第28話 言葉を交わす人たち③

◆◆◆


 始祖吸血鬼ヴァンパイア・オリジンの場合。


「レツィスとお呼びください。ヅイシの教示の下、サンサーラ様のご加護を授かり、癒しの司祭を務めております」


 頭上から足元まで、白尽くめの祭服だったものが、今は焼け落ち、レツィスの印象は様変わりしていた。

 露わになったプラチナブロンドのウェーブボブと青白い肌が相まって儚げな雰囲気に、夜と血の一族と化して血のように赤くなった瞳が映える。種族由来の黒い影のワンピースドレスやロンググローブには眷属である夜の獣が蠢く。

 獣らはギラギラとした視線、というか、頼むからもう祈らないでくれと懇願しているうような小動物の目で、主人を見ていた。

 可哀想に。文句ならヅイシ教に言ってくれな。今ならトップに直談判できるぞ。


吸血鬼ヴァンパイアに身を堕とし、絶望の淵に立ったことで、神の実在を確信いたしました」言ってる傍から燃え尽き、復活。「今ので神の左右の手の違いを理解しました。もはや恐れるものはありません。我らの行いは神の名の下、赦されることでしょう」燃え尽き、復活。「さあ、一刻も早く魔族と異端者どもを根絶やしに向かいましょう!」


 清廉そうな顔して何てこと言うんだ。

 服の中の眷属、何回も根絶やしにされてるよ。その度に復活するけど。もう言い逃れできねえよ、狂信者だよ。


「ううっ、レツィス様……」


 化石騎士フォッシル・ナイトが嘆いている。嘆きたくもなるよな。聖女から狂信者だもの。


「良かった……! 魔族に堕ちても、変わらず……!」


 生粋の狂信者かい!!

 やだもう!! 怖い!! 何も良くない!! 何も信じられない!!


◆◆◆


 化石騎士フォッシル・ナイトの場合。


「自分はモドグニク王国軍従士、エアモ・ツネス西門の門番、レピー・ケタグであります!」


 さしずめ、騎士の石像をコンクリートで円盤に固めた前衛芸術だろうか。まさに岩に埋まった化石だ。しかし、この場に不釣り合いなくらい純朴そうな顔をしている。


「自分、どうなっておりますか!? さっきから思うように身動きとれないのですが!?」

「円形の岩に埋まってるな。化石騎士フォッシル・ナイトとか言うらしいから、化石になってるんだろ」

「か、化石……!?」


 ショックだろう。五人の中では最も物理的に束縛されているのは、間違いなく彼女だ。


「何だか硬そうですね!」


 すごく明朗なリアクションに、こっちの毒気が抜かれそうだ。


「自分、特に何も特技はありませんが、門番や守衛に就いておりましたので、その経験でお役に立てれば幸いです! それにしても、円で良かった……車輪のように回っていれば移動は何とかなりそうです」

「ちょちょ、ちょっと待って。俺が言うのも何だけど、何でそう前向きなんだ? 爆発に巻き込まれた挙句、そんな姿にされたのに」

「王国軍人たる者、いかなることにも動じず、兵務に臨むべし、であります! 今は何も考えないと決めたであります!」

「それにしたって」

「白状すると強がりなので! そこは! ……そっとして欲しいであります」


 自分を鼓舞して、危ういバランスの上で奮い立たせている、というところだろう。突然、訳も分からず死んで、死者として蘇ったのだ。混乱は当然だろう。

 俺が危惧していたパターンの復活者だ。

 ていうか、正直、酷いのは承知の上で言うなら、期待していた人物像である。


「……レピーさんね。覚えた。よろしく! 握手したいんだけど、どうすればいい?」

「光栄です! ですが、今は手が開きません故、拳を突き合わせるだけでご容赦ください!」


 俺は頷いて、レピーと拳を突き合わせた。


「仲良くしようぜ」

「勿体なきお言葉です。勇者殿」

「悩みを共有できる常識人として期待してるから……頼むよ……」

「あっ……はい……」


 レピーと俺は、また燃え尽きたレツィスを見て、絆とため息を深めたのだった。


◆◆◆


 腐肉令嬢グロブスター・ドレスは胸一杯に息を吸った。

 露出した胸骨の中身は空なのだが。


「ミーテュ・セナワーゲですわッッッ!!」

「声がバカでけえ!!」


 生前の規格外の体格ならいざ知らず、歳相応の骨格まで落ちたというのに、筋肉世界出身らしくパワフル全開だった。パニックで皆が慌てる原因だというのに、少しは落ちこめ。

 赤と灰のツートンカラーのツインカールと口調の相乗効果で見るからにお嬢様なのだが、あまりにアンビバレントな覇気である。

 ゾンビらしい土気色の顔から下、腰、肘にかけての肉は壊死して全て剥がれ落ち、半液状の肉はフープスカートやアームドレスと化している。


「こちらはアテナッ、こちらはアマゾネスですわッッッ!!」


 右と左のアームドレス、元上腕二頭筋を指して、ミーテュはそう言いのけた。紹介に合わせてピクピクさせるんじゃない。

 んなこたどうでもいい。


「どうやって、この世界に来ちゃったの……」

「エイヤとやっている内に何か来れましたわッッッ!!」


 その「エイヤ」とは、仕草からしてどうやら正拳突きのことらしい。

 それで来れるなら世界を救えなきゃおかしいだろ。


「……もうその筋肉だけあれば、魔力なんてどうでもよくない?」

「お褒めに与り恐悦至極ですわッッッ!! ですがッ、汗顔の至りですがッ、ワタクシどもの筋肉では、勝利の誉れに及ばなくてよッッッ!! 一握の魔力でも値千プロテインですわッッッ!!」

「そっちの世界の戦闘力、どういう水準なんだよ……」

「皆様とお会いできて良かったですわッッッ!! ですがワタクシッ、民草を待たせておりますのッッッ!! 皆様ッ、魔力を心待ちにしていることでしょうしッ、ワタクシもおプロテイン会のお時間に遅れてしまいますのッッッ!!」

「つかぬことをお尋ねしますが」

「良くってよッッッ!!」

「死んでたら筋肉も成長できないんじゃないか?」

「……ッッッ!!」


 表情は常に変わらないが、心底ビックリしているのはわかった。黙っていてもうるさい。


「お父様ッ、生まれて初めて門限を破る親不孝をお許し遊ばせッッッ!! 生き返るまで帰る訳にはいかなくてよッッッ!! ついていらっしゃいッ、セバスチャンッッッ!!」

「……あ、セバスチャンって俺?」

「善は急げですわッッッ!!」

「急がば回れですよ、お嬢様。回れ、つまりツイスト」

「……ッ、まさかッッッ!!?」

「そう、ツイストクランチです。本日のラッキートレーニングです」

「素晴らしい助言ですわッッッ!!」


 どこが褒められたものかわからない会話だが、ミーテュは気に入ったらしい。意気揚々と始めたツイストクランチのフォームの見事なこと。

 最大の難所かと思われた筋肉との対話、そのコツを掴むのが意外と早かったのは収穫であった。

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