第三十一話 正体


 大首が出現した、ちょうど真下あたりの住宅街にたどり着いた圭一郎は、目の前の光景を飲み込むのに時間がかかった。


 背が高く、弓袋を提げた後ろ姿は清崇。白く輪郭がぼやけて見える人型は、清崇の式神だろう。そして、この上なく不機嫌な顔で、清崇を睨んでいるのは——

「ちょっと、どういうつもり?」

 肩までの長さの茶髪に気の強そうな瞳。そこにいたのは、私服の藤宮華絵だった。華絵は住宅のブロック塀に張り付いたかのようになって、身動きを取れずにいる。どうやら清崇の式神がかけた術に拘束されているらしい。


「おい、そいつは——」

「知ってます」

 圭一郎の言葉を、清崇はやや強めの口調で遮る。

「現場付近にいた術士なので、念の為確認させてください。どうしてここに?」

「私、先月が月番だったの。気になって来ただけよ」

は、あなたの仕業ではないんですよね」

 あれ、の部分で清崇は視線を一瞬上に投げる。大首の幻はまだぽっかりとそこに浮かんでいた。華絵はため息を一つついてから、清崇をまっすぐ見て言う。

「知ってるでしょ、幻術も結界術と同じで専門性が高いのよ。私にあの規模の幻術は扱えない」

「……」

 清崇は背を向け、パンと手を叩く。華絵の拘束が解けた。


 ——と、その時。


「ふふっ、バカね。みーんな騙されて」

「……!」


 3人は同時に声のした方を向く。数十メートル先の家屋の塀の上。暗くて顔はよく見えないが、よく似た——いや、全く同じ背格好の少女の人影が2つあった。

「……え、あれって」

 華絵が同意を求めるように、圭一郎と清崇の顔を交互に見る。

 一人は確かに、生きている人間だった。でも、もう一人は違った。存在感は人間のそれなのだが、気配としては霊に近い。

「何なんだ……あれ」

「霊体……いや、幻術もいる。妙な状態ですね」

 圭一郎の問いに、清崇が目を細めながら答える。

『——ああ、これね、不思議でしょ?なんでこうなったのか、あたしもよくわからないの』

 霊体か幻術か——生きている人間でないことは確かなその少女は、当たり前のように喋り出す。そしてくるっと回ってみせると、軽やかに塀から飛び降りた。

 3人はそれぞれに警戒を強める。

『嫌ね、何もしないわよ』

 少し遅れて、もう一人も同じ動きをする。そして、二人は並んでゆっくりと近づいてくる。


 黒く長い髪に、西洋人形のようなフリルのついたワンピース。青みがかった瞳をした、瓜二つの美しい少女。

 近づいてきてはっきりとその姿が見えた時、圭一郎はふと記憶が繋がった。

「お前は確か、”らん”って呼ばれてた……」

『あれ、藍のこと知ってるの?』

 少女が、もう一人の肩をふわりと抱く。その当人は、さっきから全く表情を変えず、黙ったままだ。

『藍はこっち。あたしは凛。双子の姉よ。まあ、あたしはもう死んでるんだけど』


 ——そういうことか。

 この得体の知れない双子を前に、清崇は冷静だった。幻術を使った術師が、式神の目に引っかからなかった理由がはっきりした。ずっと術師の気配ばかりを追わせていたが、幻術を使っていたのはこの姉の方だった。生きている人間術師ではなかったから、捉えることができなかったのだ。

「……なぜ、こんなことを?」

 他に聞きたいことは山ほどあるのだが、ひとまず最重要と思われることを聞く。返答次第では彼女らを拘束する必要があるのと、話が通じる相手かを見極めるためだ。


 全員が、その回答に注目した。


 















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