第十一話 しのもり古物商
「――ったくなんで私がこんな
数歩先を、
「……嫌なら帰っていいぞ」
「
「おまえ、態度変わりすぎなんだよ」
「おまえじゃなくて”藤宮さん”でしょ? 敬語使いなさいよ、敬語」
「……」
圭一郎はぶん殴りたくなる気持ちをすさまじい精神力で我慢する。
5分ほど歩いて、華絵はその1つの店の前で足を止めた。白い外壁に木枠の窓のついた、
”しのもり古物商”
と書かれた、うっかりすると見逃してしまいそうなほど小さな、ブリキの看板が下がっている。
「……ここか?」
「ここだけど、ここじゃないのよ。ドアノブに手をふれてから、私についてきて」
そう言うと、華絵はドアノブを掴んだ。しかし開けることはせず、すぐにぱっと手放すと、今来た道を戻りだした。意味が分からないまま、圭一郎もそれに
華絵は通りに交差する最初の小路を左に曲がって、次の十字路でまたすぐに左に曲がる。交差する小路を再び左へ。
気づけば、”しのもり古物商”の前に戻ってきていた。
(……? 迷ってんのか?)
すると華絵は
「おい、一体何を――」
「いいから黙ってついてきて」
さすがに周りの視線が気になって口を開いた圭一郎を、華絵がぴしゃりと遮る。そのまま店の周りの小路をぐるりと一周し、再び元の地点へ戻って来る。
「――着いた」
場所は確かに、最初にドアノブに触れた、”しのもり古物商”があった場所だった。しかし、そこにあったのは――――
「……!?」
白壁の小さな店は、どこにも見当たらない。かわりに、ガラスの引き戸がついた、古びた木造の商店が建っている。年季を感じさせる木の看板には、
”
と、流れるような字で書かれている。
圭一郎は思わず周りを見回す。周囲の建物、道行く人の様子に変わったところは何一つない。ただその店だけが、どこからか丸ごと持ってきて置いたかのように、全く違うものに替わっていた。
「一般人のお客さんと区別するための高度な術よ。最初に見た”しのもり古物商”が、表向きの店。こっちが術士向けの、裏の店。一度ドアノブに触れてから、そこを起点に反時計回り、時計回りの順に小路を一周ずつしないと、ここにたどり着かないようになってるの」
圭一郎は征志郎の言っていた、「初めての人は簡単にたどり着けない」の意味を理解した。
ガラス戸を
「ごめんくださーい」
がらがらと、ガラスの引き戸を開けて、華絵が店の中へ呼びかけた。返事はなかったが、華絵はためらわず店内に足を踏み入れる。
「おい、いいのかよ」
「いいの。シノさんはほとんどしゃべんないから」
華絵の後をついて、薄暗い店内に1歩足を踏み入れた圭一郎は、思わず感嘆の声を漏らす。
「うわっ……!すげぇ……」
――壁を埋め尽くすように配置された無数のクナイ、弓、刀剣類。
床や棚にびっしりと並べられた、大小様々な壺、陶器。
横笛や
外から見た印象よりもずっと奥行きのある店内には、所狭しと古今東西の古道具が並んでいた。
圭一郎が圧倒されたのは、その一つ一つの存在感の強さだった。無数にある古道具が、まるで生き物のように重厚な気配をまとっているのだ。
「これ全部、
「正確には祓具になり得るもの、ね。適合するかどうかは、術士の特性次第だから、全部が全部ってわけじゃないの」
「合う合わないがあるってことだな?」
「……あんたって意外に飲み込みいいわよね。まあ、ピンときたものを選べばいいのよ」
「――つってもなぁ……」
床にも壺や小瓶、不思議な形の石などが並べられており、足の踏み場もないほどである。
こんなにたくさんあってどう選べと?
―――パッ
突然、天井のランプに明かりが
「……!」
同時に、店の奥の紺色の
白髪が長く伸び、目元がよく見えない。曲がった黒い杖をついていて、どことなく仙人を思わせる雰囲気がある。
(このおっさん、人だよな……?)
老人の気配は、人と言うより
「シノさん、こんにちは。お久しぶりです」
華絵にシノさんと呼ばれた老人はこっくりと深く頷く。
「店主の
何も言わない篠杜にかわって、華絵が軽く紹介した。
「…………」
目元が見えないのだが、何もかも見透かすかのような視線を感じて、落ち着かない。店内に沈黙が流れる。
何秒、いや何十秒の間そうしていただろうか。
視線に耐えかねて、圭一郎が口を開きかけたとき、篠杜はすっと右手をあげた。深いしわの刻まれた指が指し示した先は、店の隅に置かれた小さなガラスケースだった。
「あんたに合いそうなのがあるみたいよ」
トン、と華絵が圭一郎の背中を軽く押す。
「あ、ああ」
2人がガラスケースに向かって歩き出した、その時。
――――ガラッ
圭一郎たちの背後のガラス戸が、開いた。
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