第3話 見えない敵

 サイとの死闘で、瀕死となったラルフとファルコンに、ステラは、自分自身の慈愛のパワーを集めては注ぎ、傷を癒した。


 おそらくステラの力がなければ、ラルフもファルコンもあのまま屍となっていたに違いない。


 闘いに敗れれば、そこには死があるのみ、それが自然の掟だ。


 ―それにしても、あの竜巻は何だったのだろう。


 竜巻を起こしたのは、ステラの中にある怒りの力だったのだろうか。

 ステラは、自分が愛と癒しのファントームではなくなっていくように感じて、悲しかった。

 

 ―殺してでもラルフを守りたい。


 でも確かにステラはあの時、〝殺してでも”と思ったのだ。

 ステラは自分がわからなくなった。


「どうしたんだい、ステラ?」


 少し快復して、元気を取り戻たファルコンが、何か考え事をしている様子のステラに、話しかけてきた。


「愛と癒しのお姫様が、えらく憂鬱そうじゃねえか」


「何でもないわ。それにわたしは、お姫様なんかじゃありませんよ。愛と癒しの星から来た、ファントームよ」


 ステラはファルコンの言葉に、わざと怒ったように見せて返した。


「愛と癒しねえ。さっきの竜巻はなんだ?あれは、怒りで巻き起こしたものなんじゃねえのか?」


 ファルコが茶化すように言った。

 ステラはなんだか見透かされているようで、答えにつまってしまった。

 

「ねえ、ファルコン」


「わたしね、自分のことがよくわからなくなったの。あの時初めて、わたしの目から涙が流れたわ。そしたらその涙が、竜巻を起こしたの。なんだか今までのわたしじゃなくなったみたい」


 ファルコンは少し考えてから、


「もしかしたら、人間に近づいてるのかも知れねえな。ここは地球だからな。愛と癒しだけじゃあ、生きていけねえからな」


と言った。


 ステラとファルコンが話していると、ラルフもどうにか起き出してきた。


「まったく、なんてザマだよ。あのサイの野郎、今度会ったら八つ裂きにしてやる」


 ラルフは、カラ元気で威勢よく話し出した。


「ラルフ、あれは動物たちが悪いんじゃないわ。きっと何かに操られていたのよ。あの動物たちの目、ラルフも見たでしょ?」


 ―確かに、、、。

 

 ラルフは水鳥やサイの、何かに取り憑かれたような目を、思い出していた。


 ―ん?この匂い、、、。

 

 その時突然ラルフがウゥーッと唸り出した。


「ラルフ、どうしたの?」


「匂いだよ。この匂い、、、」


ラルフは苛立ちながら、


「どこだ?どこにいるんだ。出てこいっ、卑怯者!」


と見えない何かに向かって、叫んでいる。

 

「この匂い、、、。」


 ファルコンも、その匂いには覚えがあった。

 サイを狙って急降下した時にも、一瞬ではあったが、確かにどこからともなく、同じ匂いが漂ってきたのを覚えている。


「何の匂いなの?」


 嗅覚の発達していないステラには、その微妙な匂いを嗅ぎ取ることはできない。


「ボクにもわからない。ただ、水鳥が襲ってきた時も、サイと闘ったときも、時々フッと、そこにいる動物たちとは違う匂いが漂ってきたんだ」

 

 ラルフはそうステラに説明しながらも、あたりを警戒している。


「人間のようで人間でない匂い。お前さんと少し似た匂いだ」

 

 ファルコンがステラの方を向きながら、そう付け加えた。


「この匂いの主が、動物たちを操ってやがるのかもしれねえな」

 

 ファルコンも、慎重に周囲を見回した。


「出てきなさい、卑怯者!」


 ステラが叫んだ。

 すると、遠くの木陰から何者かが現れて、ステラたちに向かって進んでくるのが見えた。

 それと一緒に、匂いも強くなってきた。


 ―間違いない、コイツだ。


 ラルフもファルコンも、まだ傷が完全には癒えてはいない。

 ステラは不安な気持ちを抱きながら、その匂いの主らしき者の姿を見つめた。


 馬に跨った男が、ステラたちに向かって真っ直ぐに近づいてくる。

 そして、ステラたちから、5、6メートル離れたあたりまで来て、馬に乗ったまま佇んで、ステラたちを見つめている。


 マントを羽織ったその姿は、人間のように見えるが、しかしファルコンは〝人間のようで人間でない”匂いだと言った。

 

 ステラは相手の正体を探るようにじっと見つめた。


 端正に整った顔立ちに、肩まである紫色の髪の毛が、風になびいている。

 銀色の輪っかを冠のように頭に載せて、さながらどこかの国の王子のようだ。


 ラルフとファルコンの、傷の具合でも推し測っているのだろうか、しばらく黙って見つめた後、その男はゆっくりと口を開いた。

 

「やあ諸君、なんとか生き延びたようですね。そうでなくちゃ、つまらない。まずはおめでとうを言わせてもらいますよ。」


 感情を押し殺したような、抑揚のあまりない口調てその男は言った。

 そしてすぐに続けて、大きな声で


「ブラボーッ」


と叫んで、手を叩いた。

 

 パチパチパチと、乾いた拍手の音が鳴り響いた。


「なにをっ、、、くそっ」

 

 ラルフが飛びかかろうとするのを、ステラが首に手を回しながら止めた。

 まだ傷は癒えてはいない。

 怒りに任せて闘いを挑んでも、こっちがやられるだけだ。


「あなたは誰なの?」


 ステラが男に尋ねた。


「ワタシの名前はグラフ。キミと同じく、我が星『ブルゼ』から、地球に転移して来たのですよ。」


 ―やっぱり、、、。ファルコンの言ったとおりだ。


「どうぞお見知りおきを」

 

 その男グラフは、そう言うと、ニヤリと笑った。


 その挑発するような気取った口調に、またラルフが反応して飛び出しそうになった。


 ステラが慌てて止めるのを見て、そのマントの男、グラフが余裕たっぷりに言った。


「おっと、危ない。それ以上近づかないでいただきたい」


「ワタシは争い事は嫌いなのですよ、ラルフ君。野蛮なことはすべて、動物たちに任せることにしているのでね。我が星『ブルゼ』の住人は、動物を操ることで、すべての秩序を保っているのですよ」


 そう言うとグラフは、口だけを歪めて、声も出さずに笑った。


「なんだコイツ。動物をなんだと思ってやがるっ」


 ファルコンは、すぐにもそのグラフという男を襲撃してやりたい衝動に駆られたが、なにせ体が付いていかない。

 ヨタヨタ歩くのが、やっとという状態なのだ。


「このクソ野郎がっ、、、」


ファルコンは悔しそうに、悪態をついた。


 この時ステラは、もう一度竜巻を起こそうと、さっきの記憶を辿って、意識を集中していた。

 しかし、ラルフが絶体絶命の危機に瀕した時のような感情を、もう一度呼び起こすことは難しかった。


 気配を察知したグラフは、


「おっと、ステラ姫、竜巻はごめんですよ。そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。またきっと、お会いすることになりますからね。」


と、余裕たっぷりに、勝ち誇ったように言った。


「では今日のところはこれで」


 立ち去ろうとするグラフにラルフが、


「逃げる気かっ、卑怯者っ」


と、ついにステラの腕をすり抜けて、飛び掛かって行った。


 いや、そのつもりが、2、3歩歩いて力なく跳び上がり、ヨタヨタとその場に倒れてしまった。


「おやおや、困りましたねえ。弱い者いじめは趣味ではありませんのでね。ラルフ君、威勢のいいのは結構ですが、傷が治ってからにした方が良いのではありませんか。ねえ、ファルコン君、その傷では飛べやしないでしょう。」


 ―ここは深追いしない方がいいわ。


「グラフさん、あなたの目的はなんですか?」


ステラが聞いた。


「おや、もうとっくにご存知かと思っていましたが。そう言えば、まだお話ししていませんでしたか。」


「ワタシの目的は、地球を邪悪な力で支配することですよ。つまり諸君とは、敵ということになりますかね。」


「地球を邪悪な力で支配するなんて、なんて酷いことを、、、」


「酷いこと?聞き捨てなりませんねえ。人間はもともと、邪悪な存在なのですよ。つまり、邪悪な力に支配されることで、秩序が保たれるのです。ワタシは、地球を住みやすい星にするための、お手伝いをしに来たのですよ。わかりますか?ステラ姫」


「なっ、何を言い出すの?住みやすい星にするためだなんて、、、」


 しかしグラフはステラの言葉を遮ると、


「フハハハハハ」


と大声を立てて笑い、


「それでは今日はこの辺で。また会えるのを、楽しみにしていますよ」


 と、不敵な笑みを浮かべながら、馬を翻して、木立の向こうへと消えて行ったのだった。


 

 

 

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