第27話 言葉を交わす人たち②

 青白い炎は吸血鬼ヴァンパイアを包み、彼女が立っていた場所には、僅かな残り火と灰の山が積もる。それもそよ風に吹かれて散り散りになり、彼女の痕跡は何もかも失われてしまった。

 そんな、また守れなかった。


「そりゃね」サンが補足する。「吸血鬼ヴァンパイアは反信仰の筆頭よ? それが祈りを捧げてみなさいよ。ご覧の通り、神の怒りを買って神罰食らうわよ」

「平然と言ってんじゃねえよ!? 何でこんなことするんだよ!?」

「私じゃないわよ。ヅイスは多神教だから、他の誰かでしょ」

「だとしても何かフォローはねえの!? 仮にもお前の信者だろ!?」

「信者だからこそよ。可哀想だけど、魔に堕ちた以上、自ら命を絶ってくれたのは信仰への帰依。彼女も本望……」


 話の途中で、棺桶の蓋が盛大に吹っ飛んだ。

 俺は驚きで肩が跳ね、サンの髪は逆立ち、化石騎士フォッシル・ナイトは一回転宙返り。三人揃って、恐る恐る棺桶の方を見る。

 両手で顔を覆っているが、吸血鬼ヴァンパイア、消滅した当人と同一人物だった。


「まだ生きてたか!」


 と、叫ぶと共に、蘇った吸血鬼ヴァンパイアへサンがダメ押しの雷を落とす。聖なる雷の直撃を受けた吸血鬼ヴァンパイアはひとたまりもなく、木っ端微塵になる。

 サンの両頬を鷲掴みにし、俺と問答無用で向き合わせる。


「何やってんの!?」

「だって折角、格好いいこと言えたんだもん。水を差されちゃあねえ?」

「頭おかしいんじゃねえの!?」

「誰が頭よ」


 再び、棺桶の蓋が盛大に吹っ飛んだ。

 幸い、吸血鬼ヴァンパイアの再生力は尋常ではないらしい。

 しかし、心はどうだろうか。息は荒く、元々血の気のなかった顔は更に蒼白になっている。うろたえながら震える両手を見つめ、自らの身体を探り、再び両頬を手で覆った。信奉する神に刃を向けられた喪失感や、いかほどだろうか。


「ぶっは! リスポーン地点みたい! マ●クラかしら? ●ザーに棺桶置いてみてよ! バフ付くわよ! アハハハ!!」

「お前いい加減にしろよ、ワ●ップ女神!? 大丈夫か、聖女さん!?」


 震え、怯えているであろう聖女の下へ疾く馳せる。


「私……、私は、……今」

「大丈夫、大丈夫だから」


 俺の手を握ってくれた彼女に、同じことすら返せない。それがとてももどかしい。

 信仰を、祈りを奪われるということが、どういうことかは俺には想像もできないが、今までできていたことが全くできなくなる苦しみは、浅くともわかるつもりだ。


「神の御手が、私めを撫でてくださった!!」


 ……はい?

 ハッと天を仰ぐ彼女の顔は、天啓を得た喜びと興奮に色めき立っていた。


「嗚呼、嗚呼、天にまします我らが主よ!」燃え尽き、復活。「嗚呼、また! 何と、何と畏れ多い! 多く施し、また奪わせず、多く求めず、また拒まず!」燃え尽き、復活。「これを固く誓い、あたわざる者を赦し、為さざるに鎚は下らん!」燃え尽き、復活。「嗚呼、それが貴方様の御手の御形なのですね! 何と熾烈で熱く神々しい……! もっと、もっと抱きしめてくださいぃ!!」

「ストップ、ストーップ!! 多く求めず!! 多く求めず言った!! あなた!! 嘘つく、よくない!!」


 とにかく止めようと、咄嗟に通用するかどうかわからない言葉をかけたが、吸血鬼ヴァンパイアはハッとして両手で口を覆い、卑しさを恥じてくれたようだ。

 何が何だかわからない。

 一体、彼女の中で何のスイッチが入ったのだろうか。祈りの言葉のようなものを唱えては死んで復活を繰り返して、神に触れたと喜ぶとは、狂信か? 狂信者なのだろうか?

 病んだ瞬間から薄々予感はしていたが、この一瞬で聖女の中に眠る狂信者の才能が開花してしまったのか? まさか、あんな温かな手と優しい言葉をかけてくれた彼女が……

 ああー、ダメだ! この人、目が泳いでいる! ソワソワし始めちゃったよ! 祈りたくて口がむずむずしてらあ! 狂信者だ! 嘘だと言ってくれ! 覚えたての遊びにドはまりして顔がツヤッツヤじゃねーか!


「そ、そうだ! 自己紹介、自己紹介まだだったよな!? な!?」


 近くにいた化石騎士フォッシル・ナイトに雑に振ったが、きちんと察して首を縦に振ってくれた。


「だよなあー! アハハ! 遅くなってごめんな! じゃ、僭越ながら! 知っての通り、俺は女神サンサーラの使徒、預言者、英雄、勇者、幽霊、亡霊レイス、まあ、どうとでも呼んでくれ! この世界のこと全くわかんねえから色々教えてくださいヨロシャース! あ、この生首は女神サンサーラ」

「人間どもー、信仰してるー? 余であるぞー」

「サ、サンサーラ様!? 本当にサンサーラ様なのですか!?」

「……レツィぴ」

「ほ、本物……! 嗚呼、何と、おいたわしい姿に……!」

「あなたが思うより健康です」

「うっせぇわ」


 やっぱりあの神託、原文で受信してるんじゃねえか! あだ名で真偽判定してんじゃねえよ!

 じゃあ送り返されたのも原文じゃねえか!! 可愛いなこの狂信者!!

 阿吽の呼吸・参ノ型・渾名――

 うっせぇわ! 二番煎じの言い換えばっかりよお!


「はいはーい、神は最初から生首なので心配要りません!!」

「左様でございますか!?」

「違う」

「左様です!!」

「今、違うとおっしゃっていませんでした……?」

「おっしゃっていません次!!」


 化石騎士フォッシル・ナイトが「それが自己紹介か!?」って信じられない顔でこっちを見ているけど、仕方ないだろ。一杯いっぱいなんだから。

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