第29話 言葉を交わす人たち④
◆◆◆
この場で最も幼い外見の少女は相変わらず、長い黒髪と額に張った札を跳ねさせながらピョンピョンしていた。
俺の肉体が召喚された時に襲いかかって来た子だ。ペストマスクの取れた時に見た顔と同じなのですぐにわかった。
着衣は札を縫い合わせた生地をチャイナ風に仕立てており、暗器携帯のための収納性と、動きを阻害しない機能性を感じさせる割には、両袖は長いわ太いわのダボダボで、動くたびに中に仕込んだ金属製の品々がジャラジャラと音を立てていた。
「さて、君の番だよ。お名前、言えるかな?」
キョンシーに限らず、アンデッドが生前の知性を失うのは珍しくないらしい。しかし、これはどちらかというと幼児退行のように見える。極力、子供と接するようにした方が良い気がした。
しかし、待てど暮らせどキョンシーは跳んでばかりで、はしゃぎっ放し。本当に知能が無いのか、演技なのか、そもそも俺が見えているのかすらも判然としない。
そもそもついでに、彼女は俺の召喚を何らかの方法で予期し、土壇場で後の先をとる形で俺を殺しにかかった刺客だ。そんな用意の良い歓迎は敵対勢力……。
いや、俺は自爆して味方を巻き込んだから、それを予見した味方だろうか?
推測が一周回ってしまった。
「この子と知り合いの人は手を挙げて」
当然、いないよなあ。
味方ならある意味とても心強いが、何にせよ、最悪を想定しなければならないだろう。
敵だとして、今はとぼけているだけで、実は正気を保っているとか。となると、目下、気になる点がある。
「レツィスさん、遠隔地の個人と五感を共有する術や道具ってご存知ですか?」
「生憎、魔法に明るくなく……。そういったことは、ミア様の方がお詳しいかと」
「ミア……ああ、瓦礫漁ってる人か……」
「まさか、この子が?」
「注意した方がいいって話で、確信があるわけじゃないです。俺はこの子のことを知っておきたいので、ミアさんに聞いてもらってもいいですか?」
「その可能性は考慮に値しません」
「うお!? 誰!?」
「あら、ミア様ですか?」
気付かぬ内に、
「……こんな格好だったっけ?」
指輪に腕輪、その他装飾品など、瓦礫漁りで入手した装備や書物を身に着けて、というか、もはや埋もれて別人のような外観になっていた。
俺の指摘を意に介さず、ミアは解説を始めた。
「術、道具の所持、移植、魔物の寄生、憑依など、ご指摘されていた効果が期待される手段はありますが、得られた証言や状況を加味すれば、彼女は一度、塵に還っています。前述の処置は全て白紙に戻っていると考えるのが妥当でしょう。そこでもがいている死霊術師が一枚噛んでいなければですが」
ミアは、チラッと暴れる喪服に目を向けた後、キョンシーを見やる。
相変わらずピョンピョンしている姿に、軽く溜め息をついて、話に戻る。
「……まあ、これだけ言及しても特段反応が変化していませんので、無関係か、今の推測がむしろ好都合なのか、あるいは技術はあっても使いこなせない馬鹿なので、警戒はしても、相手にする必要はないかと。それと、ミア・セミオーレ。魔法使いです。以上。では」
そう言い残し、ミアは頭を下げ、ここに来たついでと言わんばかりに自分をアンデッド化させた巻物を拾い上げ、再び瓦礫漁りに着手した。
巻物を盗られた喪服が更に騒がしくなったのは勘弁してもらいたいが。
「さて、後回しになっちゃったな。君の自己紹介」
とは言うものの、キョンシーの様子は相変わらずで、誰の話も耳に入っているようには見えない。
どうしたものだろうかと考えていた矢先、ぐおん、と巨大な何かが視界に飛び込む。
ミーテュが腐肉を巨大な両腕に変え、キョンシーの小さな身体を捕えたのだ。
きょとんとした顔のキョンシーに、ミーテュは面と向かって切りだした。
「お行儀よくなさいッッッ!! 人の話はッ、お相手の方の顔を見て聞くのがエレガントでしてよッッッ!! セバスチャンも大人でしたらッ、清さッ、正しさッ、高潔さを毅然と説くのがッ、上に立つ者の務めではなくてッッッ!!?」
筋肉世界の人間が常識的だと違和感がすさまじい。筋肉で規格外のことをやってのけるのが悪いんだぞ。話が通じない不安を、少しは身をもって学んでくれ。
「ちょっとッ、フロイラインッッッ!!? 聞いていらしてッッッ!!?」
当のフロイライン、もといキョンシーは、語りかけているミーテュには無関心で、自身の自由を奪う腐肉の方に興味が向いていた。スンスンと腐乱臭を一しきり嗅いだかと思うと、大口を開けて腐肉に噛みついた。
「嗚呼ッッッ!!? ワタクシのアマゾネス・マグナがッッッ!!」
腐肉の巨腕で潰す訳にもいかず、巨大な親指で頬を執拗になじって抗議するミーテュだが、キョンシーは意に介さず腐肉をすする。肉量の減少を感覚的に理解しているのか、ミーテュは止めるよう繰り返し告げていた。
そんなキョンシーが口を離しての開口一番。
「はむ、すむーじー!」
「いや、まずそうだな」
初めて発した意味のある言葉が、容易にゲテモノだとわかる味の感想だった。それでも本人にとっては癖になるのか、再び腐肉を口にする。
「まともに相手ができるようになるには、時間がかかりそうだな……。じゃ、ミーテュは、その子のおしゃぶり係ってことで。任せた」
「ちょっとッッッ!!? ワタクシのアマゾネスとアテナはおしゃぶりでなくってよッッッ!!」
「ちの、よーぐると!」
「いや、もっとまずそう。……当の本人がこの通り気に入ってるんだから仕方ないだろう。おしゃぶりじゃねえ、ってんなら、毅然と説いて聞かせてやれよ。上に立つ者の務めなんだろ?」
「キィーッッッ!! ちょっとフロイラインッ、まずはその口を放しなさいッッッ!! 品がありませんわよッッッ!!」
「きびやっく!」
「どこで知ったんだそれ」
筋肉に振り回された意趣返しとしてはささやかだが、落としどころとしては悪くないと思う。悪く思うなよ、ミーテュ。
「名前がわからないと不便だな。キョンシーだし、とりあえずキョンで」
「センス無っ」
何だか反応が今一つだったが、強引に決定させた。長引かせる話でもないし。
◆◆◆
もう自己紹介は終わっていた。終わっていた、のだが。
「じゃ、お先に失礼します」
「いやちょっと待とう!?」
「お疲れ様です」
「嘘だろ、俺たちの冒険はこれからだぞ!?」
ミアは土産をたくさんこしらえて、どこぞに帰ろうとしていた。
「ミアさん、事情はあるのかもしれないけどさ! 今ほら、街、滅んじゃいましたし! 力を合わせるべき状況じゃないかと、ねえ!」
「ミア様、我々は救国の志士として集った同志ではありませんか! それが何故、今になって!?」
「ほらほらレツィス様もこうおっしゃってますよ! そこんとこどうなんすか!」
ミアは深い溜め息をついて、淡々と早口で返した。
「私の大目標は魔法を究めることであって、世の趨勢には興味ありません。ここへ来たのも、報奨金を研究費に充てるためです。ですが、思いがけず十分な物品が手に入りましたし、
なるほど、ミアちゃんそういう性格なのか。薄情者め。
しかし、彼女の言い分ももっともだ。ここにいる全員、人間から見れば魔族側だと思われるのが自然だろう。むしろ、レツィスやレピーのような思考が例外なのだ。
だが、腐っても俺の肩書は英雄で、このまま引き下がるのも示しがつかない。引き留めようと思えば切れるカードもなくはないが……。気が進まない手段だ。
次の言葉を決めあぐねていると、サンが腰に頭をねじ込んできた。
「何もったいぶってんのよ。あれ、使いなさいよ。神が赦すから」
「……脅迫みたいで嫌なんだよなあ。……まあ、仕方ないか。なあ、ミアさん。あなたは俺の魔力で生まれたアンデッドだ。だから、俺が命じたら」
「無力化しました」
「何をどうしたって?」
ミアは左腕を顕示した。
青ざめた肌にはびっしりと文字が刻まれており、血の流れていない死肉ながら、刃物で刻まれたであろう無数の傷が痛々しい。
これにはサンもさすがに焦っていた。
「まさか、隷属の縛りを解いたの!? 私の名前を、直々に使ったのよ!?」
「古く強い魔法陣、それに神の力の複合……。古い故に信頼の厚い術ですが、使い古されています。難儀しましたが、原理を理解すれば対策は不可能ではありません。良い収穫になりました」
「いよーし、ならピョンピョンしろ、ミア!」
「は?」
冷たい反応とゴミを見るような目が、俺に突き刺さる。
何も起こらない。
「召喚者、耳詰まってるんですか?」
「何だ、ハッタリじゃないのか……」
「ミア様は広く世を見渡しても二人といない、当世きっての天才です。先程、巻物を拾われていましたから、そこから対策を練っていても不思議ではありません」
「レツィス様のお墨付きってわけか」
神のお墨付きは!? というサンの抗議は聞き流す。
「はい。天才なので、追おうと考えても無駄ですから」
「あら、いいのかしら? あなたと私の使徒には、まだ因縁があるのよ」
「そんなもの、ありません」
そんなんあったっけ?
クソあります――
くだらねえレスポンスのためにテレパシーを使うな。
「この世界に到着して早々、こいつは魂であることをいいことに、服の下も余さずあなたの身体を隅々まで覗いたのよ!」
「は?」
そう言えば、ムキになってそんなんやっちゃいましたね、俺。
ハハッ、こりゃ参ったね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます