第31話 言葉を交わす人たち⑥

◆◆◆


 息が詰まる暗晦に、漆黒を削がぬ灯りが漂う。

 人魂ウィル・オ・ウィスプが照らすのは、魔族諸侯の紋章が金糸で縫われたバナー。

 それらが作る回廊の最奥に、暗晦よりもなお深い闇の帳を下ろし、玉座で得物を磨く者がいた。

 魔族を統べる者――皇帝。人間は畏れと蔑みを込めて、魔王と呼ぶ存在だ。


「陛下、エアモ・ツネスが……焼き払われたとの報が」


 頑強な鎧を纏う者が、その御前に恭しく跪き、淡々と報告する。

 魔王が得物を磨く手を止める。


「占領が望ましい、という結論だったはずだが」


 純粋に疑問を覚えただけ。声色に他意はなかったはずだったが、この場の緊張感が最高潮に達する。


「どうした? 間違いなら、正せば良い」


 鎧は面を上げるのを恐れ、震える身体を御し、俯いたまま詳細を述べた。


「いいえ、陛下。かの都市は、跡形もなく焼き払われました」


 魔王は顎に手を当て、長く息を吐き、思案する。


「ふむ、鼠のラットン・ケーニッヒの士気を少々高揚させ過ぎたか? だとしても、ヤツにあの街を焼き払うだけの実力や用意はおろか、武力の貸与もなかったはずだが……」


 沈黙が長く圧し掛かる。

 鎧は口を開かない。発言を許されておらず、魔王は思案を楽しんでいた。

 やがて、魔王から。


「なるほど。ククク……当ててやろう。四天王か。新参の手柄が羨ましくなったな、愛いヤツらめ」

「い、いいえ、陛下。各四天王、その配下も含め、動いた様子はなく」

「待て、そこまでだ。興が乗った。当ててやろう。……そうか、ならば、あの若隠居がようやく」

「相も変わらず引き籠っておいでです」

「では、噂に聞く焦土の風だと」

「恐れながら、足取りからは外れるかと」

「天災にでも遭ったか」

「報告を聞く限り、人為的な破壊工作かと」

「ククク……面白い。降参だ。一体、誰がエアモ・ツネスを焼いた? 呼んで来い。存分に褒美を取らせよう」

「それが……わかりませぬ」


 気まずい沈黙が流れた。


「わからぬのか」

「さ、左様でございます」

「同胞くらいかどうかは」

「わからぬのです」

「第三勢力という仮定は」

「被害規模からは考えにくく」

「だとすれば、内乱であろう」

「いえ、焼き払われる直前まで、街の様相は平時と変わらぬと聞き及んでおります」

「急にか?」

「急に焼き払われております」

「どうやって?」

「わかりませぬ」

「はあー……」


 再度訪れた永遠とも思える沈黙を破ったのは、またしても魔王だ。


「えっ、怖っ……。何それ……」

「全くです……」


 素になった二人は、即座に公務用の顔に戻る。


「引き続き監視、逐次報告……否、方法を変えねば同じ轍。目と耳を送れ。朕が見定めよう」

「御心のままに」

「では行け」

「はっ。しかし、その前にお尋ねしたいことが」

「許す。申せ」


 尋ねなければ不機嫌になると、鎧は知っていた。謁見に無関係な物品を持ち込んだ時、皇帝は構って欲しがっているのは周知の事実なのだ。


「その、御手にされている竹は、如何なる物でございますか?」

「む、これが気になるか?」


 白々しくも、魔王が嬉しそうに応えた。


「釣り竿よ。例の生け簀が頃合いと聞いてな。いてもたってもいられず、手ずからこしらえてみた。どうだ、その方も一釣り」

「勿体なきお言葉にございます」


 鎧の前に、裸の竹材が投げられる。


「ほれ、貴公の分である。作ってみよ」

「えっ、はっ、ありがたく頂戴しま……あ、いえ、指示伝達がございます故」

「固いことを言うな。楽しいぞ」

「お供させていただく栄誉に与り光栄……なのは山々と申しますか」

「固いことを言うぞ。勅命」

「……お供いたします」


 指示は酷く遅れたという。

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