第十一話 しのもり古物商



「――ったくなんで私がこんな仏頂面男ぶっちょうづらおとこを案内しなきゃいけないのよ」


 数歩先を、華絵はなえがぶつぶつと文句を言いながら歩いていく。


 八塚やつか神社から、歩いて10分ほど。目的地である「麩屋町ふやちょう通り」は、京都御所から四条通りまでを南北に結ぶ小路である。車1台分ほどの狭い道路の両脇には、風情ある家や歴史を感じさせる宿屋、隠れ家的な小さな店が立ち並んでいる。


「……嫌なら帰っていいぞ」

泉穂いずほさんの頼みじゃなかったらそうしてるわよ。――はぁ、泉穂さん今日も素敵だったなあ~」

「おまえ、態度変わりすぎなんだよ」

「おまえじゃなくて”藤宮さん”でしょ? 敬語使いなさいよ、敬語」

「……」


 圭一郎はぶん殴りたくなる気持ちをすさまじい精神力で我慢する。



 麩屋町ふやちょう通りを、南から北へ。

 5分ほど歩いて、華絵はその1つの店の前で足を止めた。白い外壁に木枠の窓のついた、小洒落こじゃれた雰囲気の小さな店だ。アンティーク調のドアノブには、

 

 ”しのもり古物商”


 と書かれた、うっかりすると見逃してしまいそうなほど小さな、ブリキの看板が下がっている。


「……ここか?」

「ここだけど、ここじゃないのよ。、私についてきて」


 そう言うと、華絵はドアノブを掴んだ。しかし開けることはせず、すぐにぱっと手放すと、今来た道を戻りだした。意味が分からないまま、圭一郎もそれにならう。


 華絵は通りに交差する最初の小路を左に曲がって、次の十字路でまたすぐに左に曲がる。交差する小路を再び左へ。

 気づけば、”しのもり古物商”の前に戻ってきていた。


(……? 迷ってんのか?)


 すると華絵はきびすを返し、たった今通ってきた道を逆まわりに歩き出した。右に曲がって、再び右。はたから見れば、ただ同じ道をぐるぐると、行ったり来たりしているように見えることだろう。


「おい、一体何を――」

「いいから黙ってついてきて」


 さすがに周りの視線が気になって口を開いた圭一郎を、華絵がぴしゃりと遮る。そのまま店の周りの小路をぐるりと一周し、再び元の地点へ戻って来る。




「――着いた」 


 場所は確かに、最初にドアノブに触れた、”しのもり古物商”があった場所だった。しかし、そこにあったのは――――

 

「……!?」


 白壁の小さな店は、どこにも見当たらない。かわりに、ガラスの引き戸がついた、古びた木造の商店が建っている。年季を感じさせる木の看板には、

 

 ”古物商こぶつしょう篠杜しのもり


 と、流れるような字で書かれている。


 圭一郎は思わず周りを見回す。周囲の建物、道行く人の様子に変わったところは何一つない。ただその店だけが、どこからか丸ごと持ってきて置いたかのように、全く違うものに替わっていた。


「一般人のお客さんと区別するための高度な術よ。最初に見た”しのもり古物商”が、表向きの店。こっちが術士向けの、裏の店。一度ドアノブに触れてから、そこを起点に反時計回り、時計回りの順に小路を一周ずつしないと、ここにたどり着かないようになってるの」


 圭一郎は征志郎の言っていた、「初めての人は簡単にたどり着けない」の意味を理解した。


 ガラス戸をのぞいても、店内が薄暗いせいか、ガラスに反射しているためか、中の様子が見えない。


「ごめんくださーい」


 がらがらと、ガラスの引き戸を開けて、華絵が店の中へ呼びかけた。返事はなかったが、華絵はためらわず店内に足を踏み入れる。


「おい、いいのかよ」

「いいの。シノさんはほとんどしゃべんないから」


 華絵の後をついて、薄暗い店内に1歩足を踏み入れた圭一郎は、思わず感嘆の声を漏らす。


「うわっ……!すげぇ……」


 ――壁を埋め尽くすように配置された無数のクナイ、弓、刀剣類。

 床や棚にびっしりと並べられた、大小様々な壺、陶器。

 横笛や琵琶びわのような形の楽器から、何に使うのか分からないものまで。

 外から見た印象よりもずっと奥行きのある店内には、所狭しと古今東西の古道具が並んでいた。

 

 圭一郎が圧倒されたのは、その一つ一つのの強さだった。無数にある古道具が、まるで生き物のように重厚な気配をまとっているのだ。


「これ全部、祓具ふつぐってやつなのか?」

「正確には祓具に、ね。適合するかどうかは、術士の特性次第だから、全部が全部ってわけじゃないの」

「合う合わないがあるってことだな?」

「……あんたって意外に飲み込みいいわよね。まあ、ピンときたものを選べばいいのよ」

「――つってもなぁ……」


 床にも壺や小瓶、不思議な形の石などが並べられており、足の踏み場もないほどである。

 こんなにたくさんあってどう選べと?


  ―――パッ


 突然、天井のランプに明かりがともり、店内がオレンジ色の光に照らし出される。


「……!」


 同時に、店の奥の紺色の暖簾のれんが音も無く持ち上がり、藍染めの半纏はんてんを羽織った中腰の老人が出てきた。

 白髪が長く伸び、目元がよく見えない。曲がった黒い杖をついていて、どことなく仙人を思わせる雰囲気がある。

 

 (このおっさん、人だよな……?)

 

 老人の気配は、人と言うよりあやかしのそれに近かった。


「シノさん、こんにちは。お久しぶりです」

 

 華絵にシノさんと呼ばれた老人はこっくりと深く頷く。


「店主の篠杜しのもりさん。みんなシノさんて呼んでるわ」


 何も言わない篠杜にかわって、華絵が軽く紹介した。


 「…………」


 篠杜しのもりは、じっと圭一郎を見た。

 目元が見えないのだが、何もかも見透かすかのような視線を感じて、落ち着かない。店内に沈黙が流れる。


 何秒、いや何十秒の間そうしていただろうか。


 視線に耐えかねて、圭一郎が口を開きかけたとき、篠杜はすっと右手をあげた。深いしわの刻まれた指が指し示した先は、店の隅に置かれた小さなガラスケースだった。


「あんたに合いそうなのがあるみたいよ」


 トン、と華絵が圭一郎の背中を軽く押す。


「あ、ああ」


 2人がガラスケースに向かって歩き出した、その時。




 ――――ガラッ



 圭一郎たちの背後のガラス戸が、開いた。






















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