第19話 確変に賭ける人たち②

◆◆◆


「爆死したんですけどォ!?」


 粉塵が晴れるにつれ明らかとなる、惨憺たる地下空間の有り様に、俺は目玉が飛び出るほどパニックしていた。

 土煙が立ち込める半壊した地下空間。煙が晴れたと思えば、全身に大火傷を負い、虫の息で倒れ伏すミアや召喚師たち。崩落した岩に巻き込まれた者は、残念だが手遅れだろう。

 俺の肉体に襲いかかった影――それが身に纏っていた外套とマスクは焼け落ち、正体を現していた。年端もいかぬ少女だ。だが、火傷が酷いのはもとより、振り下ろそうとした右腕は失われ、傷口からは大量の血が流れている。目も虚ろで焦点が定まっておらず、脱力したままピクリとも動かない。

 この惨状を、俺の身体の爆発が引き起こしたのだ。

 俺の身体の爆発って何だ。ふざけんな。

 無事、というか、この爆発の影響を受けていないのは、魂のままの俺と、女神のサンだけだった。

 何だこの地獄。


「爆死したんですけどみたいな!? 爆死したんですけどみたいな!? 爆死したんですけどみたいな感じ的な!?」

「……ふぅ、ち、致命傷で済んだわね!」

「何、他人事みたいに言ってるんじゃ貴様ァ!?」


 呑気に剣吞なことを言うサンの肩を掴み、俺は無茶苦茶に揺さぶった。ライブ中のヘドバンでもここまで揺れないというくらいに。首をもぐつもりで。


「何で俺が爆発したんだ、乱入したやつの仕業か!?」

「ええっ、とぉ……」

「いやそもそもそこじゃねえわ! 何で冒険に出る前にパーティ全滅してんだよ!?」

「い、いや、全滅じゃないし……私だって咄嗟に結界張ったから、何人かは生き残って……」

「そういうことを聞いてるんじゃねえ脳天チョップ!」

「いィアぼ!?」

「答えなかったら、次は鼻フック背負い投げだ……!」

「ひぃ……。し、真空の崩壊……」

「あんだって!?」

「たとえある世界で燃え尽きて灰になっても、その灰を別の世界の法則の下に置くと、再び燃え出すから……」

「その理屈で俺は魔力に目覚めるんだよなあ!?」

「ご、ごめん、魔力じゃなくて科学力の方の真空崩壊が起こったっぽい……」

「つまり!?」

「あんたの身体、この世界じゃ……ば、爆弾、TNT的なやつで~……」

「つまり、テメェのミスか!?」

「こ、ここがいいって言ったのはあんた……」

「行けない理由を言うのはテメェの仕事だろうが!! 他の世界じゃクドクドクドクド無理って言っておきながらよぉ!! 折角いい感じの所に来たと思ったのに、蓋を開けてみりゃミスで爆死なんて終わり方でよぉ!!」

「だ、だって……ん、爆死? 死んだ? ……あ」


 スン、と真顔に戻ったサンは、いきなりえげつない威力の雷撃を放ち、俺にぶち当てた。

 黒焦げパーマになって倒れた俺にサンは唾を吐き、光の門を開いて、気だるそうに舌打ちしながら消えていった。


「ナ、ナンナンダ、イッタイ……」

「毎度、ヘイローダッシュっす。サンサーラ様からお届け物っす」

「……神出鬼没すぎん?」


 おなじみ、つなぎの配達員に促されるままサインをし、早速、箱の中身をあらためる。


「三角形の布と……紐?」

「あー、これ、天冠っすね」

「何それ」

「死装束っす。ほら、日本ってところの幽霊とかが頭に巻いてるアレ」

「……」

「ご愁傷さまっす」

「…………」


◆◆◆


「あー、終わった終わったー、と」


 神々の領域――自身の応接間に戻ったサンは、ヘイローダッシュボタンを一押しし、一仕事終えたようにふかふかの椅子に全身を預けて伸びをして、深い深呼吸をした。

 指を二回鳴らし、一度目でかち割り氷入りのバスケットとグラス、二度目で白磁製の酒瓶が現れた。

 グラスに大粒の氷を迎え、強い酒が注がれて氷は尚透き通り、ひびが入る。

 氷を解かすようにグラスを回し、程良いところで口にする。


「んふー。このために生きてるわよねえ」


 椅子のふかふかに沈みながら、サンはご満悦だった。

 というのに。

 ヘイローから讃美歌が流れる。誰かから通信で呼び出しているのだ。

 無視すればその内、相手も諦めるだろうと思ったサンだが、一向に折れる気配がないので、半分へそを曲げながら着信に出た。


「もしもし?」


◆◆◆


「もしもし? じゃないが!?」


 開口一番、俺は怒鳴った。

 訳も分からない内に逆切れされ、置き去りにされた挙句、死装束を餞別に送られる筋合いなどないのだ。声も大きくなる。


「うげ」

「うげ。じゃねえよ! 置いていくなよ! 心細くもなるだろ!」

「あらー可愛いところもあるじゃなーい。……なーんて言うと思ったか、この亡霊レイス

「あん!? 亡霊レイス!?」

「全くもって汚らわしい……神の摂理に反して現世をさ迷う霊魂め」

「待て待て待て! さっきまでとテンションに差がありすぎるだろ! 一体俺の何が変わったってんだよ!?」

「一体どうやって、ここと交信できたのやら」

「召喚師の人数分だけヘイローを取り寄せたのはお前じゃい!」

「あー……回収しなきゃ……」

「じゃあ戻って来るんだな!?」

「あんたには関係ない。じゃ」


 サンが通話を切ろうとする。


「させっかよぉ!!」


 以前、ヘイロー越しに筋肉世界と繋がりかけたことがある。一個のヘイローの通信が世界を半分繋げるくらいの機能があるとすれば、ヘイロー同士の通信はどうなるか。

 俺は咄嗟にヘイローの輪の中に手を滑り込ませ、サンの懐をまさぐった。


「うひゃあああああ!? やだ無理変態キモイ信じられない放せ出てけ虫けら!!」


 再び本気の電撃を受けて黒こげになった。だが、浮かぶ笑みの、歯は白い。一先ずは目論見通り、事は進んでいるのだから。


「何がおかしい!?」

「ヘッヘッヘ、女神様、これは何でしょう?」

「それは……!」


 俺の手の中には、ヘイローダッシュボタンが収まっていた。サンが慌てて自分の懐を探るが、探し物は見つかるはずもなく。


「返しなさい、化け物が!!」

「これ連打したらどうなるんすかね」

「私の給料!! ……あっ、やっべ」

「へえ~~~」

「何よその悪い顔は!? 返せ! 返せ今すぐ! 天罰下すぞ!!」


 サンがボタンを取り戻すべく、ヘイローに身を乗り出した瞬間を、俺は見逃さなかった。

 サンの絹のような金髪を、俺は容赦なく掴む。ギョッとしたサンに構わず、力に任せて髪を引っ張り、サンの頭をこちらのヘイロー側に引きこむ。


「あ痛たたたたた!? やめっ、髪をっ、神の髪をっ!!」

「うおおおおお!! ヘイロー、縮め!!」

「収縮します」

「やめっ、ヤメロー!! ぐえ!? 神の喉仏が!?」


 孫悟空の金輪のように、ヘイローはサンの首を絞める。不思議な力で空中に浮いていたヘイローが急に重力に囚われ、ヘイローとサンの生首は、ゴンと地面に落ち転がった。


「ぬ、抜けっ……引っ掛かっ……戻れヘイロー!」

「戻らねえよ。俺の声にしか応えないように設定し直したからな」

「くっそ……また私の声真似を!?」

「ジョブズからパクっただけあって、本当に使い心地だけはスマホみてぇだな、この輪っか」

「どうしてそんなに使いこなせるのよ!?」

「やり得だよ、やり得。……あ、そうそう」


 ヘイローの向こうで頭を引き抜こうともがいているであろうサンも、首だけしか出ていないこちら側では大人しいものだ。

 だから、これはちょっとした意趣返しである。

 俺はサンの頭に三角形の布、天冠をくくりつけた。


「クーリングオフ。なんつって」


 我ながら会心の皮肉と自賛する。

 カチン、というより、ピシャリ。サンの頭に電流が走り、天冠を燃やした。反射的に俺は一歩引いた。サンはワナワナと震え、顔に雷雲のような黒い影が落ち、色濃くなっていく。


「ちょ、サンさん? 冗談、冗談だって。そんな、なあ?」


 ここまま嵐を起こすのではないか。

 空気が身震いし、暗雲がピークに達しそうになる。


「悪い! やり過ぎた! 謝るから! ごめん、ごめんて!」


 だが、出たのは嵐でなく、溜め息だった。それも、サンの全身がしぼみそうなほど、深い溜め息だ。


「冗談、か……。やられたわ……。ねえ、抵抗しないから、とりあえず首を立たせてくれない?」


 急に平静に戻ったサンに戸惑いつつも、俺は言われた通りにした。サンは思い通りに動かない首の代わりに目を回すように動かして、俺を品定めしているようだった。

 納得いくまでねめ回し、一区切りに目を瞑り、小さな溜め息の後、再びサンは俺に向き直した。

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