第十七話 怪異
「――あれ、蘆屋じゃね?」
振り向いて、声の主の姿を認めた圭一郎は、すべてを察して深いため息をついた。嫌なものを見てしまった――そんな表情である。
そこにいたのは、圭一郎の中学時代の先輩ら数名だった。そろいもそろってチャラチャラとした格好で、そのうちの何人かは手にスケートボードを持っている。
先輩といっても学校が同じだっただけで、誰1人として名前も覚えていない。ただ、当時から黙っていても目立っていた圭一郎は、よく上級生の不良グループから絡まれていた。彼らもそのグループの1つで、あまりにしつこいので思わず手が出て揉めたことがあった。
(くそっ、こんな時に……最悪だ)
圭一郎は舌を打った。
「すみません紀野さん。先行っててください。すぐ行きます」
「わかった。ゆっくりでいいよ」
紀野は勝手に彼らを圭一郎の友達だと解釈したらしく、にこやかにそう言うと地下駐車場へ続くスロープを下りていった。
「やっぱそうじゃん。何やってんだよ、こんなとこで」
リーダー格らしい男が、圭一郎の顔をのぞき込みながら言った。
圭一郎はその質問を完全に無視して、逆に聞いた。
「お前ら、
「だったらなんだよ。ここは俺たちのたまり場なんだよ。てか相変わらず生意気だな―」
「……悪いこと言わねぇから、やめたほうがいいぞ」
人が3人消えてんだぞ、ここ。というセリフを飲み込む。
上級生らは、ぎゃははと下品に笑う。
「もしかしてお前、あのウワサ信じてんのか?」
「あれだろー、たまに変な音が聞こえるってやつ」
「いやコイツに限ってそれはないだろ」
「……それどんな音だ?」
急に話に食いついてきた圭一郎を見て、上級生達は顔を合わせてニヤニヤとし出す。答える気は無さそうだった。
圭一郎の心境は複雑だった。
――こいつらとできるだけ関わりたくない。でも手がかりになるかもしれないから話は聞きだしたい。
なんとか話を聞いた上で、この上級生達をここから遠ざけるのが理想だったが、話の通じる相手ではなさそうだ。
(……仕方ねぇ)
圭一郎は長く息を吐いて、右足を一歩、後に退いた。
・
・
いつの間にか、鈍色の空からパラパラと雨が降り始めていた。
ゲートをくぐりスロープを下りていくと、その足音がコンクリの壁に重く冷たく反射する。雨が降ってきて、駐車場の中はさっきよりもずっと薄暗くなっている。
圭一郎が上級生たちから、多少強引な手段で聞き出した情報は、こうだ。
・地下駐車場には、時々変な音が聞こえるという噂がある。
・音の種類は様々。獣や人の声のようなものを聞いたり、強い風の吹くような音を聞いた人がいるらしい。
・彼らは週に2,3回ここに来ている。自分達はその声を聞いたことがないが、つるんでいた同級生の1人がここで変な声を何度か聞き、気味悪がって寄りつかなくなった――ということが最近あった。
(人が消える話と無関係ではなさそうだな……紀野さんに伝えれば何か分かるかもしれねぇ)
駐車場はさっき来た時より少し車が増えていたが、まだまだがら空きで奥まで見渡せる。
地下1階に、紀野の姿は無かった。
(……下か?)
圭一郎は、地下2階へと下りていく。
しかし、そこにも紀野はいなかった。
「……紀野さん?」
呼びかけてみるが、返事は無い。嫌な予感がする。
(さっき、確かに駐車場に下りていったよな?)
もう一度地下1階へ戻り、呼びかけてみる。
「紀野さん!」
わん、と自分の声が反響する。返事は無かった。心臓が早鐘を打つ。
圭一郎はスロープを駆け上がると、雨が当たるのもかまわず外へ飛び出した。傘をさして歩く老人。雨の中を慌てて走って行く子ども。車道を横切る猫。
――――いない。
祈るような気持ちで駐車場の上の雑居ビルの中へ駆け込む。1階、2階、3階。やはりそこにも、紀野の姿は無かった。
紀野は、地下駐車場の中で姿を消した。
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