第十六話 調査


 空きテナントが目立つ、3階建ての古びた雑居ビル。問題の地下駐車場への入り口は、その一階部分にあった。ゲートには無人の精算機。無機質なコンクリのスロープが、地下深くへと吸い込まれるように伸びている。


「どう? 外から見て何か感じる?」

紀野きのがビルを見上げながら、隣の圭一郎に問う。

「……少し邪気が溜まってる。でもそれだけだ」

この程度の邪気なら人に害はないはずだ。特に悪いものの気配も感じない。

「うん、僕も特に何も感じないな。――中に入ってみよう」

 

 ゲートをくぐり、地下へ続くスロープを下りていく。

 蛍光灯があるとはいえ、日のささない地下は薄暗く、独特の閉塞感がある。駐車スペースは地下2階まで、総収容台数は50台と、それほど大きな駐車場ではないが、車が数台しか停まっていないため広く見えた。


 2人はぐるりと周囲を見渡す。

 消えかけた白線。低い天井に点滅する蛍光灯。はがれかけたコンクリートの壁。スプレーの落書き。


「だいぶ古いね。資料によると、1年前に駅の近くに立駐りっちゅうができてから、こっちの利用客は減ってるみたいだ」


 一通り回ってみても、特に変わったところは見あたらなかった。紀野がうーんとうなって、腕まくりをしてから言う。


「……隠れてる可能性もある。人が消えたあたりを中心に、九字を切りながら回ってみよう」








 「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」


 圭一郎と紀野は、安さと味が売りのファミレスに来ていた。

 結局2人で手分けして調べたのだが、怪異の原因となりそうなものは見つからず、休憩がてら何か食べようということになったのだ。


「圭一郎君はBセットっていってたよね。僕はAセットと……」

(と……?)

 圭一郎は思わず真向かいに座る紀野の顔を見る。

「チキンドリアとナポリタン、山盛りポテト、あと海鮮ピザ一つお願いします」

アルバイトらしき店員が注文を復唱し、強張った顔で「お間違いないですか?」を2回言った。


 運ばれてきた大量の料理が、紀野の細身に吸い込まれるように消えていく。

 ――僕こういう体質だから、エネルギーの消費量が人より多いらしいんだ。

 本人は注文後にそう言って笑っていたが、軽く4人前はある。食べるのを見ているだけで満腹になりそうだ。


「意外と地味でしょ、術士の仕事って。幻滅した?」


 食後にさらにコーヒーフロートを注文してから、紀野が口を開いた。その見かけに似合わない食べっぷりに圧倒されていた圭一郎は、話しかけられたことに気づくのが遅れ、曖昧あいまいな返事をしてしまう。


「マンガみたいにかっこいい術とかでバーっと祓って終わり!ならいいんだけど、実際そうはいかないことが多いよ。怪異の原因も年々複雑化してるから、こうやって術士ぼくたちが地道に調べて回らなきゃいけない。……たまに聞き込みとかもするんだよ。刑事みたいだよね」


(……あいつはバーっと祓ってたな)

 圭一郎の脳裏に、最近知り合った術士藤宮華絵の顔がちらつく。その術士の持つ、術式のことも。

(そういや、結局俺の祓具ふつぐの固有能力ってなんなんだ? 俺自身が引き出す、とかいってたがどうやって?)


 術式に近いことができるようになる、という祓具。しのもりで外せなくなった真鍮しんちゅう指輪リングは、家に着くとあっさり外れた。あれから寝る時以外は身につけ、たまに呪力を込めてみたりもしたのだが、結局使い方は分からなかった。親父征志郎泉穂いずほに聞いても、「そのうち分かる」としか言ってくれない。


 圭一郎は、右手の指輪に視線を落とす。

(――これを使えば、こういうよくわかんねー怪異も解決できたりするのか?)


 紀野は自分より経験の長い術士だ。あとで祓具のことを聞いてみてもいいかもしれない―――そう思った圭一郎であった。







 



「――あやかしじゃないとすると、他にどんな可能性があるんだ?」


 ファミレスから現場に戻る途中で、圭一郎は紀野に聞いた。たくさんエネルギーを補給した紀野は、心なしかさっきよりも顔色がいい。


「方位とか位置、場所自体の問題。それから人間の霊的な作用。……でもこれらは無いかな。って行けばなんとなく分かるし、術士が2人もいて何も感じなかったから。あと考えられるのは……」

 なかなか後が続かない言葉に、圭一郎は紀野の顔を見た。

「……考えられるのは?」

 紀野の声色がワントーンさがる。

「ない。正直さっぱり分からない」

 ねぇのかよ!圭一郎は思わずズッコケそうになる。

「僕が無能なのかも……ごめんね初仕事なのに……」


 紀野は完全にマイナス思考モードに入っている。どうやら浮き沈みが激しいタイプのようだ。圭一郎は慌ててフォローに入る。

「とりあえずもう一回調べてみようぜ。時間帯によっても変わるかもしれねぇし」

「……そうだね、ありがとう」


 そんな会話をしている間に、例の地下駐車場前のまでたどり着いた。

 中へ下りようとしたその時。

 圭一郎は背後からの声に足を止めた。

 

 「――あれ、蘆屋じゃね?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る