第八話 妖蟲



 藤宮華絵ふじみやはなえは、校庭のフェンスに背をもたれながら、事のあらましを語った。


 華絵はなえが追っていた黒い物体は、「妖蟲ようちゅう」と呼ばれる、低級の中でも最低位の妖である。羽虫のような見た目をしており、天地のの流れの悪くなると群れとなって出現することがある。

 この妖蟲には、妖としてのレベルが低すぎるゆえの、厄介な問題があった。それは、妖を見る力を持たないことがあるということである。

 

 最近市内で多発している人身事故は、この妖蟲の大量発生が原因だった。見え方は人それぞれだが、虫のように飛び回って移動するそれは、信号機に付けばその色を変色させ、顔面に張り付けば一時的に視界を遮る。直接的な害はなくとも、「見えてしまう」ことは混乱を生じさせるには十分であった。


 そこで数日前、陰陽連から市内の術士に、次のような通達が出された。


・妖蟲を見つけ次第、速やかに駆除すること。(方法問わず)

・駆除に貢献した術士には、臨時俸給を与えること。


「昨日今日であらかた駆除されたみたいなんだけど、さっきのアレがラスイチね。残ってるだけあってすばしっこかったわ。――ていうか、なんで知らないわけ?」


「術士登録、まだなんだよ」

 

 圭一郎の返答を聞いた華絵は、その眼を大きく見開いた。そして、何かを思い出したかのように、ぼそっと呟く。

「ふぅん――ほんとだったのね」

「?……で、お前はなんで俺の事知ってたんだ?」

 圭一郎は1番疑問だったことを尋ねた。華絵が圭一郎の年齢や、術士であることを前から知っていたかのような口ぶりだったからだ。


「あんたが有名だからよ。先月ので、特級を素手で吹っ飛ばした素人術士がいるってね。術士ならみんな知ってると思うわ」


 先月のあの事件とは、圭一郎が陰陽師として生きることを決意するきっかけとなった事件―――約千年もの間、特級の脅威から人々を守り続けてきた、勧修寺晴久かじゅじはるひさの結界の一つが破られた事件のことである。彼の妖の世界と此の人間の世界を繋ぐ、境目さかいめから出てきた特級の妖が蘆屋家を襲撃し、圭一郎たちは特級と対峙することとなった。


 あの時は、とにかく必死だったのだ。

 まさか、そんなに話題になっていたとは。


「同じ高校だってことは聞いてたから、まぁ後は見れば分かるわよ。術士なんてそうごろごろいるもんでもないし」


 そんなことより、と華絵は軽く手を叩いた。


「なんとかして早く捕まえないと。被害が出始めてからもう1週間近く経ってるから、そろそろ成蟲せいちゅうになる頃よ。成蟲になると面倒よ」

「進化する、ってことか?」

「そんな感じ。成蟲になると人に取り憑くの。憑かれた人間は自我を失って凶暴化する」

「……あんな感じに?」


 圭一郎がおそるおそるといったふうに指を指した先は、数百メートル先のコンビニである。駐車場のところで、店員らしき人が激しく暴れる男性客を抑えようと必死になっているのが見える。遠目に見ても、男性客の様子は普通ではない。


「――そうね。どうやら遅かったようね。……行くわよ」

「あ、おい!」


華絵は迷いなく走り出した。圭一郎もすかさず後を追いかける。

 


 (――にしても速ぇな!ホントに女子か?)


 華絵は女子にしては背が高い方だが、特別足のリーチが長いわけでもなく、必死に走っているようにも見えない。それにも関わらず、異様に足が速かった。疾風のごとく駆けていき、圭一郎との差を一気に広げる。負けず嫌いな圭一郎は、走りながらもどかしさを隠しきれない様子だ。


「――呪力。足に集めれば、楽に走れるわよ」


 そんな圭一郎の様子を察してか、華絵は振り向かず、スピードを落とすこともなく、独り言のように言葉を発した。


(……!そういう使い方もできるのか)


 試しに下半身に呪力を集中させてみると、ふわっと体が軽くなるのを感じた。

地面を蹴った時につく勢いが、今までと比べものにならない。



 2人はあっという間に、コンビニにの前にたどり着いていた。








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