第30話 言葉を交わす人たち⑤

 俺がセクハラしていたと、女神が告発した格好だ。これまで散々、神の実態を目の当たりにしてきた俺ならともかく、この世界の住人の価値観から言えば、神の言葉はかなり重い。

 当然、場は急速に冷えていくわけで。


「……英雄様?」

「うわあ、勇者殿……」

「何を戸惑っていらしてッッッ!!? より良いコールに肉体の観察は必要不可欠でしてよッッッ!! 皆様ッッッ!!」

「いやちょー、っと待ってくれ!」


 どう釈明しよう。ミーテュのフォローがフォローになっていない。

 まさかこのクソ女神、苦し紛れにフレンドリーファイアをしでかすとかマジか。いかん、ここ全員女の子だわ。冷たい視線が心を抉ってくる。

 しかし、俺は動じない。断じて動じないぞ。動機をありのままに、平然と主張するのだ。


「無視されてると思ったんだよ。俺ってお世辞にも百戦錬磨の戦士って見た目じゃねえから、ハズレ扱いされてるって。だから、酷いと承知の上で仕方なく、ぶん殴られるの覚悟で、この暴挙を見過ごせるのか? って試しただけで……」


 女性陣が引きつった顔で一歩、身を引いた。

 あれ? ぶん殴られるってところ、アブノーマルな方向に解釈されました? むしろ求めてると思われました? 仕方なく、って、逆に言い訳がましく聞こえました?

 いや、違うんすよ。欲望に忠実になれば、むしろ俺はレツィス様を選ぶ……あ、ミアさんに魅力がないとかそういう訳じゃなくて……。


「――とか考えてるわよ、こいつ」


 サンサーラァ!!


「何も今、心を読むことないでしょ!! 今までそんな使い方したことなかったじゃん!! 意地悪!!」


 いかん、俺の好感度が音を立てて崩れる音が聞こえる。というか女性陣の表情で可視化されている。

 四の五の姑息なこと考えてないで、謝れ、俺。


「……大変申し訳ございませんでした。いくら焦っていたからって、やって善いことと悪いことがありました。ミアさんを最初で最後に、誓って二度といたしません」


 深く頭を下げて詫びるが、とても許されたとは思えない沈黙だった。


「サンサーラ様、ひょっとして私めも覗かれて……?」

「それはなかったわ。安心なさい」


 身の毛もよだつ生理的嫌悪を抑えきれないレツィスの声は聞くに堪えなかった。

 しかし、召喚師たちを吹き飛ばした時より許されない雰囲気になっているのはおかしくないか? どうなっているんだ、この世界の善悪の基準は?


「一天両界三位四精五行……!!」


 下げた頭の先で、震えていながらも力強い呟きが聞こえる。

 次第に強まる光は、世界の初めにあった開闢の光だと、本能が知らせている。視覚から色を飛ばし、モノクロに灼ける世界に異変を知った俺は、顔を上げた先に力の奔流を見た。


「六道七曜八卦九世……、十界!!」


 血の気がない、真っ赤な涙目で、ミアが宝杖を力任せに振り下ろす。

 杖の先に展開する原初の閃光は、俺の肩をかすめて、猛スピードで遥か後方、森へ着弾。ミーテュの自爆に引けを取らないキノコ雲を上げて炸裂した。

 ミアの肩は、怒りにわなわな震えていた。


「余所者やけん、どうしぇくだらん馬鹿やて思うとったけど、こげんケダモノやとは思わんかったったい!! なおしゃら一緒にはいられん!! 何がなんでんウチは帰ぇるけんな!!」

「いーえ、こんな危険なアンデッドを目の当たりにして、野放しにしてたまるか! 逃げても神の掌の上よ! 思い知るがいいッ、メガ女神ビーム!」

「しぇからしか!!」


 首の回転エネルギーで俺の頭頂部に上ったサンの目から怪光線が発射される。瓦礫を削り射線の跡を残す高威力のビームがミアに迫る。

 即座にミアは杖を振る。中心に疾風が巻き、生まれた砂塵の障壁を、ビームが散らす。が、砂塵の壁が解けた先にミアの姿はなく、サンがビームを照射しながら辺りを見渡して空を見上げ、ようやく彼方へ遠ざかる点が見つかった。

 ビームが追いかける。しかし、彼方のミアは飛び跳ねるような動きでサンの照準を翻弄し、ついには射程外に逃れて見せたのだった。


「ていうか何てことするんだおのれらは!!」


 慌てて俺は頭上のサンの顔を潰す勢いで掴み、ビームを撃っても被害が出ないように上を向かせた。

 ビームの被害、火の海と化した草原や森が遠くに見える。上る黒煙の量に比例して、俺の胃にストレスがのしかかる気がした。


「全く……何でこうお前は無茶苦茶……」

「避難した民に被害が出たらどうすんですかァーッ!?」


 レピーの強襲。高速回転による急加速と瓦礫を利用したジャンプが絶妙にエグめの角度をつけて、サンと俺の顔面にクリーンヒットする。


「神のこめかみがッ!」

「何で、俺まで……?」

「ああああああぁ!? ゆ、勇者殿ぉ!! すみません、つい!!」

「レピー?」


 レピーの肩? を掴んで振り向かせたのはレツィスである。

 闇夜のドレスから底知れぬ暗闇が溢れ、冷たく固い笑顔には慈悲が失せていた。


「いと尊きサンサーラ様」燃え尽きることはなく、闇が青い炎すら飲みこむ。「を轢くとは、どういうことかしら?」

「レ、レレレ、レツィス様!? お、お言葉ですが、どこに臣民が身を隠しているかも知れない以上、危害が及びかねない手段は謹んでいただかなければ、本末転倒……」


 ドレスより溢れた暗闇から、夜の獣と毒虫たちが現れる。獣はレピーを取り囲み、毒虫はレピーの身体を這いずり回った。


「ひ、ひいいい!」

「これは何と異なことでしょう。どこからこれだけの獣が……。さて、レピー。これは神が与えたもうた試練です。異端者でなければ、無事に乗り越えられますよね。神に赦しを乞いなさい」


 吸血鬼ヴァンパイアの眷属たちは、自分たちの立場がよくわからなくなり混乱している。別に彼らは神の使いではないし、同胞である化石騎士フォッシル・ナイトを害する道理はない。しかし、主人はそれを望んでいる……というか、試されているのではないだろうか。化石騎士フォッシル・ナイトと、眷属たちのことを試しているのだ。

 恐る恐る振り返る眷属たちに、レツィスは変わらぬ笑顔を向ける。


「まあ、怯えて、可愛らしいこと」


 自分たちの感覚と、主人の意向の板挟みに、眷属たちは苦慮を強いられた。


「お許しくださいレツィス様!! お許しを!!」

「これはまた異なことです。神に赦しを乞いなさいと言ったはずですが」

「それでは自分が塵に還ってしまいます!!」

「神に触れることは、人類の至福です。早く」

「ひいいいいい!!」


 レピーに轢かれて、俺の意識までは刈り取られなかったが、その後しばらく、俺は痙攣したまま起き上がれなかった。

 ミーテュと腐肉を巡る攻防を続けるキョンシーと、拘束を振り解こうと暴れる喪服、怒り心頭で眷属をけしかけるレツィスに平謝りのレピーの三重奏に、廃墟の街に響くのを聞きながら。

 これから大変だぞ。と、ぼんやりとした頭で思う中で、薄らいだ理性が、知的な人の方言っていいなあ、と取り乱したミアの姿を思い返したのだった。

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