第二十七話 邂逅


「遅ぇな……」

 

 月番の当日、圭一郎は陰陽連から指定された合流場所にいた。

 23:15、京都市内某ホテルの屋上。高さがない京都の街の中で、比較的高い部類に入る建物である。同行する予定の術士との合流時刻から既に15分が過ぎているのだが、一向に姿が見えない。

 圭一郎はこの場所まで、タクシーを使って来ていた。聞いていた通り、術師登録時に陰陽連から支給された黒いカードを提示すると、料金の支払いは求められなかった。


 それにしても————

 

 こうして夜に、改めて高い位置から街を見下ろしてみると、日中は気にならなかった邪気の溜まり場や、妖の気配が気になった。街の明かりの中で、邪気の濃い場所がよどんで見えるのである。


(要はこれを片付けていきゃいいんだろ……先にはじめてるか?)

 

迦楼羅かるら


 圭一郎がその名を口にすると、右手にはめたリングの重みがふっと消え、金色に輝くおおとりが現れる。祓具ふつぐに宿るという魂——迦楼羅を呼び出したのだ。


 紀野きのとの初仕事の後、圭一郎は自分なりにこの祓具迦楼羅の扱い方を研究した。何ができて、何ができないのか。まだ未知数な部分も多いが、迦楼羅は圭一郎の命令を受けて動く式神のような存在で、浄化・探索など幅広くこなせるらしいことが分かった。


(邪気も気になるとこだがまずは——)


 圭一郎は目を閉じる。そして、視覚を共有した迦楼羅に、ぐるっと大きく、ホテルの周辺を一周させる。


 ——やっぱり、


 圭一郎のいる屋上から数十メートル下方。こちらの様子を伺うように、建物の影から覗いている、巨大な赤く充血した。それはホテルを囲むように、黒目部分をギョロギョロと動かしながら、上下左右に浮き沈みしていた。


(気配の感じ的に、レベルはそれほど高くねぇ……けど5……いや6体か。俺と迦楼羅で一気に片付けられるか?)


 どんな力を持った妖か分からない以上、反撃の余地を与えないためにも、一気に祓ってしまいたいところだ。


 圭一郎が屋上のへりギリギリまで近づいて下を覗くと、全ての目玉がギョロリ、と一斉に上を向く。

「!」

 そのままゆっくり浮上してきたそれは、近くで見ると意外に大きかった。バランスボール大の目玉が6つ、圭一郎の頭上を取り囲む。

「——そっちから集まってくれて、助かるぜ」

 圭一郎はすぅっと息を吸うと、妖の動きを封じる呪文を唱える。迦楼羅の力を借りて、術の範囲を広げる。6つの目玉全てを、圭一郎の術がとらえた。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

 そのまま九字を切って、祓う。あっさりと片付いたことに、圭一郎は拍子抜けした。


 迦楼羅を一旦祓具に戻そうとしたその時、背後から刺すような視線を感じた。


(!まだいたのか?)


 ——ヒュンッ 

 

 振り返った瞬間、圭一郎は自分に向かって飛んでくるを認めて、咄嗟に横に飛ぶ。


 ——ドッ


 圭一郎が数秒前までいた場所に、1本の矢が突き刺さる。——矢が串刺しにしているのは、赤い目玉。ただ、さっき圭一郎が祓ったものよりも、はるかに小さい。

 動きを封じられた目玉は小さく震えると、灰色のコンクリートの上でバシャッと飛び散って消えた。


「——それが本体。他より少し瘴気の質が違うでしょう。大元を潰さないと、いくらでも増えますよ」


 声のした方へ目をやると、屋上の入り口に人が立っていた。背の高いその人物は、学生服らしき半袖の白いシャツとスラックスを身につけている。


「お前……」

「ここに来る途中でちょっと厄介な中級を祓っていたら遅くなってしまいました。すみません」



 微笑んでいるかのように細い目を一層細めながら、安倍清崇あべせいしゅうは構えていた弓をゆっくりと下げた。




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