第34話 刃を交わす人たち③
レピーがアンデッド組に向かって言い放つ。
「ロマ女史の同行を許すべきであります」
反応は三者三様。
キョンは相変わらず肉と血にしか興味を示さず。
ミーテュは利害の一致、そして肉体の管理の点から賛成。
レツィスは、異様なまでに平静に問うた。
「レピー……、モドグニク王国軍従士レピー・ケタグ。王国のため、その身を剣にして盾として捧げた勇敢で聡明なレピー。貴女の考えをお聞かせなさい」
国益に反するような意見なら容赦しないという宣誓にも聞こえる。この司祭、脅迫が妙に板についていやしないか。
レピーは怖気を呑みこんで答える。
「メ、メリットは先述通り。それと、先程はロマ女史を信用できないと申し上げたでありますが、唯一、信用に足る点があるであります」
「それは?」
「あまりにも病的な、死への忌避感情であります」
そう、それこそが、ロマの最も厄介で、かつ絶対に揺るがない、唯一信頼の置ける点だ。
そこにレピーが気付いてくれるかどうかが、この茶番の肝だったが、彼女はそれを敏感に察知し、汲んでくれた。
「悪かったな、ロマ。この流れのためだった」
「ご、殺じでやる……。オマエだげば、死んでも絶対殺ず……」
「すまん、実質もう死んでるんだよなぁ。参ったね、アッハッハ」
「がるるるるる……」
サンがゲラ笑いしているのは置いておいて。
レピーはレツィスに、ロマが如何なる人物か、端的に伝えた。
「ロマ女史は、逆立ちが死なないための唯一の手段だと信じれば、率先して逆立ちをするでありましょう」
「えッ!? 逆立ちすればいいの!? するする!! 縄を解いて!! 解けッ!! 殺す気!? この人殺し!!」
「……えー、また、縛られたまま大人しく黙って待てば殺されない、と信じればそうするであります」
「スンッ……」
「こっ、こいつっ……」
「おッ、お情緒のカットが切れっ切れですわ……ッッッ!!」
あまりに調子の良い態度のロマにペースを崩されながらも、二人の問答は続く。
「……この異端者の往生際の悪さは理解しました。ですが、目先の餌に釣られるようでは、到底傍に置くなど……」
「でありますれば、首輪を着けるがよろしいかと」
「首輪……ですか?」
「筋肉は付けませんのッッッ!!?」
「いいからキョン殿の面倒でも見ててくれないでありますか!?」
「ねずみ!」
「はいはいッ、可愛らしいネズミですわねッッッ!! あッ、また抜け出してッ、少しはおしとやかさをお覚えなさいッ、フロイラインッッッ!!」
折れた話の腰を咳払いで正す。
「レツィス様の眷属には、毒虫も含まれておいでかと」
「眷属……?」
「じ、自覚っ!? ……御自覚されていなかったのでありますか」
「貴女が何を言っているのか、わからないのですが……」
「ええ……?」
しばし考えを巡らせるレピー。
話を途切れるのは絶対に避けなければならない。関心が冷めた後に再び耳を傾けさせるのは骨が折れる。俺も一緒に考えて、何とか助け舟を捻りだした。
「……例えばだけど、レツィスさん、ロマが、俺たちやモドグニク王国に牙を剥いたとしてさ。その時、不思議なことに、ロマのはらわたを食い破ってムカデやサソリが這い出て、全身を噛まれて毒に侵されて死んでしまった……なんてことが起こったら、これは、神罰に当たるのか?」
「う、うわあ、勇者殿……」
「英雄様……? 何でそんなに具体的でえげつない例えを……?」
「いいからもうコレ神罰ですかどうなんです!?」
「そ、それは……当然、神罰になるでしょう」
「じゃあ、裏切りの報いに、神罰を下す毒虫たちを想像してみてください」
「何故そのようなことを……」
しかし、そう言いつつも、ついついレツィスはロマの方を見てしまう。
見てしまえば嫌悪が止まらない。死霊術で民をたぶらかす、闇に魅入られた外道が人間の姿をしている。何とおぞましいことか。それが悪事を働こうものなら、レピーが述べた通りの神罰が下ろう。
下らなければならない。
信仰の下であれば、どのように後ろ暗く陰惨な想像も神罰となり、勧善懲悪の爽快さばかりが際立つものだ。
それは、敬虔な司祭の笑顔がうっとりと闇深くなるほどに、ヴァンパイアの身体からムカデやサソリやクモが自ずと這い出るほどに。
毒虫はロマの下へ這い寄り、彼女の身体を這い上がり、口を目指して行く。
「いひいぃ!?」
「おお、思ったより上手くいったな!」
「では眷属の諸君、条件は勇者殿の例え話の通りであります。くれぐれも、先走った行動は慎まれますよう。進軍!」
号令をかけるレピーに向けて、毒虫たちは触覚や前脚などで敬礼のような仕草を返す。満更でもないのか、一軍の統率感を噛みしめるレピー。本当に仲良しか。
「もう結構であります、レツィス様」
「……はっ、あらいやだ。私は一体何を考えて……」
「お気になさらず。……さて、ロマ女史、噛まずに呑めば死なないでありますよ」
「限度があるわ!! 鬼!! 石頭!! 岩盤!! 絶壁!!」
「カッチカチーン……。じゃあ今死ねであります。残念であります」
「ッ!! の、呑みまぁす!! 呑ませていただきまぁす!!」
闇夜のドレスより生まれた眷属たちが、続々とロマの喉を下る。噛めず、抵抗もできず、姿のままの異物を呑みこみ続け、最後の一匹を呑んだ後、ロマは盛大に嗚咽を吐いた。
ミーテュの腕の中で美味しそうにネズミを食べるキョンとは大違いだ。
「ご覧あれであります、レツィス様。外道に立派な首輪が巻かれたでありますよ」
「これで言うこと聞かなければ、遠慮なくはらわたを裂けるな」
「素晴らしい……。嗚呼、奇跡をお遣いくださったのですね、神よ」燃え尽き、復活。
「貴方がたも結構なお外道ではなくてッッッ!!?」
「ああ、ミーテュ。ついでにアマゾネスだかアテナだかの肉片もちょびっとアレの腹に潜り込ませて欲しいんだけど……」
「お大便お外道でしたわッッッ!!?」
「シィッ」
俺は指でクイクイ招き、レピーは円盤に固まった身体を駆使し、離れた場所で話そうと身振りで伝え、レツィスから離れた場所へ三人で向かう。
「頼む、ミーテュさんにしか頼めないんだよ」
「そうおっしゃいましてもッッッ!! もう十分ではなくてッッッ!!? ご覧なさいませッッッ!! 今にも口からお零しなされるお顔色とバスキュラリティでしてよッッッ!!」
「レツィス様はあの通り信仰熱心でありますれば、何かの拍子でうっかりコロっとヤってしまうかもしれないであります。抑止力というか、どうか、保険と思ってお願いするであります、ミーテュ女史……!」
レツィスの眷属に対する抑止力。これ無しで首輪は完成しない。
ミーテュは俺とレピーとレツィスの顔を順繰りに見比べる。
真剣な表情の俺とレピーと、虫を呑んだ気分を執拗に尋ねるレツィス。申し訳なさそうな俺とレピーと、腹の具合を執拗に尋ねるレツィス。辛抱たまらん俺とレピーと、いつ虫が出るのか執拗に尋ねるレツィス。
「仕方ないという許容の心ッ、ですわッッッ!!」
鉄面笑顔も半ばやけっぱちになったミーテュは、ずかずかロマのところへ一直線に馳せ参じ、アテナを饅頭大にちぎり、ロマの口に詰める。
「冷めない内にッ、ありがたくお召し上がりなさいッッッ!!」
「モモガッ!? モゴホッ、ゴポッ、ゲェッ!? オゥエッ!!」
啜るような腐肉である。それも人肉。想像を絶する激臭とエグみがロマの口腔一杯に充満し、理性が消し飛ぶ、味のテロリズムだった。身体が唾液と鼻水と涙を総動員し、臭い防ぎ、追い出そうとしている。内臓を裏返して洗浄したい無茶な欲求のみが本能を支配し、ここ一番の暴れ馬となる。
肉饅頭が羨ましくなったのか、しつこくおねだりするキョンを、ミーテュは毅然とたしなめる。
「好き嫌いをしてはッ、おデッカくなれませんことよッッッ!!」
無情にも口はミーテュの剛腕に塞がれ、否応なく腐肉を呑まされる。身体の内側を腐臭でマーキングしながら下る粘性の肉の、むせ返る臭いが鼻腔まで上り、脳髄を貫く。
限界に達したロマは、本日二度目の気絶を披露するのだった。
レツィスはニコニコ感心し、キョンは変わらず同じものをおねだりしていた。
「レツィぴ~」
足元に転がりぶつかって来たサンの頭を、自らの両手が焼けるのも厭わず、すくうように拾い上げ、レツィスは恭しく頭を下げる。
「私の愛おしい信徒、ロマの切り傷を治すから手伝いなさい。首を支えるだけでいいわ」
「……恐れながら、その御意思を酌み難く」
「これを裁くのは、キョンシー風情であってはならないわ」
ちらりと、レツィスはキョンシーを一目入れる。
ミーテュの無尽蔵の肉を吸いながら、その瞳は、ロマの喉元を捉えて放さない。僅かに流れる、この場で唯一の生きた人間の血。キョンシーが求めてやまない、芳醇で、瑞々しい、甘露……。
「それに、今の貴女には目の毒でしょう」
それは、
気付けば口の端から伝い滴る唾液と、下卑た欲望の笑みから露わになった牙を恥じるように口に閉じ込める。下げたのは溜飲だけでなく、本能もまた。
キョンの意図を代弁し、思い描いたつもりだった芳醇さも、瑞々しさも、甘露も、全てレツィスのものだった。
「……思し召しに感謝を」
未熟を恥じるように唾液を拭うレツィスであった。
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