第十二話 もう1人の客


「うわっ!」

「ひっ!」

 

 まさか自分達以外に客が来るとは思っていなかった圭一郎と華絵は、それぞれ変な声を出しながら飛び退く。 


「こんにちは……ってあれ、先客がいましたか。めずらしいな」


 戸口に現れたのは、肩に弓袋をかけた、すらりと背の高い男子高校生だった。黒縁の眼鏡の奥には、微笑んでいるかのように細い切れ長の目。その涼しげな目元には、柔らかな亜麻色グレージュの髪がかかっている。ダークグレーのブレザーに深緑色のネクタイは、市内の私立高校のものだ。

 圭一郎はこの人物に、見覚えがあった。


会いましたね、蘆屋圭一郎あしやけいいちろう君」


 後ろ手で引き戸を閉めながら、その男は圭一郎の目をまっすぐ見て言った。


(! こいつ、俺の名前を……)


「――ああ、まだちゃんと名乗ってなかったか。僕は安倍清崇あべせいしゅう、言います。よろしく」


 男子高生――安倍清崇は薄く微笑む。

 自分の名前を知られていたからか、この男の持つ独特な雰囲気のせいか、圭一郎はなんとなく居心地の悪さを感じた。

 ――先月の事件の日、蘆屋家を訪れた術士の1人。泉穂から、安倍家の当主だと聞いた。


「君は藤宮さんだね。去年の総会以来か」

「……どうも」


 清崇に声をかけられた華絵は、軽く会釈えしゃくをすると、古道具を眺めるふりをする。いつもの強気な態度はどこへやら、どことなく落ち着かなそうな様子である。


「――いつものを」


 清崇がそう告げると、篠杜しのもり暖簾のれんの向こうへ消え、その手に白い布に包まれたげてすぐに戻ってきた。大きさからして、呪符の束か何かだろう。

 清崇は圭一郎たちの横を通り、その包みを受け取ると、篠杜に短く礼を述べる。そのまま店を出ていこうとしたが、引き戸に手をかけたところで、ふと思い出したかのように振り向いた。


「――一生もんやから、ゆっくり選んだらええよ。1番なじむやつをね。じゃあ、お先に」


 微妙になまりの混じる、不思議な物言いだった。安倍清崇あべせいしゅうはそう言い残して、”古物商・篠杜”をあとにした。


「あいつは……」

陰陽宗家おんみょうそうけの御曹司。私の一つ上で、下鴨しもがも高校の3年だったかな。顔覚えられてるなんて光栄ね。……家柄も実力も確かなんだけど、私はなんか苦手なのよね」

「……お前にはじめて共感できたぜ」


 閉じられた引き戸を見つめて、残された2人はそんな会話をした。









 

「こんなもんまであるのか……」


 圭一郎と華絵は、先刻 篠杜しのもりが指をさしたガラスケースをのぞき込んでいた。ケースの中には、手前の方に数珠じゅずや小型の法具、奥には天然石の腕輪ブレスレットやネックレスなどの装身具アクセサリーが並んでいる。


数珠じゅずは定番ね。祓具ふつぐとして持ってる術士は多いわ」

 そういえば、親父おやじがいつも持ち歩いていた気がする。

「……これとかどこにでも売ってねぇか?」

 天然石のブレスレットを手に取り、圭一郎は眉をひそめる。学校で、つけている生徒を見たことがある。

「全然別物よ。まあでも、装身具アクセサリー系が持ち歩きやすくていいかも。武器系は見栄えはするけど場所を選ぶし、現代じゃ浮くから」

「……お前の扇子せんす祓具ふつぐなのか?」

「そうよ。私のは祖父から譲り受けたものだけど」


 そんな会話しているうちに、ガラスケースのすみに、ぽつんと置かれているものに目がいった。


 それは、稲妻のような文様の透かし彫りがほどこされた、真鍮しんちゅうのリングだった。幅は1㎝ほどで、透かしの部分の1部に、透明な石がはめ込まれている。圭一郎はそのリングがなんとなく気になって、手に取った。


「!」


 触れた瞬間、びりっと電気のようなものが体を走り、パッと手放す。コンッと軽い音がして、リングはケースを転がった。


「つけてみるといい」


 それまで全く喋らなかった篠杜しのもりが、はじめて口を開いた。呟くような低音。それでいてはっきりと聞き取れる、不思議な声だった。


 圭一郎はそのリングを拾って、ゆっくりと右手の人差し指にはめた。



 リングが指にぴたりと食いつくような感覚。

 まるで指と一体となったような―――


(ん……??)


 圭一郎の顔が、どんどん強張っていく。


「何? どうかしたの?」


 華絵が圭一郎の異変に気づき、顔をのぞき込む。圭一郎は左手でリングを外そうとしていた。しかし―――


「これ、抜けねぇぞ……?」



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