第7話 赤い星(ステラ)

 異次元の世界から、ポータルを抜けて再び地球へ。


 最初に意識を取り戻したのは、騎士だった。


「うっ、いってえ」


 騎士は頭を振りながら立ち上がった。


 まだはっきりしない頭であたりを見回すと、そこにはやっと明け始めた空と、朝陽に照らされた海が広がる風景があった。


「よーしっ、瞬間移動成功。帰って来たんだ、ここは地球だ。ちゃんと地面に立ってる。イエーーーーイ」


 騎士ははしゃぎながら、みんなの体を揺さぶって起こして回った。


「ブラン、シエル、ほら、みんな起きろよ」


「本当に地球なんだね。瞬間移動、できたんだね。グスン、グスン」


「ブラン、泣かないでちよ。瞬間移動なんて、本気になれば簡単でちの。フフン。ピロロロロ、ピロロロロ、、、」


 シエルは上機嫌で唄い出した。


「なんとか帰ってこれたか。フーッ。あれっ、ステラ、、、ステラ?」


 ラルフはまだ意識を失ったままのステラに気がついて、ステラの頭を鼻で優しくつついた。


 しかし、ステラからは何の反応もない。


「あれっ!?ステラ、、、?」


 騎士は、意識を失って横たわるステラの姿に、どこか違和感を感じて、ステラをまじまじと見つめた。




「えーーーーーーーーーーっ」




 次の瞬間、ラルフと騎士は同時に叫ぶと、騎士は驚きのあまり後ろにひっくり返って尻餅をついた。


「ステラが、、、」


 騎士の言葉で、ブランとシエルも駆け寄ってきた。


「あれっ、ステラお姉ちゃんがちっちゃくなっちゃった」


 しかしこの時、ラルフが急に何かを思い出したように慌てた様子で吠え出した。


「そんなことより、ハートアクティベーターが先だっ」


 ラルフは言いながら駆け出して、続いて騎士も慌てて後を追った。


「しまった、花だ。どこだっ?」


 ラルフと騎士と、そしてその後を追ったブランが、慌てて右往左往している中を、シエルが空から花を咥えてステラのもとに舞い降りてきた。


 時間の猶予はない。


 異次元の世界でポータルに飛び込んでから、こうして地球で意識を取り戻すまで、どのくらいの時間が経ったのだろう。


 瞬間移動する時に、確かステラはあと10分しかないと言っていたはずだ。


 ―もしかしたら、もう、、、。


 ファントームであるステラの命の源であるハートアクティベーターは、24時間が期限だ。


 24時間以内に花と繋がってチャージしなければ、ステラの命は絶えてしまう。


 宇宙のちりとなって消滅してしまうのだ。


 ラルフは不吉な予感を必死に振り払いながら、青白いステラの顔を見つめた。


「頑張れ、ステラ。キミがいなくなるなんて、、、」


 透き通るようなステラの白い肌は、一層白く、白く、そして透明で、今にも消えてしまいそうに思えた。


 シエルが、ステラの口元にポトリと落とした真紅の花が、ちょうど昇ってきた朝陽に輝いて、ステラの白い肌をほんのりと色付かせている。


「ステラ、ステラ、、、」


 ラルフはただステラの名前を呼びながら、何も出来ないもどかしさで、ステラの周りをグルグル回った。


「なんだよ、ステラ。お前の力がなくちゃ、こんなものあったって何にもならねえじゃねえか。早く起きろよ」


 騎士は、ステラの側に転がっている、エメラルドに輝く種を拾って、微動だにしないステラの顔に突きつけると、目をパチパチさせながら鼻をすすった。


「ステラお姉ちゃん、、、」


「大丈夫でちよ。ステラは、、、不死身でちよ」


 シエルは、言葉とは裏腹に、エメラルドの瞳に涙を溜めながら、くぐもった声で鳴いた。



 とその時、


「あっ」


 ステラを顔を見つめていたブランが、声を上げた。


「う、動いたよ、ほら」


「本当だ。うわーーーーっ」


「騎士、何をびっくりしてるでちか。ステラは不死身だって言ったでちわ」


 シエルは顔を振って涙を飛ばすと、急に元気になって、いかにも当然だと言わんばかりに、騎士をたしなめるように言った。


 その瞳はキラキラと輝いている。


「ステラ、大丈夫か?」


「ラルフ、、、。大丈夫よ。帰って来たのね、地球に」


「でも、なんだか、、、」


 ステラは自分の体に違和感を感じながら、恐る恐る立ち上がった。


「やっぱり。ほら、ステラお姉ちゃん、ちっちゃくなってる」


「そうだな、、、」


 ラルフは、立ち上がったステラの姿を見ながら、出会った時のステラのことを思い出していた。




 透き通るように白い肌、そして華奢きゃしゃな体つきをしたステラは、まるで天から舞い降りてきた妖精のように見えた。


 ひらりとした身のこなしで、赤い髪をなびかせるステラの姿は、この世のものとはラルフには思えなかった。




 そして今、目の前にいるステラは、出会ったあの日と同じ、そのままの姿の、あの奇跡の〝赤いステラ”だ。


「ステラ、、、」


 運命に突き動かされて地球に転移し、愛しか知らなかった小さくてピュアなステラが、ここまで闘ってきた道のりを思うと、ラルフは胸が熱くなった。


「ステラお姉ちゃん、元に戻っちゃったんだね」


「これじゃあ、もう闘えないでちか。ピロッピロッ、ギーッ、ギーッ」


「なあに、大丈夫さ。闘いなら、このオレに任せておけ。オレは正義の味方、騎士ナイトなんだから。敵が現れたら、オレがギッタギタにしてやるさ。ステラはもう安心して休んでていいんだぜ。よーし、ついにオレの出番だ」


 騎士は宙返りして、拳を突き上げて一人で英雄気取りのポーズを取っている。


「ステラ、もしかしたら、もう闘いは終わりなのかもしれないね。こんなキミの姿、忘れていたよ。今までキミがあまりに勇敢だったから。後はもう、愛と癒しの力があれば、それでいいんだね、きっと」


 ラルフの言葉に頷きながら、ステラは、筋肉のなくなった手足を何か不思議なものを見るような気持ちで見つめた。


「このエメラルド色のドレス、大好きだったの」


 ステラはそう言うと、クルリと回って、いつの間にか元に戻ったエメラルドのドレスを揺らしながら、にっこりと微笑んだ。


 オラコからもらった腕輪も手首から消えていた。


 ―これで本当に、闘いは終わったのかもしれない。


 ステラはドレスと同じくエメラルドに輝くファイヤースターの種を、しっかりと胸に抱き締めた。


「ちぇっ、つまんねえな。おれの活躍も、もうこれで終わりってわけか」


 悔しがる騎士の頭を、シエルが嘴でつついた。


「イテッ、ごめん、ごめん、てば。わかったよ、もう、、、」


「よーし、それなら後はもう絶対にこの種を守ってみせるさ。邪悪なものが近づいて来たら、もう、こんな風にギッタギタに、、、」


 騎士は、お決まりの見えない敵との闘いを、ひとりで繰り広げて見せた。


 そこに珍しくシエルも、騎士に合わせて飛び回って、一緒に宙返りしたりしながら、嬉しそうにピロロロロピロロロロと鳴いた。


「わーい、お父さんに会えるんだーーーーっ」


 ブランも釣られて、思わずすぐ側の木を駆け登って、枝にぶら下がって足をバタバタさせている。


 そんな中、ラルフはファイヤースターを抱きしめるステラを優しく見つめていた。


「さあ、後は最後の仕上げだ。ファイヤースターの花を咲かせるんだ」


「おーーっ」


 ラルフの言葉に応えて、騎士が叫んで拳を突き上げた。


「あーら、元気でちわね。そう言えば、お腹もいっぱいでちものね」


 シエルの皮肉にみんなが思わず吹き出した。


 ファイヤースターの地球でのスタートは、ちょうど朝陽の昇る夜明けに、清々しい爽やかな風の吹く中で始まった。

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咲けよ炎の光となりて ねむりねこ @kazufuku

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