弐ノ章
弐ー1 地下駐車場の怪
第十四話 術士登録の出来事
夢を見た。真っ暗な闇。遠くに淡く、小さな光が見える。
『……。――……い…』
その淡い光の方から、声がする。高いのか低いのか、男か女かもわからない、不思議な声だ。
――なんだ? なんて言ってるだ。
『……――……――ら』
声は俺に何かを訴えようとしている。そんな気がした。
『……名は…――――』
・
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「圭一郎様ぁ! 朝です!!」
――朝7時。蘆屋家に、自称圭一郎の目付役・小金井の声が響く。部屋のドアをドンドンと叩く音で、圭一郎は目を覚ました。
「……んだよ、いつも起こしにこねえのに」
圭一郎は寝返りをうつと、薄く目を開け、デジタル時計の表示を確認する。
「まだ7時じゃねぇか……」
一瞬学校があるのかと思ったが、今日は土曜日だ。土日はいつもアラームはかけず、目が覚めたら起きるようにしていた。
「……なんかあんだっけ、今日」
寝そべったまま、ドアの向こうの小金井に声をかける。
「何をおっしゃってるんですか。今日は―――」
・
・
「行ってらっしゃいませ」
「お兄ちゃん、がんばってね~」
「きゅっ」
小金井と観月、そしてコノハに見送られ、圭一郎は家を出た。服装をどうするか少し迷ったが、動きやすさを重視してはき慣れたジャージに半袖の黒のTシャツにした。
「あっつ……」
少し歩いただけで、汗ばんでくる。梅雨明けは報じられておらず、まだ午前中とはいえじめじめした暑さだ。
圭一郎は、陰陽師としての初仕事に向かっていた。
歩きながら、数日前――陰陽連の本部へ、「術士登録」をしに行った時のことを思い出していた。
・
征志郎と共に向かった陰陽連の本部は、御所の目と鼻の先にある、二階建ての公民館ほどの大きさの建物だった。古めいた広大な屋敷を想像していた圭一郎は、その近代的な外観に驚いた。特徴の無い茶系のコンクリートが、あまりにも周囲の民家やビルになじんでいる。強いて特徴があるとすれば、窓の数が異様に少ないくらいだった。
征志郎が
「私はここまでだ。この階段を3階分下りて、まっすぐ進んだ突きあたりの部屋だ」
ホールの奥の地下へと続く階段の前で、征志郎は少し声を落として、続けた。
「圭一郎、いくつか質問されるかもしれないが、質問には全部 ”はい”か”いいえ”だけで答えるんだ。丁寧に答えようとしなくていいからな」
「……”はい”か”いいえ”で答えられないときは?」
「嘘のない範囲で、適当に流せ。ここから先では、極力しゃべらないようにしなさい」
薄暗い階段を3階分下へ、下へと下りていく。本部は地下深くまで作られているらしく、階段はまだ先にも続いてた。
地下3階の突き当たり。観音開きの重厚な扉を開けると、
「お待ちしておりました。蘆屋圭一郎様ですね」
カーテンの奥から聞こえてくる女の声に従って、圭一郎は部屋に放たれた低級の妖を祓ったり、簡単な結界術を見せたりした。その間、3人はじっと圭一郎の動きを見たり、何かメモを取ったりしているようだった。
「その指輪は、
今度は落ち着いた男の声。圭一郎の右手の真鍮のリングは、数日前に”古物商・篠杜”で手に入れたものである。
「……はい」
「そちらの能力は追って確認させていただきます。
……あなたは術士として、公共のためにその力を使うことを誓いますか」
「はい」
「あなたはいつ、いかなる状況下においても連盟の規約を遵守できますか」
”規約”については、事前に泉穂から説明をうけていた。術士がやってはいけないこと(呪術を用いて人に危害を加えることなど)や古来からの禁術、陰陽連を通して仕事を受けるときの決まり事などが記されたものだ。
「はい」
「最後に、こちらに呪力を流しこんでください」
カーテンの向こうから、滑車のついた小さなテーブルが、カラカラとひとりでに向かってくる。その上には、握り拳ほどの大きさの黒い石が乗っていた。
圭一郎がそっと触れると、石がふわっと熱をもったように感じた。
――カッ
「!!」
赤い閃光。呪力を込めた瞬間、石はピキッとひび割れ、赤い光があたりに飛び散った。それはほんの一瞬の出来事で、石はテーブルの上でぽろぽろと崩れ始めている。
「……!」
ここに来てはじめて、ベールの越しにも3人の表情が読み取れた。――驚異。
「……階級は”
ベールの向こうに通路か部屋があると見え、部屋から3人の気配が奥の方へ消えた。
そのまま数分ほど待っていると、突如――周りの風景がぐにゃりとゆがんだ。
「!?」
気づけば、部屋の景色は一変し、時代劇に出てくるような畳の大広間になっていた。圭一郎は思わず身構える。
「――ああ、失礼。驚かせてしまったね。これは幻術の一種ですよ。どうも和室でないと落ち着かなくてね」
背後からの声に驚き、振り返る。
ふすまの前に、一束黒髪の混ざった白髪をオールバックにした和服の男が立っていた。深いしわの刻まれた顔から、かなりの年齢だと分かるが、そのたたずまいは全く隙がない。
(……こいつ、どこから来たんだ)
「こんにちは、蘆屋圭一郎君。私は
警戒心を隠しきれない圭一郎に、賀茂が微笑みながら両面真っ黒なカードを差し出した。賀茂はその大柄な体と威圧的な雰囲気のわりには、穏やかな優しい声をしていて、圭一郎はそれが不釣り合いでちぐはぐな印象を受けた。
「このカードは呪力を流し込めば身分証明になる。
カードを受けとる時、賀茂に近づいて気づく。口元は微笑んでいるが、目が全く笑っていない。
「――時に君は、現在この国に術士がどのくらいいるか、知っているか?」
賀茂は、ひびの入った黒い石の破片をつまみあげながら言った。
「……」
「登録されている術士は3112名。そしてその半数以上が”
「時代が新しくなるごとに、術士の数は減り続けている。質も確実に落ちている。しかし、いくら減ろうとも、術士はいなくてはならない存在だ。術士がいなければ、誰が邪気を浄化する? 誰が人に害をなす妖を祓う? 誰が古来からの結界を維持する?」
賀茂は圭一郎ではない誰かに、その問いをぶつけているように見えた。
「――この国を影で支えているのは
――
「この現状を、君はどう思うかね?」
答えるべきではない。圭一郎は直感的にそう感じた。
「――まあいい、君を歓迎しようという話だ。働きに期待している」
賀茂の姿がふすまの向こうに消えると同時に、大広間はもとの絨毯の部屋に戻った。
それから数日後―――圭一郎のもとに、はじめての仕事の依頼の電話がかかってくる。
★補足情報★
【陰陽師・呪術連合(陰陽連)】……平安時代の
【術士登録】……術士がその能力を用いて収益を得る場合に必須となる手続き。登録していると陰陽連が能力に応じた仕事を
※登録のない術士が勝手にお祓いや怪異の相談に応じて金銭等を得ることは原則禁止されている。
【四階級】……術士の能力を四段階に分類したもの。上から”緋・碧・翠・橙”。術士登録時に分類されるが、その後の功績に応じて変わることもある。
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