壱-3 麩屋町の小路にて(祓具購入編)

第十話 祓具



 軒先のきさきからしたたる雨のしずくが、一定のリズムを刻んでいる。


 蘆屋家の和室に、圭一郎と目付役の小金井こがねいがいた。関西では昨日、例年より少し遅い梅雨入りが報じられ、どうにもぱっとしない天気が続いている。コンビニでの妖蟲ようちゅう――改め成蟲せいちゅうの騒動から、数日が経っていた。


「――というわけで、この方角が鬼門きもん、こちらが人門じんもんとなるわけです。今でもこのような場所には結界が張られていて……」


 帰宅後の陰陽師修行。座卓の上には、古びた書物が何冊も積み重なっている。

 今日は式占しきせんの考え方と式盤しきばんの見方について説明を受けているところだったが、圭一郎は完全に上の空だった。

 

 圭一郎はコンビニでの一件以来、気になっていることがあった。藤宮華絵ふじみやはなえが使っていた、”術式”と呼ばれるものについてである。

 たくさんの妖を瞬時に祓うことができる、強大な力。

 話に聞いたことがあったが、その力を実際に目の当たりにした圭一郎は、すっかりその力に魅了されていた。

 

 ――特級を前にしたときの無力さ。2度と同じ思いはしたくない。もしまた同じようなことが起こったとしても、自分の周りの人間くらいは守れるように。


 自分にも同じ事ができれば――― 


 そう思って、小金井に聞いてみることにしたのだが。


「術式? ああ、圭一郎様は使えませんぞ」


きっぱりとそう言われてしまい、圭一郎は少なからずがっかりした。


「……なんで?」

「術式は術者に生まれつき備わった個性のようなもので、修行でどうにかなるものではないからです。ごく稀に、血族で代々同じ術式が受け継がれたり、後天的に使えるようになることもあるようですが、使えないのが当たり前です。あてにしない方がいいでしょう」  


 ただ、と小金井は続ける。


「術式を持っていないからといって、持っている術士に劣る訳ではありませんぞ。かの蘆屋道満は、八傑の陰陽師の中で唯一、術式を術士。裏を返せば、術式を持たないにも関わらず八傑に名前を残すほど、優れた術士だったということです」

 

 ―――へえ。そいつは初耳だ。



「術式は使えないが、術式に近いことならできるようになるぞ」


 いつの間にか、戸口に父・征志郎が立っていた。


「近いうちにと思っていたが、ちょうどいい。明日にでも麩屋町ふやちょうのシノさんの店で、祓具ふつぐを選んでくるといい」

「フツグ……?」


 聞きなじみのない言葉で、漢字変換が上手くできない。


「祓ったり浄めたりする力を増幅させる道具だ。術者の特性に合わせて、いろんな種類があるから、見て選んできなさい。泉穂君がよく行ってるはずだから、私から案内を頼んでおくよ」

「麩屋町ってわりと近くだろ? 場所さえ分かれば1人でも……」

「いや、あの店はちょっと言葉で説明しにくいというか、初めての人は簡単にたどり着けないようになってるから、連れて行ってもらいなさい」


(……そんなに分かりにくい場所にあるのか?)


 征志郎の不思議な言い回しに、首をひねる圭一郎であった。













 次の日、学校からの帰り。

 圭一郎は泉穂いずほに合流するために、まっすぐに八塚やつか神社に足を運んでいた。


「ごめん圭ちゃん!」 

 境内に入るなり、泉穂が手を合わせながら走ってくる。

「これから急にお客さんが来ることになって、ここにいなきゃいけなくなった」

「んじゃ別の日に?」

「いや、代わりの人を呼んでおいたよ」


 泉穂は自分の黒いスマートフォンを掲げて見せた。


「代わり?」

「うん。圭ちゃんと歳も近いし、仲良くなれると思うんだよね。圭ちゃんと同じ高校で、一つ上の先輩だよ」


同じ高校。一つ上。

嫌な予感がする。

 

石段を登ってくる足音が、だんだん近づいてくる。


「それってまさか―――」


「泉穂さん、お久しぶりです!」

「久しぶり、


 鳥居をくぐって現れたのは、肩にかかるかかからないかの茶髪に、セーラー服の女子生徒。”人にぶつかっても謝らない高飛車女”、”術式が使えるレアな奴”――それが圭一郎の、彼女に対する今のところの認識である。

        

「その節はお世話に―――ってなんであんたがいるのよ!」


 圭一郎の存在に気がついた、藤宮華絵ふじみやはなえが叫ぶ。

 ――嫌な予感が当ってしまった。


「それはこっちのセリフだ」


「え、何? 2人とも知り合いなの?」

泉穂は驚いた表情で、睨み合う2人を交互に見る。華絵はその問いに、

「ええ、まあちょっと……」

と言葉を濁すと、手を口にあてて「ふふふ」と上品に笑った。


 ――コイツ、明らかに猫被ってやがる。


 一度会ってるからこそ分かる。藤宮華絵はこんなキャラではないはずだ。


「……お前らこそどういう関係なんだよ?」

華絵と泉穂の接点が全く見えない。

「華絵ちゃんが術士になりたての頃、ここに結界術を習いに来てたんだよ」  

ね、と言って泉穂と華絵は顔を見合わせる。華絵は見たことのない程の満面の笑みである。


「それで泉穂さん、私に頼みたいことって何ですか?」


「ああ、それはね―――」



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