第十三話 真意
サイズが小さかったわけではない。指にはめた瞬間は、むしろ余裕があったはずだった。
「冗談でしょ?」
「いや、まじめに」
リングはまるで指と一体になったかのように、力を込めて引っ張ってもびくともしない。圭一郎は救いを求めるような目で篠杜の方を見る。
「――
「気に入られたみたいね」
圭一郎もリングを見た。埋め込まれた透明な石が、光の加減で虹色に輝く。外れないことには焦ったが、不思議と嫌な感じはしなかった。まるでずっと昔からつけていて、つけていることを忘れてしまいそうなほど、よくなじんでいる。
「……で、これはどうやって使うんだ?」
パッと見、ただのリングだ。つけて何か変わった感じもしない。
「持ってるだけでも呪力のコントロールが格段に楽になるはずよ。シノさん、この
華絵の問いに、篠杜はこくりとうなずく。
「……固有能力?」
「祓具自体がもつ能力よ。祓具に備わってる術式みたいなもの。そのリングはあるみたいだから、そのうち分かるわよ」
「そのうち? どんな”
その疑問に答えたのは、篠杜だった。
「同じ祓具でも、術士の力量次第で引き出せる固有能力も変わってくる。
篠杜の長い言葉には重みがあった。
祓具があれば、術式に近いことができるようになる、と征志郎は言っていた。
――この
こうして、圭一郎は祓具を手にいれたのだった。
・
・
”古物商・篠杜”から出て、次に後ろを振り返ると、店は白い外壁の”しのもり古物商”に戻っていた。夢でも見ていたような気分だが、右手には確かに真鍮のリングが光っている。
「じゃ、私こっちだから」
「あ、おい」
店を出てすぐ、反対方向に向かおうとした華絵を、圭一郎が呼び止めた。
「何よ?」
「案内、助かった。……サンキュ」
歳の近い人に礼を言うという経験がほとんど無い圭一郎は、照れからかその視線が泳いでいる。
「――泉穂さんの頼みだから」
そういう華絵の口角が少し上がっていたことに、圭一郎は気づいていない。
・
・
圭一郎と別れてすぐ、華絵のスマホに着信が入った。画面に表示された名前を見て、華絵の表情がパッと明るくなる。
「――はい、
『今大丈夫? そろそろ店出た頃かなと思って』
「ちょうどあいつと別れたところです。私も電話しようと思ってました!」
『華絵ちゃん、今日はほんとにありがとね。助かったよ』
「いえいえ。いいものを選べたみたいですよ」
『そっか、それはよかった。圭ちゃんとも仲良くなれたかな?』
「ハイ、それはもちろん。――ところで、
前半の「ハイ、それはもちろん」はカタコトだった。しかし、後半は急にまじめなトーンになる。
「――嘘ですよね、来客って。そうまでして私と蘆屋圭一郎を会わせたかった理由は何ですか? 私に頼みたかったことって、本当に案内だけですか?」
電話口で、泉穂がフッと笑う。
『さすがだね華絵ちゃん。白状するよ。実はちょっと名前を貸して欲しくてね』
「名前?」
『そろそろ圭ちゃんの
――陰陽師や結界術士など術士としての力を持った者が、術士として正式に認められ、表だって活動するために必要な”術士登録”。術士による犯罪や、不当に収入を得ることを防ぐために義務づけられているこの手続きには、登録者の実力や人柄を保証する”推薦者”の選出が求められる。
推薦者に求められる条件は、2つ。”
『征志郎さんと一緒に、ずーっと誰にするか悩んでてね。華絵ちゃんみたいにスカウトで術士になった場合は、ふつうスカウトした本人が推薦者になるし、代々術士の家系の場合はコネで適当な術士を選ぶ。でも、圭ちゃんは長いことこの界隈に関わってこなかったからそれも難しくてね』
「私が、あいつの推薦者に?」
『僕でもよかったんだけど、僕は蘆屋家専属の結界術士だから、実質身内みたいなものでしょ。ただでさえ圭ちゃんは、先月の一件でいい意味でも悪い意味でも注目集めてるし、推薦者はできるだけ
なぜあの日、約千年間破られなかった
「……」
『書類に名前がのるだけ。誰でもいい。――なんて言われつつも、華絵ちゃんも知っての通り、何かとめんどくさい業界だからね。……派閥とかさ』
今の術士界には派閥が大きく3つ存在する。陰陽連を取り仕切っている”賀茂派”と、もう一つの宗家の”安倍派”。そしてそのどちらでもない、中立派。
「――なるほど。その点まだ術士歴の浅い私なら、派閥はない。おまけにあの八傑の1人と同じ術式持ちっていうネームバリューもある」
彼女のもつ術式・
藤原家の子孫は各地に分散し、その血を直接ひく家系はとうの昔に途絶えたはずだった。同じ術式を持つ者が現れたのは、実に900年ぶりのことである。
――”
彼女は術士たちの間で、そう
『……だからなんとか2人に接点を作ろうとチャンスを見計らってたんだ。まあ既に知り合いだったのは予想外だったけど』
華絵はコンビニでの一件を思い出す。
――特級を素手で殴り飛ばした素人術士。興味がなかったと言えば嘘になる。
あの時、術式を使えば1人でも片付けることはできた。それでも圭一郎に協力を仰いだのは、その実力がどれほどのものなのか気になったからだ。
憑きものを落とすのは初めて? 一ヶ月前に修行を始めた?
とてもそうとは思えない手際の良さだった。レベルは高くないとはいえ、人に憑いている成蟲をあんなに短時間で落とすなんて。
そして陰陽師としてはまだ未熟だけれど、あの飲み込みの速さ。蘆屋圭一郎には、間違いなく才能がある。
「――いいですよ。あいつに貸しができましたね」
『……あとこれは個人的なお願い。たまにでいいから圭ちゃんのこと、気にかけてやってほしいんだ。推薦者とか関係なく、術士の先輩として』
「……泉穂さんが、そう言うのなら」
その返答を聞いて、泉穂は満足そうに「ありがと」と言った。
通話を終えた頃には、梅雨の重たい雲が赤く染まり始めていた。まんざらでもない表情の華絵は、軽い足取りで帰路についた。
〈 壱―③ 了 〉
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