第35話 刃を交わす人たち④

◆◆◆


 一区切りついて、俺はどっかり腰を下ろした。と言っても、物には触れられず、ずっと浮遊感がつきまとうので、気休めなのだが。

 その隣に、疲れた様子で項垂れながら、レピーが転がり来る。岩盤の身体を休めるように、壁の跡に立てかける。

 顔を合わせるでもなく、視線の先に五人の仲間を共にしながら。


「……勇者殿」

「どうした、レピー」

「こういう過激な手段を取るくらいなら、前もってご相談してほしいであります……。悩みを相談し合える仲を自分にお望みであれば尚のこと。胃が潰れるかと思ったでありますよ……」

「それは……」


 ロマに本心を曝け出させるために、致し方なく。ロマに話を通していても、レピーと示し合わせても、レツィスの首輪は上手く着けられなかったと思う。

 そう思っていた。

 だが、レピーは、自分を頼れと言う。仲間を頼れと。

 この結果を得るには、全員が本心から納得しなければならないと考えていた。そのためには、俺が話の流れを作り、できるだけ皆には自然体にいてもらう必要があるとも。

 だが、それは、彼女たちの理性や感情を、侮っていたのではないだろうか。

 相談していても、きっと彼女たちは上手くやってくれていたかもしれない。そんなに難しい演技ではない。もしどこかでつまづいても、フォローし合うことだって、できたかもしれない。

 俺が避けていたのは、リスクや選択だけではなかったのかもしれない。

 例えば、肝心な時に人を信じることとか。


「そっか、こういう時は相談していいんだよな、普通……」

「……? それはどういう……?」

「ああ、いや、こっちの話。本当にごめん。頭が下がるよ」

「次やったら轢くであります」

「勘弁してくれ。……悪かったって認めるから、俺の言い訳も聞くだけ聞いてくれ」


 鷹揚に続きを促すレピー。


「ぶっちゃけ、ロマから皆を納得させるような本音を引き出す方法、他にあったか?」

「む」

「初対面も初対面だけど、嫌ってくらい思い知ったよ。かなり頑固だろう、あいつ。ヌルいままだと延々と上辺を取り繕いそうだぞ」

「それは、む……ぅん」


 聞こえない程度に「難しいでありますな」と呟くレピー。


「……とにかく、これっきりであります」

「ああ、頼りにしてるよ」

「男なら、頼ってくれと言うべきでありましょう」

「言うねえ。まあ、頼ったり頼られたりしていこうじゃん」


 街も、物も、人も、全部失って、ゼロからのスタート。

 俺たちは死んでいるから、マイナスから始まったとも考えられる。


「ねずみー!」

「ああッ、この子ったらまたッッッ!!」


 それでも、爆発の後にはネズミが戻り、キョンがそれを追い駆けて、ミーテュが世話焼きに振り回されている。敬虔な司祭とその神は、異端なる者に癒しの加護を注いでいる。

 病的で、もはや死なず嫌いというべき死霊術師一人を縁に、生い立ちも立場も何もかもが違う俺たちが、曲がりなりにも仲間として、この奇妙な輪の中にいる。

 罪も奇縁もひっくるめて、ここが俺の、俺たち七人の出発点なのだと、小さな賑やかさが告げていた。


◆◆◆


 太陽は陰り、灰混じりの黒い雨が廃墟へ降り始める。


「つか、ネズミ多くね?」


 偶然が重なって難を逃れたとか、死体の臭いに釣られて来たとかの次元ではない。

 一が通れば二が現れ、四が鳴けば八が尾を立て、広く一六が縄を張り、身に余る餌食を三二が求め、絡む尻尾が六四本、腐肉の飯櫃や一二八の腹に足りず。

 己の欲で糧を貪り、悪疫ばかりを残す。それがネズミの大群の本懐だ。

 無数のネズミが集い、黒い波や渦となり、俺たち七人を取り囲んでいる。

 キョンのように目を輝かせてはいられない。

 何故ならこれは――。


「どういうことだ!?」


 老若男女が一斉に投げたような怒声が、ネズミの波より轟く。


「占領をと仰せつかったのだぞ!? 何だ、何なのだ、この有様は!!」


 どす黒いネズミの水底より、同胞を滴らせながら、怪球が浮上する。

 それは、無数のネズミの亡骸を放射状に丸め固めた異形。群でいて個、死して益々悪意に染まり、生者を厭うアンデッド、不死者の一角。


「げぇっ!? 何あの鼠の王ラットン・ケーニッヒ!? でっか!! えっぐ!!」


 騒ぎで意識を取り戻したロマが、ネズミの異形を指して狼狽する。


「知っているのかロマ!?」

「糞とかで尻尾同士がくっついた挙句に身動き取れないまま衰弱死したドジなネズミの群を素材に生まれるアンデッドよ!」

「そんな鈍臭い生い立ちあるゥ!?」

「ドジ……? ど、鈍臭いだと……?」


 耳聡く、鼠の王ラットン・ケーニッヒは会話を拾う。


「いけませんよ、英雄様。くだらない害獣とはいえ、仮にも王を自称する者に向かって愚鈍で臭いなどとおっしゃっては」

「お、おい……増えておるが?」

「そうでありますよ、勇者殿。愚鈍で臭くて汚いくだらない害獣だなんて口にしては、ご自身の品が落ちるであります」

「増えておるな!?」

「お二人ともッ、愚鈍で臭くて汚いくだらない害獣のゴミだなんてッ、思っても口にしてはいけませんわよッッッ!! 慌てん坊さんッ、とお呼びすべきですわッッッ!!」

「ゴミと言ったな!?」

「ブフッ!! ていうか、そんな運ゲーであんなデッカい塊になるゥ!? アッハハハハハ!! どんだけ愚鈍で臭くて汚いくだらない害獣のゴミカスなのよ!? プークスクックック!!」

「おいぃ!? 口を慎まんか、たわけ者どもッ!! 加減ってもんを知らんのか!?」

「す、すみません、ネズ王様。うちの女衆が……酷く愚鈍で臭くて」

「いやもう良いわ!! それよりネズ王とは何だネズ王とは!?」

「おーい、配下っぽいネズミのみなさーん。あまりネズ王に近付くんじゃないわよー。鈍臭さが移ってボールの一部にされるわよーッハッハッハアハ!!」


 サンの戯言をチュウチュウと反芻し、嫌な顔をしたネズミの波のうねりが、ネズ王を避けるように徐々に開いていく。


「離れんでよいわ馬鹿者ども!!」

「所詮は神に見放された魔物……。人望の薄い王ですね」

「執拗に心を折ってくるなァ!! 何なのだ貴様らは!?」

「にく、たくさん!!」

「だから誰が肉……む?」


 ネズ王の無数の目が、キョンに釘付けになった。王の瞳に映るキョンシーの姿は幼く、相応に愚かな振る舞いで、眩むほどにはつらつとしているが、相貌と衣類には見覚えがあった。


「キキキ……ヒヒ、ヒヒヒ! 大言壮語を吐いておったが、しくじりおったのだな小娘!! これは愉快!! ヒヒヒヒヒ!」

「おい、このキョンシーのこと、知ってんのか?」

「キキキ、言わぬ。我らが君より賜った手駒を害した貴様らは、我らの仇敵よ!」

「いや、語るに落ちているが……手駒って……」


 気まずい沈黙。灰混じりの雨風の打つ音が強まっている。


「……ハッ!?」

「さては王様、あんたガチでアホだな?」

「殿様ならバカ殿になれたわね」

「黙れサン」

「グッ……ギギギ……! 生かしておけぬ!!」


 小動物なりのプライドを傷付けられた怒りが燃える。鼠の王ラットン・ケーニッヒは配下の同胞を操り、獣の波が一つの生き物のように、怒涛の勢いで七人へ襲い掛かる。

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