第三十二話 ふたり


 小さい頃から、想像力が豊かな方だった。

 空飛ぶ馬。火を噴くドラゴン。絵本で見た、空想上の動物たち。実際には見たことがないものでも、不思議と産毛の一本一本まで、リアルに思い描くことができた。


 生まれてすぐに施設に預けられたあたしたちは、両親の顔を知らない。でも、寂しいと感じたことは一度もなかった。だってあたしには、双子の弟のらんと——それからたくさんのがいたから。それは、きっと藍にとっても同じだった。


 同じ施設にいた子からは、”変な子たち”だと思われていたと思う。区別のつかないくらいよく似た男女の双子というだけも十分異質なのに、何もない空間を見ていたり、一人で話をしていたり。あたしたちの遊び相手は、どうやら他の子には見えないらしかった。


 自分たちの本当の”力”に気付いたのは、同じ施設の子たちにいじわるをされた時だった。藍と二人で施設内の小さな図書室にいたとき、わざと扉が開かないようにして、閉じ込められたのだ。ドアの向こうの笑い声を聞いて、黒い感情が渦巻いた。

 ——どうして、放っておいてくれないんだろう。

 ふと目に入った、本棚に飾られた妖怪の絵本。大きな口を開けた首の長い女が、にったりと気味悪く笑っている。それを見た瞬間、ある想像が頭をよぎった。

 こんな化け物が、あの子達を、あたしたちにいじわるをする子達を、怖がらせる————そんな想像だ。


 ドアの向こうの悲鳴で、それが現実になったことを知った。 






 

 藍との、別れの瞬間——それは、本当に一瞬のことだった。

 施設には、月に2、3回、自由に外出できる日があって、あたしたちはよく近くの図書館や本屋さんをまわっていた。その日も、施設の図書室には途中までしか置いていなかった本の続きを探しに、図書館へ向かっていた。

 その途中、歩道を並んで歩いていた時、乗用車があたしたちに向かって突っ込んできた。運転手は意識が無いようだった。車道側を歩いていたあたしは、藍よりも先に気がついて、咄嗟に、藍を突き飛ばした。


 うっすらと目をあけると、青空と、覗き込む藍の顔が見えた。全身の感覚がなくて、自分が仰向けに倒れていることを理解するのに時間がかかった。焦点が合わず、視界はゆがんでいたけれど、藍が泣いているのが分かった。

 声を出そうと思ったけれど出なかった。あたしはきっともう助からない。

 そんな状況でも、不思議と冷静だった。あたしが死んだら、藍はどうなるのかな。顔も名前も知らない両親には伝わるのかな——なんて考えられるくらいには。


 ああ、もう一緒にいられないんだ。


 そう思った瞬間、あたしの中である空想が浮かんだ。これからもずっと、藍の隣で生き続けるあたし。藍が困った時、力になれるあたし。

「……——で」

 藍が何かを言っている。もう音も聞こえない。


「おいて いかないで」


 その瞬間、2人の感情がリンクし、脳内の想像イメージが一致した。

 そしてそれは、かつてないほど強力な——鮮やかな幻影となって、その場に現れた。


 




「なぜ、こんなことを?」


 双子と向き合うように、圭一郎、清崇、華絵の3人が立っている。街路灯に照らされ、ぼんやり顔が判別できる——互いにそんな距離を保っていた。

『……なぜ?』

 清崇に問われ、凛と名乗った少女は、キョトンとした顔になる。心底質問の意味が分からない、といった様子だ。

『あなたたちはバッタが跳ねたり、蝶が飛ぶことに理由を求めるの?』

「……」

『あなたたちだって、その能力ちからで術士をしてるんでしょ。使える能力を使って、何が悪いの?』

 圭一郎は、凛の体がわずかに透けていることに気がついた。あまりにリアルで、幻であることを忘れかけていた。

『自分の力が何なのか、どの程度のものなのか、知りたかっただけよ。集まってくる術師の様子で、力を使える範囲がわかるでしょ』

 ——純粋な、好奇心。自分の力を試していただけか。

 清崇はしばらくの間凛と藍の様子を伺っていたが、敵意のないことを確認すると、2人に背を向けた。

「……帰るのか」

「ええ、当初の目的は果たしましたから。あとは連盟の仕事です」

 清崇は振り向くことなく、その場を後にした。


 圭一郎は、もう一度双子の方を見る。人形のように美しい顔をしているが、まだどこかあどけなさの残る小学生。そして片方は、すでにこの世にいない存在。 

(俺は最初から、陰陽師の家に生まれて、この特殊な力について理解のある人が近くにいた。でも、こいつらは——)

 誰にも相談できない中で、彼女らは彼女らなりの、力との関わり方をしてきたのかもしれない。

「……おい、お前ら家は?」

 圭一郎のその言葉に、凛も藍も、華絵も驚いた顔をした。

『この近く……家っていうか施設だけど』

「コイツが、送ってってやるって」

「はぁ?」


 結局、圭一郎と華絵は2人で双子を施設まで送り届けた。途中、凛が自分たちの身の上や、この状態になった時の話を語った。いつも夜にこっそりと抜け出していたようで、施設に着くと2人は慣れた様子で庭の窓から戻っていった。

 

 結局、最後まで藍は一言も言葉を発することはなかった。


 




 ——数週間後。陰陽連本部、某所。


「報告させていただきます。例の双子の、術師登録が終わりました。もっとも、扱いとしては2人で1人の術師ですが」

「出自は?」

「結局不明なままです。でも、あの歳で、独学で、あのレベルの幻術……術師の家系の可能性が高いです」

「……は、一体どういう現象なんだ?」

「姉——榊原凛さかきばらりんは幻覚です。しかし、なぜか自我を持っていて、弟よりもよく喋ります。弟の方は全く口をききません。話から推察するに、死ぬ間際に生み出した二人の共通のイメージが、永続する強力な幻覚を作り出し、そこに榊原凛の魂が宿った……と考えるのが自然かと。かつてこれと似たような術を、意図して使っていた術師がいました」

「幻術と魂の融合……卜部嘉世うらべかせい、か」

「はい。幻術のレベルも匹敵しています」

「……ということは、これでということか。八傑と同等の力を持つ術師たちが、この現代に————」



        〈  弍−③ 了  〉

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