第36話 刃を交わす人たち⑤
視界一面のネズミの群。頭上を覆い、雨天を更に暗く閉じる大群だ。
「骸も残さず!! 食い潰してくれる!!」
「お戯れはそこまでになさいッッッ!! ……サイドッッッ!! って、それどこじゃありませんッ、わッッッ!!」
すかさず、ミーテュは腐肉を一手に集中し、巨人の右腕とする。巨腕はネズミの群を一手に薙ぎ払い、地に叩き、その重みと筋力でもって手中にあるだけのものを圧殺せしめる。
しかし、相手は無数の小動物の集合体だ。網でさらっても、逃した数は多く、そうなればミーテュの肉は格好の餌食だ。
だが、腕は同時に道を作っていた。軽やかに躍り出たキョンは、歓喜に突き動かされるまま、撒き餌に釣られたネズミたち目がけて、一直線に腐肉の道を駆け抜ける。
一匹目は身軽に、頭と道がすれすれの宙返りをしながら噛み切って見せ、姿勢を戻す一瞬で身体を捻りつつ、両手の鉄爪を八方へ繰り出し、数多のネズミたちを串刺してゆく。爪に肉が満ちれば食い、空けば刺しを繰り返し、狂乱の饗宴に身を投じていく。
「優雅にッ、しかして大胆にッ、舞いなさいなッ、フロイラインッッッ!!」
ミーテュの腐肉塊が大蛇の身じろぎのように波打った。波へ乗り損ねたネズミは宙に放り出され、乗りこなしたキョンシーは空高く、蝶のようにふわりと舞い上がる。
それでも根気強く前歯を刺して放さないネズミもいたが、変幻自在かつ膨大な筋量の腐肉に呑まれ、囲んだ肉の圧力に潰れていく。腐肉の巨腕は主人のミーテュの下へ戻り、左の巨腕と化して解き放たれる。
そして、キョンが夜鷹のごとく天空から獲物を狩る。
前衛二人の共闘は、完璧に息の合ったものだった。
「自分も出るであります!」
レピーが二人に続く。円盤の身体を回転させて重量ある車輪と化し、二人が取り逃したネズミの軍勢へ突貫する。
「くっ、思い通りにいかないであります!」
所詮は直線的な体当たり、それも、細身の車輪では取り逃しが多く、一度の突貫で轢殺できる数は限られる。
だが、それでも、塊は体裁を保てないほど散ってくれた。
「よくやったぞ、三人とも!」
殺しきれなかったネズミの波は、俺が受け持つ。
ポルターガイストで可能な限り瓦礫を持ち上げ、振り回す。ロマ、レツィス、サンを囲む竜巻のように、質量と硬度を持つ渦を作った。
まともに衝突しては突破されるのは語るに及ばないが、波状攻撃で減らされた残党を相手にするには十分だ。自ら死地へ飛び込んだネズミは瓦礫と衝突し、死体の山を積み上げてゆく。
しかし、覚えたての手段で、思いつきの応用、ぶっつけ本番の耐久戦だ。精度はもとより、どれだけ続けられるかも怪しい。思ったよりも取りこぼしが多い。
そしてレツィスは――。
「恐るべきものはなし! 我ら、主の御手が光に包まるるが故!」
燃え尽き、復活していた。
怪我の功名で、燃え尽きる際の青白い炎はネズミにも有効で、防衛の仕上げとしては機能しているのだが。
「悪手よ、レツィス! 今のあんたに信仰の奇跡はまともに使えない! ましてや結界なんて持続しないわ! 自分が浄化される瞬間に巻き込むのが精々よ!」
「くっ……未熟をお許しください、サンサーラ様」
「やばいやばいやばい多い多い多いスケルトーン!! スケルっトーン!! ヘルプミー、スケルトーン!!」
大して役に立たない司祭の隣で、頭を低くし、いそいそとスケルトンを呼ぶロマがいた。
瓦礫の下からひょっこりと、スケルトンの頭が生える。が、レツィスがニコリとそれを即座に乱暴に踏み砕く。
「あああああッー!? 何しくさる……! ん、ですかぁ……? せ、折角作った……」
「死者を冒涜する真似は許しません」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ……ナイヨウナ?」
「摂理は時と場合を選ばないものです」
「だけどだけど……」
「……」
「何でもないッス……」
俺もロマに同意する。
一匹一匹は弱いネズミの魔物だが、あまりに数が多い。単調な動きしかできないようだが、ラットン・ケーニッヒの指示もあって隙がない。それが、前衛の総掛かりで対処しても押されている始末なのだ。
ミーテュの腐肉は少しずつではあるが噛み千切られ、キョンもネズミを食べる度に動きが緩慢になりつつある。レピーに至っては、突撃の後はネズミの死骸に車輪を取られ、ミーテュに回収されるまで立ち往生なのだ。
そして、攻勢と守勢の均衡は突如として崩れる。
肉弾担当のミーテュとキョンの手が遅れ、隙を突いたネズミに一か所、二か所と身体を組み敷かれ、次第に自由を奪われた末に大群に呑まれる。レピーも身動き一つできない。
俺のポルターガイストでは、とてもじゃないが防ぎきれない――!
◆◆◆
レピー・ケタグは、無数のネズミに踏み越えられながら、己の無力を悔いていた。
岩でできた身体は、ネズミの前歯程度では傷一つつかない。肉の身体のミーテュやキョンとは違い、消耗も疲弊も感じない。
だというのに。
(自分は、王国軍従士ともあろう者が、肝心な時に何もできないなんて……!)
円盤状の身体を回転させても、ネズミの骸、溢れた血と脂にはまり、空回りをするばかりだった。
前衛が崩れた。ミーテュやキョンシーの安否はどうなっているか? 実体を持たない勇者やサンサーラは無事だろうが、レツィスはどうなる? レピーが最も守るべきは、レツィスなのだ。
成すべきことがある。
成す術がない。
選択が塞がれた時、自ずと心に祈りが芽生えた。
アンデッドの身を滅ぼしかねない祈りを、奇跡を望む声を、神に届けるために。
自分はどうなっても構いません! 皆を窮地から救えるだけの力を!
聞き届けましょう――
「!?」
心に直接語りかける何者かを感じた。
明らかにサンサーラではない、別の存在だ。
あ、あれ――? これ、アンデッドからの祈り――? 受けちゃっていいのかな――? 受けちゃっていいのですかね――?
貴方は、神でありますか!? お願いであります! この身がどうなっても構わないでありますれば! 護るべきお方のために!
くぅー、熱いですねえ―― そういうの、おじさん、世代のツボにグッとくるんですよね――
力を貸すでありますか!? 貸さないでありますか!?
よろしい――! でしたら私の名を呼びなさい――! 私は戦車、あるいは轢殺、車輪による蹂躙の神――!
その名は!
◆◆◆
「メルカバー!!」
ネズミの波の奥底より、波動が拡散する。
波動は群に穴を穿ち、衝撃で個々を切り刻む。波動は神々しいオーラとなり、群の中心に埋もれていたレピーが姿を現す。
そして、レピーの求めに応えたオーラが具現し、一つの姿を成した。
雄々しく逞しい男の身体を隠すのは、白の下穿きとネクタイのみ。厚い眼鏡の奥にはつらつとした笑顔を湛え、長い襟足に対して頭頂部は、バーコードハゲ。
「アーッハッハッハッハッハ!!」
「交通事故死の神のおっさんじゃねえか!?」
いや、本当に交通事故死の神なのか!?
今にも折れそうな、ガリガリの身体の中年男性だったのに、見るからにビルドアップしている。しばらく見ない間に筋肉世界に行っただろ。
「平和の世では忌み嫌われ、挙句交通安全と宣って私を祓い、勝利をもたらし続けた私への感謝を忘れ……ようやく、ようやく活躍の場と時を得たりィ!!」
は、覇気が別人だ……!
「さあ、征きなさい! 我が徒、レピー・ケタグ! 汝の蹂躙に、戦車の神の祝福を!! 汝の轢殺、阻む者なし!! 単騎……突撃ィッ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
それは、決してネズミの軍勢風情に見合う力ではなかった。
初速からして疾風迅雷。頂点速度は電光石火。重量はこれまでの何倍にも達し、肉を踏み、骨を砕いて、血と脂に塗れても、その征伐を止めることはおろか、速度の相殺すら叶わない。
ネズミの王の配下は、成す術もなく蹂躙されていく。
「な、何なのだこれは!? どうなっておるのだ!?」
「アーッハッハッハッハ!! 征けい、レピー!! もっと速く、もっともっと速くだ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおお目がメガ回るううううううう!!」
「もっとだ! もっともっともっ――」
瞬間、二人は速さの先を見た。
限界を超越した車輪の電撃回転は、その軌跡に炎を残し、音を置き去りにした。遥か彼方、地平線の向こうへ突き進む光は、盛大に土煙を上げながら速度の向こう側を目指すのだった。
「いやどこ行くねーん!!?」
人も神もネズミも関係なく、異口同音に叫んだという。
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