第4話 邪気

「ステラ、気をつけるでちよ。あっちに離れるでち」


 ステラは顔をそむけて、手で防御していたが、それでも雨あられと降ってくる石つぶてが、もうすでに何発か命中していた。


「あっ、、いたいっ、、、。そうね、そうするわ」


 ステラが移動しようとした時、突然、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と音がして、人々の悲鳴が聞こえた。


 顔をそむけていたステラには、咄嗟に何が起こったのかわからなかった。


「うわっ、やべえ、バケモノかよ」


 金髪の男が叫んだ。


 驚いて前を向くと、ちょうどその時、リオンが手に持っていた杖を振り下ろすのが見えた。

 杖を振り下ろすと同時に、杖の先から稲妻が地面に落ち、ドンッという大きな音がして、道を破壊した。


 その衝撃で、近くにいた町人たちは吹っ飛ばされて、怪我をして血を流す者もいた。


「これは警告だ。よいか、今見ての通りだ。ワシにとっては、お前たちを殺すことなど造作もないことなのだ」


 リオンはそう言うと、さらに言葉を続けた。


「だが、、、お前たちに用はない。ワシの目的はただ一人」


 リオンが薄笑いを浮かべて、ステラの方を見遣みやった。


「そっちから飛び込んでくるとは。探す手間が省けたわい。愚かなヤツだ。フッハッハッハッハ。ステラ、覚悟するんだな」


「フッハッハッハッハ、、、、、ん?、なんだ?」


 その時、リオンを奇妙な感触が襲った。


「こ、これは、、、」


 リオンは、あたりを吹き渡る、ピンクや黄色やオレンジに色を変えていく不思議な風に気づいた。


 怪訝な顔でステラを見たリオンは、ちょうどその時、ステラが両手を天に掲げて、腕輪を陽の光にかざしているのを見た。


「町のみんなを助けて、お願い」


 ステラは天に祈った。


 その瞬間、透明な腕輪はキラリと輝き、周囲に虹色の光線を放ったのだった。


 腕輪から発せられた虹色の光線は風に溶け、ピンクや黄色やオレンジの風に混ざりながら、周囲を吹き渡った。


 風は光の粒を反射して、キラキラと輝きながら吹き渡る。


 そしてやがてその風は、リオンの紫色の髪の毛をも、優しく包み込んでいった。


 奇妙な感覚が、髪の毛から全身に広がろうとしているのを感じたリオンは、慌ててほろの中に戻った。


「うぐぐぐぐっ、これは、、、。頭が割れるように痛い、、、」


 リオンは頭を抱えた。


「へ、陛下、、、。髪の毛がっ、、、」


 ダークネスが驚愕の表情で、リオンの髪の毛を指差した。


「髪の毛がどうしたのだっ?」


「そ、それが、その、、、。陛下の髪の毛の先が、変色しておりまして、、、」


「な、なんということだ」


 リオンは狼狽うろたえて、頭を掻きむしった。

 掻きむしって、抜け落ちた髪の毛を恐る恐る見たリオンは、


「うっ、うおぉぉぉーーーっ」


 と大声を上げた。


「フフン、先が少しオレンジ色に変わっていまちのね。美しいでちわ。ピロロロピロロロ」


 ほろの中を覗いたシエルが、目をクルクルさせながら鳴いている。


「ええいっ、何を言うか、このおしゃべりな鳥めがっ。紫は邪神に通じる誇り高き色。紫色の髪の毛は、われら王族のみに許された、王族たる所以ゆえんなのだ。紫を失うわけにはいかぬ。うぐぐっ、、、頭が痛い、、、。邪気をっ、邪気を取り戻すのだっ」


「ダークネスッ、出直しだっ。わが星『ブルゼ』の〝邪の森”へ。さっさと馬車を出せっ。クルッ、エルッ、目を覚ますのだっ」


 リオンの剣幕に押されて、ダークネスはライオンたちにムチ打って、慌てて馬車を出した。


「逃げる気かよっ、おいっ」


 金髪の男の言葉に何か応えるでもなく、馬車はそのまま土煙を上げて走り去った。


「くっそー、逃げられちまったよ」


 金髪の男は、大袈裟に足を踏み鳴らして悔しがった。






 馬車が去った後、すぐにステラは馬に駆け寄った。


「可哀想に、、、」


 ステラは馬の背中を優しく撫でた。


 ―温かいわ。まだ生きてる、、、。


 ステラは、ラルフが瀕死から蘇った時のことを、思い出していた。


 ―あの時もそうだったわ。


 死んだかのように身じろぎひとつしなかったラルフだったが、体はまだ温かかった。

 一縷いちるの望みをかけて、ステラが、ラルフへの愛で心を満たした時、奇跡は起こったのだ。

 

 


 ステラは、静かに胸の奥底に意識を集中した。

 そして、悲しみや怒りの底にある愛だけを探し集めて、少しずつ少しずつ胸の中に広げていった。

 やがて愛の光は、ステラの胸の中で、大きく明るく強く輝いた。

 

 ステラはその光を両手に取り出すと、馬を覆うようにフワリと包み込んだのだった。

 

 馬は光に包まれ、そしてその光はやがて馬の体内にも浸透していった。


「傷が塞がっていく、、、」


 金髪の男が目を見張った。


 「アルバッ」


 馬の持ち主アーサーが、馬の名前を呼びながら、光に包まれた馬の首に腕を巻き付けて、涙を流している。


「アルバ、、、アルバ、、、。頑張れ、負けるなよ」


 アーサーは泣きながら、ただひたすらに馬の背を撫でた。


 アーサーの涙は光に溶けて、馬の体内に吸い込まれていき、その度に馬の体は輝きを増していった。


 そしてやがて光が馬の体内に吸収されると、光は消滅した。


「動いたでちわ!」


 光の消滅と同時に、馬はなんとかして立ち上がろうと、首を揺らしながら体を起こそうともがいた。


「おおっ、奇跡だ!」


 町人たちも集まってきて、驚きと喜びの声で、あたりは急に騒がしくなってきた。

 

「なあ、オレも、オレの手も治してくれよ。頼むよ」


 ライオンに腕を噛まれた男が、ステラのところによろよろと寄ってきた。

 痛みと恐怖とショックで、顔は涙でぐちゃぐちゃだ。

 肘からブラブラとぶら下がる腕が痛々しい。


「オレも、オレも頼むよ」


「わたしもお願い」


 さっきの稲妻でケガをした町人たちも、ステラに治してもらおうと近づいて来た。


 ステラは頷くと、もう一度、胸の奥底に意識を集中した。

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