第三十話 術中


 翌週木曜日、22:30。圭一郎と清崇は、烏丸からすま高校の前にいた。大通りに面したこの場所は、この時間でもまだ明るく、車通りも多い。


「目撃情報は、おおむね京都駅から半径2kmにまとまっています」

清崇は、端末スマートフォンで事務担当に送ってもらった報告書を確認しながら言った。

「ここ何回か、月番の日は必ず目撃されているようなので、このあたりで張っていれば間違いない、と言いたいところですが……」


 圭一郎は校庭のフェンスに寄りかかり、清崇が話すのを黙って話を聞いていた。


「相手のレベルを考えると、同じ場所で張っていたら術士僕たちの気配を勘づかれる可能性があります。適当に月番をこなしながら移動して、例の幻術が現れるのを待つのがいいでしょう」


「……現れたら?」

 

 もしも術士が見つかったとして、その後はどうするのか? 妖ではなく術士を探すという特殊な状況に、圭一郎はいまいちピンときていなかった。


「お互いに術士の特定を最優先にしましょう。名前と顔さえ分かればいいんです。その後のことは連盟に任せます。でも——」

 清崇はそこで一旦言葉を切って、表情は変えないまま、少し低いトーンで続けた。

「もし反撃があったら、強制的にでも確保します。君も自分の身は自分で守ってください」











 思いの外早く、それは現れた。

 西の空に、突如現れた巨大な生首。距離にして1kmもない。先週と違うのは、女ではなく、落武者のような男の顔であるということだ。


「迦楼羅!」


 圭一郎はすぐさま迦楼羅を呼び出し、先に現場に向かわせる。同時に、今回は走った方が速そうな距離だと判断し、走り出した。迦楼羅には、周辺に術士らしき人がいないかも含めて、周囲を確認するように指示を出しておく。


 5分ほど走っただろうか。

 あと一回曲がれば現場につける、という道へ足を踏み入れた瞬間、違和感を感じて足を止めた。視界にうっすらともやがかかったかのような、体が重くなったような、嫌な感覚だった。さっきから、迦楼羅と視覚を共有できないのもおかしい。


「助けて」


 圭一郎が道端で息を整えていると、ふいに聞き覚えのある声が響く。


、助けて」


 心臓が跳ね上がる。観月の、声だった。


 声のした先——細い路地の奥を見ると、そこには大量の邪気が集まっていた。そしてその暗闇の中に、ちらりと観月の顔が覗いたような気がした。


「……っ!」


 走り出しかけた圭一郎の肩に、ガッと強い衝撃が加わる。迦楼羅が、何かを訴えるかのように、体当たりしてきたのだ。その衝撃で、圭一郎は我に返って足を止めた。


(よく考えたらこんなところに観月がいるわけねぇ。てことはこれも……)


 気づいた瞬間に、そこは薄暗い路地に戻った。観月の声もしなくなった。一瞬、術に飲まれかけていたのだ。


「ふふふふっ」


 先週も聞いた、少女の笑い声が響く。







 清崇は空に落武者の大首を認めると、すぐに5体の式神を呼び出した。


「できるだけ外側から大きく回って、呪力を使用中の人間を探してくれ。見つけ次第すぐに報告を頼む」


 清崇のいる位置から、大首の位置までは約2km。各所に飛び散っていく、人や動物の形を成した式神たちを見送ってから、大通りに出てタクシーをひろう。

 車内に乗り込んで目を閉じると、すぐに脳内に式神からの情報が次々に流れ込んでくる。ふつうの術士はこの情報処理が追いつかないために、同時に複数の式神を使用することは極力避けるのだが、清崇は難なくさばいていく。


(この人は異変に気がついて駆けつけた今日の月番の術士。レベル的に違う。この人は単に呪力の量がたまたま多い一般人。この人は——)


 式神からの情報の中で、清崇は一人、現場近くに気になる人物を見つけた。


(……念の為だ)


 ちらりと空に目を遣ると、大首はまだ消えていなかった。式神に新たに指示を出して、清崇はその人物の元へ向かうべく、タクシーを降りた。











 












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