第二十二話 想起


 クロ丸に出会ったのは、今年の春のことだった。橋の上で川を眺めながら泣いていたら、河川敷の草むらに黒い塊があるのを見つけた。ゴミかと思ったけど、近づいてみるとそれは体を小さく丸めた、ぼろぼろの黒猫だった。他の野良猫と喧嘩でもしたのか、細かい傷をいくつもつくっていた。その姿が、自分と重なった。


 「……おまえも、いじめられたのか?」


 黒くて、よく丸くなっているからクロ丸。

 だいぶ弱っていたから、家に連れて帰って手当てをしてやった。庭の隅の物置小屋に隠して、元気になるまでの間こっそり家に置くつもりだった。

 それなのに少しずつ、クロ丸と過ごす時間が長くなっていった。学校からいち早く帰ってきては、クロ丸を連れ出して河原で遊んだ。えさは冷蔵庫から調達したり、給食を持ち帰ったりしていた。

 世話をするうちに愛着が湧いてきて、怪我が治った後も、こっそり食べ物を運んで飼っていた。もともとあまり友達がいなかったし、人と関わるよりもクロ丸と遊んでいる方が気が楽だった。


 弱い者同士、なにか通じるものがあったのかもしれない。僕らはいい相棒


 だから————だから転校先の学校で最初にその話を聞いた時、すぐに分かった。


「聞いた? 猫のおばけの話」

「真っ黒な猫の影見たってやつ?」

「聞いた聞いた、2組のミナちゃんの近くの公園で出たんだってね」

「学校のすぐ裏の通りでも見た子いるらしいよ」

「えー怖!」


 ガシャン、と給食のおぼんを落とした音で、クラス中の視線が僕に集まる。


「びっくりした~」

颯太そうた、大丈夫?」


 ——クロ丸だ。

  なぜそう思ったのかは分からない。ほとんどカンみたいなものだった。

 

 きっと、僕のことを————











「……あんた、何やってんの?」


 市立みやこ小学校。烏丸高校に一番近い小学校である。その校門の前に仏頂面で立っている圭一郎に、通りかかった藤宮華絵ふじみやはなえが声をかけた。


「……ボランティアだ」

「は? そこに立ってると怪しいわよ。ほら、小学生びびってるじゃない」


 小学生は完全に下校している時間帯だが、校庭に遊びに来た子どもたちがチラチラと様子をうかがっていた。怖いお兄ちゃんが校門に立っている——そんなところだろう。


「藤宮、この辺り何か感じるか?」

「……特に。邪気もむしろ学校にしては少ないぐらいじゃない?」

「だよな」


てか”さん”つけなさいよ―、と口をとがらせている華絵を完全に無視して、圭一郎は考え込んだ。


(この小学校での目撃情報が多いっつーからとりあえず来てみたが……やっぱ現場を見ないとなんとも言えないよな。でもどうやって聞き出せば……)


「何?なんかあるの? この小学校」

「この小学校ってか……」

 

 圭一郎は、小学生だけに目撃されているという化け猫の話を簡単に伝えた。ここ一ヶ月で目撃されはじめたこと。この小学校の目撃者が特に多いらしいこと(すべて泉穂情報である)。

 最初は興味なさそうに聞いていた華絵だったが、泉穂からの依頼であることを聞いた瞬間に目の色が変わった。


「つまり泉穂さんの個人的な依頼なのね? 手伝うわ」

「は?」

「第一あんたに小学生から情報聞き出すなんてこと無理でしょ。私に任せて」

 

 華絵はそういうと、つかつかと校庭で遊ぶ5,6人の子どもたちに近づいていく。


「あっ、おい!」


「こんにちは~。僕たち、ちょっと聞いてもいいかな?」


 華絵は腰をかがめて、満面の笑みで小学生に話しかける。圭一郎には絶対に真似できない技だ。圭一郎は素直に感心した。


「猫のお化けの話って聞いたことある?」

すると、小学生達は目を輝かせて一斉にわっとしゃべり出した。

「ごめん、ストップ!」

華絵が両手で待ってのポーズを取る。

「全員聞くから。1人ずつお願いね」





 小学生たちのまとまらない話を無理矢理まとめると、目撃者は高学年の子どもが多く、場所は学校付近が多いらしかった。目撃現場もいくつか聞き出すことができた。

 華絵はこそっと圭一郎に耳打ちする。


「この小学校周辺だけ多いっていうのが気になるとこね」

「ああ……何か理由がある?」


 華絵はもう一度小学生達に向き直って聞いた。

「最近学校で何か変わったことはあった?」

全員が首をかしげる中、一番しっかりしてそうな、背の高い女の子が何か思い出したように「あ」と言った。


「そういえば、私のクラスに転校生が来ました」

「転校生か……それはいつごろ?」

「一ヶ月くらい前です。でもその子最近休みがちで、心配してたんです」


 一ヶ月前。目撃情報が出始めたのもそのくらいだ。圭一郎と華絵は顔を見合わせる。


「その子の家って分かる?」

「正確には知らないけど、学校の裏辺りって聞きました」


 学校の裏は、最近目撃情報があった場所でもある。こうして、2人は学校の裏の通りへと向かうことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る