第二話 山籠もり
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圭ちゃんへ
夜の山はいろんなものがうろつくから、自分の身はしっかり守ってね。
場合によってはきちんと祓わないと危ないよ。
2日後、月曜の朝に迎えに来ます。
五体満足で家に帰りたければ、常に体全体で見て、聞いて、感じる感覚を大事にすること。(2日くらいなら食べなくても死なないけど、たぶん何か食べないと持たないよ)
もちろん
P.S
人の言葉を話す妖には要注意。
何があっても絶対に、言葉を交さないこと。
野生の動物にも気をつけてね。
それじゃあ健闘を祈る!
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泉穂から渡された半紙は、手紙になっていた。デフォルメされた熊のイラストが、「ガオー」と言っている。
―――ビリリッ
そのイラストを見た瞬間、圭一郎は反射的に紙を破り捨てていた。怒りを通り越して無表情である。
「マジで置いていきやがった……」
この文面だと、
(これはおそらく修行の一環だ。修験者や陰陽師が「山籠もり」をする話は聞いたことがある。それは分かる。でも、だったら――――)
「そうならそうと先に言ってから連れてきやがれ!!」
圭一郎の叫びが、雑木林に虚しく木霊する。
・
・
・
陽が落ちきる前に、最低限雨風をしのげる寝床を見つけなければ。できれば、水と火も確保したい。
そう考えた圭一郎は、水の音を頼りに草藪をかき分けたり、斜面を少し下ったりしているうちに、小さな沢にたどり着いた。川幅も狭く、簡単に増水もしなさそうな沢だ。さらにその近くの岩場に、接地面が削れて洞窟のようになった場所を見つけた。
(ここで休めそうだな。あとは……)
既に完全な闇が近づいてきている。火は、夜の山には欠かせないはずだ。
木のエネルギーを利用して火を生む、みたいな呪文があった気がするのだが、思い出せない。圭一郎はもっとまじめに小金井の話を聞いていれば、と後悔した。
ダメ元で原始的な方法を試そうと、小枝、着火剤になりそうな薄く乾燥した枯れ葉、適当な大きさの石をかき集める。
「――よし、やってやる」
ガラにもなく気合いを入れなおして、石同士を連続で打ち付けてみる。が、なかなか熱を持たない。手も痛くなってきて、圭一郎の表情には早くもあきらめの色が見える。
もう少しだけ粘ってみるか、と石を握り直したその時。
「あの~、すみません」
と、背後から女の声がした。
驚いて振り向きかけて、はたと思い留まる。
――こんな場所に、こんな時間に、人がいるか?
「あの、すみません、登山客の方ですか? わたし、道に迷ってしまって……」
――いや、おかしいだろ。
山の中で、人間が足音を立てずに歩くことは不可能だ。
いくら火起こしに集中していたとしても、近づかれれば絶対に気がつくはず。
この女、物音一つしなかった。
『人の言葉を話す妖には要注意。何があっても絶対に、言葉を交さないこと』
圭一郎は、振り向かずに、全神経を後ろに集中させる。
――やっぱり、そうだ。上手く化けてるが、人じゃない。
握っていた石に、そっと陽の気を混ぜた呪力を込める。
体外のものに呪力を込める方法は、最近習得しつつあった。手や指先など、体の一部に呪力を集めて祓うことは今までも無意識にやっていたが、ものへ呪力を込めるのはそれなりにコツがいるのだ。
―――ガッ
圭一郎が振り向きざまに放った石が、女の顔にヒットする。その瞬間、登山者のような格好をした女の顔が、ぐにゃりとゆがんだ。レベルが高くなければこれで充分祓えるはずだった。
「す、す、すすすみませぇぇええぇん」
あり得ない方向に曲がる手足。崩れていく顔。女は、別のものに変わりつつあった。女から発せられる
(!あんまり効いてねぇな)
『――場合によってはきちんと祓わないと、危ないよ』
泉穂の手紙にあった言葉が脳裏をよぎる。祓えなかったということは、それなりに強力な妖ということだ。女が無数の手を持つ、巨大な異形の生き物に変わり、そのまま圭一郎に覆い被さるように手を広げた。
――仕方ない、実際に使うのは初めてだが、やるしかねぇ。
圭一郎は両手の指を絡め、最近覚えた呪文を叫んだ。
「……の名に於いて祓い給え――急々如律令!」
・
・
・
――――祓えた。
まだ心臓の音がうるさい。詠唱をして、しっかりと祓ったのは、これが初めてだった。
祓った直後から、猛烈な倦怠感と眠気が圭一郎を襲う。
妖に関わるとこういうことは
視界がぐらりと揺れる。ふらつく足取りで、なんとか岩場の洞窟にたどり着いた。
(今眠るのはまずい、――――)
そう思いながら、背を岩壁にもたれたところで、圭一郎の意識はぷつりと途絶えた。
――次に目覚めた時、場面は冒頭に戻る。
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