが住むこの世界の守り神であるアンジェリーナ様の神殿よ」


 人魚がみんなに、ボードから降りて神殿の中に入るようにと促した。


「眩しくて何にも見えないよ」


 ブランが目を覆いながら言った。


「ああ。でも段々目が慣れてきたぜ。おっ、いっぱい人間がいるじゃないか」


「本当ね。それに、テーブルに沢山のお料理が並んでいるわ」


「鳥の丸焼きか、、、」


 騎士がそう言いながらシエルを見た。


 「ギーッ、ギーッ、ギーッ」


 シエルが鳴き声を上げながら、騎士の頭を嘴でつついた。


「ごめん、ごめん。うわっ、、、だからごめんて、、、」


 騎士がシエルから逃げ回っていると、ボワンッと皿の上の鳥の丸焼きが消えて、恐らく地球上にはいないであろう不思議な姿をした動物の丸焼きに変わった。


 と同時に、いつの間にそこにいたのか、長い髪に、白いローブのようなドレスをまとった美しい女性が立っていた。


「ごめんなさいね。あなた方の住む世界に合わせて、歓迎の準備をしたつもりだったのですが、シエル様には大変不快な思いをさせてしまいましたわ。さあ、もう大丈夫です。どうぞお席について下さいな」


 白いローブ姿の女性は、そう言うと、自らも椅子に座ってテーブルに着いた。


 他にも、料理を運んだりする、天女のような姿をした女性たちが、色とりどりの羽衣を着て、にこやかに見守っていた。


「うっまっそー」


 よだれを垂らさんばかりの顔で、騎士がさっそく椅子に座った。


「本当に下品でちわ」


 シエルも、まだプリプリしながらも席に着いた。


「ボクもう腹ペコ。こんなご馳走初めて見たよ。うまそうだなあ」


 ブランも、今にもかぶりつきそうな勢いだ。


「すごい料理だね。でも、ステラ、、、」


 ラルフは椅子に座りながら、ステラを気遣った。


 ステラの命の源はハートアクティベーターだ。


 それは花と繋がることでチャージされる。


 地球に転移して人間の姿をしているが、人間のように食事をするわけではない。


 ラルフは、せっかくの料理をステラが楽しむことができないことを、気遣ったのだった。


「ラルフ、気にしてくれてありがとう。でもわたしは平気よ。見ているだけでワクワクするわ」


 ステラとラルフの会話に気づいた天女の姿をした女性が、にっこり微笑んだ。


 ボワンッ。


 ステラの目の前に、沢山の花が盛られた器が現れた。


「まあ、なんてキレイ」


「気が利かなくてごめんなさいね。どうぞお花を召し上がれ。どんなお花でもご用意できますわよ」


「ありがとうございます。でも、ハートアクティベーターの残量で時間を測っているので。見るだけで十分です。本当にとってもキレイ」


 ステラもにっこり微笑んだ。


「あら、それは残念ですわ。何か他に欲しいものがあったら、おっしゃって下さいね」


 天女のような女性はそう言うと、改めてみんなに向かって話し始めた。


「この世界を、わたしたちはコスモシップと呼んでいます。ようこそ、コスモシップへ。わたしはこの世界の守り神『アンジェリーナ』です。とうとうファイヤースターの種を迎えに来られたのですね。さあ、この世界を自由に楽しんで。そして今こそ、ファイヤースターの種をあなた方にお返ししますね」


「いてっ」


 その時、騎士の手を、隣の椅子の上に乗っていたシエルが嘴でつついた。


「まったく卑しいでち」


 騎士は目の前の料理の誘惑に耐えきれず、こっそり手を出そうとしたのだ。


「あらあら、お待たせしてごめんなさい。さあ、どうぞご自由に召し上がれ」


 アンジェリーナの一言で、騎士は目の前の料理を手掴みでガッツくように口に運んだ。


 騎士だけでなく、ブランもラルフも、そしてシエルも、考えてみればもう長時間食事らしい食事をしていない。


 みんな美味しい料理を、ただ夢中でむさぼるように食べていた。


「スッゲー、こんな美味いものが食べれるなんて、夢のような世界だ」


「こんなの初めて食べたよ。お父さんにも食べさせてあげたかったな」


「この虫はなんでちかね。とろけるようでちわ」


「ボクたちだけで食べるなんて贅沢だ。森の仲間たちにも食べさせてやりたいよ」


 みんなの食欲が一段落ついたところで、アンジェリーナが、奥からキラキラと光るラグビーボールのような形をしたものを持ってきた。


「それは、もしかして、、、」


 ステラが思わず大声を出しながら、身を乗り出した。


「ファイヤースター!」


 騎士もラルフもステラもブランも、そう言うと、今度は食べるのも忘れて、ステラと同じくアンジェリーナの方に向かって身を乗り出した。


「そうです。これが長らくこのコスモシップでお預かりしていたファイヤースターの種ですわ」


 テーブルの上に置かれたファイヤースターの種は、眩ゆいばかりにエメラルドの光を放っていた。


「あたちの瞳と同じ色でちわ」


 フフフン、とシエルが自慢するように顔を上に向けた。


「さあ、早く地球に持って帰ろう」


 ラルフは、ファイヤースターの種を目にした途端、料理のことなど、もうどうでも良くなってしまったようで、地球に帰ることばかりに気を取られてソワソワし始めた。


「そうね。何としてでも無事に持って帰らなくちゃね」


 ステラもラルフの言葉に応えた。


「ちょっと待ってよ。この肉の塊が、うっまいんだよなあ」


 騎士は口の回りを食べ物でベタベタにしながら、まだ大きな肉の塊にかぶりついていた。


「ステラ、時間は大丈夫かい?」


「そうねえ、まだ大丈夫よ。ここまで6時間くらいだったから。まだ8時間以上残っているわ」





 とその時、神殿の中をサイレンのような音がけたたましく鳴り響いた。


 ウーーー、ウーーー、ウーーー、、、。


 神殿の中は騒然とした空気に包まれた。


 料理を運んでいた女性たちは、一瞬でその姿を光に変えて、神殿の外の暗闇へと消えていった。


 人魚の姿もいつの間にか見えなくなっていた。


「この音は?」


 ステラは、不安そうにアンジェリーナに尋ねた。


 とその瞬間、アンジェリーナが応える前に、一瞬にして神殿は消えて、まばゆいばかりの光の世界から、元の暗闇に戻った。


 さっきまでそこに神殿があって、うたげが開かれていたとはとても信じられないような暗闇がそこには広がっていた。


 暗闇の中には、ステラたちと、そしてアンジェリーナがファイヤースターの種を持って浮かんでいる。


「これは、襲撃を知らせる警報です。おそらく異空間からの襲撃ですが、わたしたちにも敵の正体は、はっきりとはわからないのです」


 アンジェリーナは、ファイヤースターの種をステラに向かって差し出すと、


「さあ、急いで。敵は近くまで来ています」


 と言い、さらに続けた。


「敵の宇宙船は、光を消し去る、強い闇のエネルギーを放って攻撃してくるのです。それに当たってしまうと、光つまりわたしたちの魂は、消滅させられてしまうのです。わたしももう行かなければいけません。さあ、あなた方はこれに乗って」


 ボワン。


 ちょうどステラたちがみんなで乗れるくらいの船が現れた。


「これに乗れば、地球とこの世界を繋ぐ、あのポータルまで連れていってくれるはずです。良いですか。くれぐれも、闇のエネルギーに当たらないように。もちろん船は、攻撃を避けて自動操縦されますから、心配はいりません。それでは幸運を祈ります」


 アンジェリーナはそれだけ言うと、光に姿を変えて、暗闇へと消えて行ったのだった。




 


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