第七話 曲がり角には要注意


 「いや~なんかいきなり自転車チャリが突っ込んできて! こっち見てるから、おれに気づいてるのかなって思ったんスけど、全然進路変えなくて!」


 包帯で固定された左手。顔にはガーゼの絆創膏。

 痛々しい姿の佐々木は、圭一郎が聞くまでもなく、自分の身に起こったことを説明し始めた。


 「気づいたら歩道に尻もちついてて! そん時にちょっと変に手ついちゃったみたいで、曲げると痛いんスよ!」

 「そんだけ元気なら、大丈夫だな」


 いつもと変わらない、むしろいつもよりよくしゃべる佐々木を見て、ほんの一瞬湧いた心配の気持ちもどこかへ消える。


 「あ、そういえば自転車乗ってた人が、なんか変なこと言ってたんスよね」

 「……変なこと?」

 「『急に目が見えなくなった』、って」

 「……――」


 ――――シュッ

 

 圭一郎が口を開きかけた瞬間、ふいに前方の曲がり角の塀の陰から、黒っぽいが勢いよく飛び出してきた。こぶしほどの大きさのその物体は、弾丸のようなスピードで圭一郎の頬をかすめていく。


(!! まただ)


 今度は気のせいではない。微弱だが、確かに妖の持つ瘴気しょうきを感じてバッと振り返る。

 黒っぽい謎の物体は動きが速すぎて、その輪郭が上手く視認できない。ボールのようにぐるんと空中で円を描き、高く跳ね、せわしなく動きながら進んで行く。


 すると、佐々木が驚くべき事を口にした。


 「――何ですかね、あれ」


 佐々木の視線は、圭一郎と。圭一郎は思わず佐々木の肩を掴む。


 「!! お前にも、アレが見えるのか?」



 その時、1人の女子生徒が勢いよく塀の陰から飛び出してきた。


 どっしーん!と漫画のような音を立てて、圭一郎は角を曲がってきた人物と、思いきりぶつかる。


「――っ」

「っ――」


 その反動でお互いに蹌踉よろめき、圭一郎は歩道の柵に手をついた。

 女子生徒は圭一郎とぶつかって一瞬体勢を崩したものの、すぐに立て直すと、黒い物体が飛んでいった方へ向かって走り出す。

 

 肩にかかるかかからないかの長さの茶髪に、少しウエーブのかかった毛先。烏丸からすま高校のセーラー。なびいた髪で顔は見えなかったが―――


 「おまえ、昨日の……!」


 圭一郎は、女子生徒の後を追って走り出していた。なぜそうしたのかわからない。そうしたほうがいいような気がした。

 

 「え、ちょっ、圭一郎さん!?」


 

 佐々木は状況を飲み込めないまま、1人あとに残された。













 (なんなんだあいつ、二回目だぞ……!)


 圭一郎は通行人をかき分けながら、数十メートル先を行く女子生徒を見失わないようにして走った。 

 心の中で悪態をつきながらも、圭一郎は確信していた。ほおを掠めていった、あの黒っぽい物体。昨日と似た状況。女子生徒は、わずかに瘴気をまとった、あの物体を追っていたのだ。


(あの物体が見えてるということは術士なのか?――いやでも、アレは佐々木一般人にも見えていた。なんで……)


 あれこれと考えを巡らせながら、必死で女子生徒の後を追う。

 

 昨日は気づかなかったが、異様に足が速い。圭一郎とて足は遅くはないはずなのだが、一向に距離が縮まらない。

 気づけば、烏丸高校がっこうが見えてきていた。


「あ――――また見失ったぁ!」


 女子生徒は悔しそうにそう叫ぶと、校門の前で立ち止まった。圭一郎も足を緩め、呼吸を整えながら近づいていく。



 女子生徒はふいに振り返り、後を追ってきた圭一郎の方に向き直ると、


「あんたのせいよ!」


と、びしっと指を指した。意志の強そうな瞳が、圭一郎をキッとにらむ。


「はぁ?」


 何を言い出すんだ、この女。


 美人というほどではないが、目鼻立ちのくっきりとした彼女は、華がある顔をしていた。若干のつり目が、利発で気の強そうな印象である。


「あんたが邪魔しなければ、昨日だって捕まえられたのよ!」

「歩道を歩いてて何が悪い! ぶつかってきたのはそっちだろ!」


突如言い合いを始めた2人に、通行人が何事かと視線を投げる。


「ボーッとつっ立ってんのが悪いのよ。見えてんなら捕まえなさいよ!」

「捕まえろって……何なんだよアレは?」


女子生徒は「は?」という顔で圭一郎を見た。


「あんた術士でしょ? 陰陽連おんみょうれんからの通達見てないの?」

「! じゃあやっぱり、お前も―――」



「お前じゃないわ。藤宮華絵ふじみやはなえ年齢とし的にも術士歴キャリア的にもあんたの先輩よ」

    













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