第32話 刃を交わす人たち①

 死霊術師の場合。

 彼女は俺たちが目を離している一瞬でスケルトンの軍団を作り、一度に五体もの強力なアンデッドまで、それも素材となる遺体が消し炭の状態から作製して見せた。その腕前は言わずもがな、アンデッドに関する知識は他の追随を許さないだろう。

 ミアが早々に離脱したのはさておき、悪さをしないようにアンデッドたちの面倒を見る上で、彼女の存在は欠かせないのだが。


「ムゥーッ!! ムムムゥーッ!!」

「……どうする? これ」


 自己紹介どころではないのは明白だった。

 元々、爆発の影響で脆くなっていたことを考えに入れても、縛り付けた縄を起点に亀裂が広がるほど暴れるのは異常としか言えない。少なくとも本来、喪服を着るような人間の気力で成せる業ではないだろう。

 それに、返す言葉が死ぬだの殺されるだの、拒絶っぷりが常軌を逸している。


「彼女のことでありましたら、自分から。短い時間ながら、門番として対応していたでありますれば」


 レピーがゴロリと、夜の眷属たちに押されて来た。キョンは命懸けのネズミと追いかけっこで遊んでいる。君ら仲良しか。


「ウオビス・イムズ。イプネフ村の薬師……あれ? でも死霊術で我々をアンデッドにして……。あっるぇー……?」


 色々と頭の中で勘定するレピー。しばらく考え込む素振りを見せていたが、涙目になって知った驚愕の真実。


「自分、騙されたでありますか!?」

「うわあ、守りがガバガバだ、この街……」

「こ、ここ、戸籍証明も移住許可証も本物でありました! 見抜けないでありますって!」

「はいはーい! 神予想、聞きたい?」

「漫画のクソ研究本の見出しみてえなのやめろ、サブカル浅瀬女神」

「ずばり、死後間もない本物のウオビスさんを死霊術で復活させて、全ての手続きを難なく通過。そこで入れ替わり。使い捨て。そんなところでしょう」

「手の込んだ替え玉受験かよ……」

「さすがサンサーラ様! 御慧眼にございます!」

「ふふーん。真実を見通す神の目からは何人たりとも逃れられぬのさ、我が信徒レツィスよ」

「ミアは逃れたけどな」

「女神スパーク!!」

「マシビレッ!?」


 俺が理不尽な天罰を受けているのをよそに、レツィスはいそいそと何やら拾い集めていた。


「となれば、やるべきことは一つですね!」


 彼女の手には水差しと適当な布が握られていた。ニコニコとしながら喪服の傍まで歩み寄り、その顔を覗き込む。

 今にも噛みつきそうな暴れっぷりの喪服。本来、吸血鬼ヴァンパイアが人間に噛みつく側なのだが、まるで立場が逆転している。

 おもむろにレツィスは喪服の顔に布を投げた。視界を奪われて更に錯乱した動きを見せる喪服の顎下を吸血鬼ヴァンパイア由来の膂力でがっちり固定し、布の上から顔に水を少しずつ垂らしていく。

 喪服は呼吸ができず、もがいていた。


「外道に堕ち、無辜の民の亡骸を弄んだ異端者に神判を……」

「わぁーッオ!? ちょっとストップストップ!」

「ご安心ください、英雄様。異端者なら溺れ苦しみ、そうでなければ喉を潤すだけです。そういう仕組みだと、司法官も記しております。どうやら……この外道は異端者のようですね」


 ぜ、絶対違う……! 世界史で、似たような出来事を習ったぞ! 魔女狩りっつーんだけど!

 ああ、でも狂信者スマイルが! 狂信者スマイルが怖くて、強く止めに入れない!


「そうだ! 神様仏様サンサーラ様、ここで神託がございますよね!」

「仏の話題はやめて。あと一〇秒」


 即刻止めんかいボケ!!

 計画外の事態を招いた罰じゃ―― キリをつけただけ有情だと思うがよい――


「いーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」


 一が長いんじゃ、レツィス様!! 京●銀行のCMかよ!! 長ーいお付き合いじゃなくて、短いお付き合いになっちゃうよ!!

 一〇秒と一〇カウントは別物だって小学校卒業までにはわかってるから! 買収されたレフェリーでも、ここまで露骨に延ばさないから!

 ああっ! 喪服さんが昇天直前みたいな痙攣を!?


「……ーち」

「十、百、千、万!! 千回分の禊ぎ終了!! はいはいお疲れ様でした!!」


 ポルターガイストで、喪服の顔面を覆う、濡れそぼった布切れを彼方まで投げ飛ばす。ぐったりと白目を剥く喪服の気道に残った水にも働きかけて、鼻の穴から排水を促した。

 レツィスはぞんざいに水差しを投げ捨てた。微笑みのようでいて、薄目で睨むような圧がある表情だった。


「あらあら、英雄様ともなれば、慈悲深いお方なのですね」

「す、すみません。元居た世界とのギャップに驚いてしまって、つい、出過ぎた真似を……アハ、アハハハ」


 ひとしきりむせて、呼吸の戻った喪服の耳元まで詰め寄り、必死な思いで俺は耳打ちした。


「いいか、よく聞け。正直に言う。お前には仲間になって欲しい。アンデッドの俺達には、お前の力が必要だからだ」

「不本意だけど、利用価値だけはピカイチなのは神も同意するわ」

ムムウ嫌だ!」

「嫌なのはわかる。けど、さっきの仕打ちを思い出してくれ。こいつら今にもお前を殺しかねないし、このままだと、よくて縛ったまま置き去りだぞ」

「レツィぴの信仰っぷりは本物よ? 独りでジハード的なことを起こすくらいには」

「マジっすかサンサーラさん」

「マジ」

ムムウ嫌だ! ムッマヘムムウ絶対嫌だ!」

「そうだろ? そこで、役に立つことを伝えて、仲間になる。それが最善の生存戦略だと思うんだ」

「……ムウムムそうかも

「そうそう。ただ、今の感触だと仲間に迎えられるか怪しい。好感度最悪だからな。とにかく生き残る確率を高めたいなら、俺たちの役に立つってところをアピールしてくれ。俺もフォローするから。頼む。仲間になってくれさえすれば、危ない役は回さないし、他の死霊術師が見つかるまででいいから」


 喪服は、渋々と頷いてみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る