第37話 刃を交わす人たち⑥
「……まあ良い。さあ、死ねい! 我が君に楯突く愚者どもよ!」
「あーもう結局ピンチのまんまじゃねーか!」
「や、やっぱりスケルトンを……」
「よく聞きなさい異端者。我々の庇護を求めるなら、条件があります。人の尊厳を踏みにじれば、お腹に天罰、下りますよ」
「イィッ……ン!?」
雷鳴が笑顔の圧を強調する。狂信者スマイルに屈しようとするロマの心。
しかし、二回目の雷鳴は、閃きをもたらした。
「じゃあコレでよくなーい?」
軽快に、そして軽率にロマは指を鳴らした。
条件反射的に、レツィスは片手でロマの両頬を鷲掴みにして持ち上げ、へちゃむくれの顔にした。
「聞いていましたか異端者……?」
「ま、
「言葉すら失くしましたか?」
「
「うん……?」
ロマが指す先の戦況は一変していた。
レツィスらを包囲していたネズミはおろか、ミーテュとキョンを拘束していたネズミまでもが身を引いている。それどころか、ネズミ同士が諍いを始めており……。
「なっ!? どうした貴様ら!? 何を揉めておる!?」
「これは、仲間割れ……?」
ロマを掴む力も抜けて、レツィスは呆然と事態を眺めた。
よく見ると、仲間を襲っているネズミは、どれも一目見て致命傷を負っている。
「痛てて、……見たか! ネクロマンタスティックな美貌の天才死霊術師の機転!
「術を止めろと言ったのです、この外道が!!」
「うわぁん、言ってない! 言ってないもん!」
腰をモロに打ったロマの解説もそこそこに、レツィスの連続平手打ちが炸裂した。
「でもレツィぴ」サンが諭す。「魔族の手先が、かつての仲間に殺戮の限りを尽くされるのって、アリかナシで言えば?」
「……神罰覿面!」燃え尽き、復活。「因果応報! 大変アリでございます!」
「そんなん解釈の問題じゃん……」
「お黙りなさい異端者。神託は絶対です」燃え尽き、復活。
「誰か私を褒めて……」
「最高だぞロマ!!」
俺は心から賛辞した。
事実、生きたネズミたちと比べても、能力は同等で、かつ自らの耐久力を無視して進撃を止めない
これが人間に使われたらと考えると、そら恐ろしい。レツィスが異端とこだわる理由も頷ける。これではまるで条約で禁じられた殺戮兵器も真っ青だ。
「馬鹿な……!」
こうなると、戦いの趨勢は決まったも同然だった。
残すは王のみ。
かつての配下に包囲され、まさしく逃げも隠れもできない状況だ。
「何なのだ貴様らは……? アンデッドと死霊術師が、混沌を歩む者らが、我らが君に歯向かうのか!?」
「さて、てめえで最後だ。覚悟しな」
「啖呵を返すぞ、逆賊どもめ!! 我らが配下の愚弄、重罪と知れいッ!!」
絶叫を皮切りに、王を構成する全てのネズミのミイラの腹が割れ、乾いた臓物の触手が、かつての配下たちを貫いた。
貫かれた配下の腹も裂け、更に他の配下を、更に次の配下を……、鼠算式に連結してゆく。矮小な獣の屍はタガが外れたように膨張し続け、王の怒りを体現する圧倒的な巨体へと変貌する。
巨人の片腕にも見えたミーテュの腐肉の方が、ネズミ大に見えるほどだ。
「牢記せよ、我らはリーナクアゲ!! 地獄で我に許しを乞え!!」
「前言撤回!! ロマ最低!!」
「この時を待っていたアアアアアァァァッ!!」
リーナクアゲの憤怒すら掻き消すような大声でロマが叫んだ。ぎらつく眼光と猛牛を思わせる鼻息に気圧され、この場にいる全員がたじろぐ。
狂喜するロマは、雄叫びの本能のまま振りかざした両の拳を地面に叩きつけ、目にも留まらぬ早業で平身低頭、額で地面を磨く。
いわゆるそれは、土下座だった。
「親愛なるリーナクアゲ様!! まずこの
「おいいいいい!! テメェマジで最低だよロマ公オオオオオォォォォォうッ!!」
「神罰下したぞ女アアアアアァァァァァ!!」
「この愚劣な異端者風情がアアアアアァァァァァ!!」
これにはさすがに、ここまで笑みを崩さなかったレツィスでさえブチ切れた。
「ヒイイィィィ!? 助けてリーナクアゲ様!! て痛ッ!? お腹痛ッ!? ひっ、殺っ、殺されっ!! とっとと助けろオオオオォォォォ!! ボンクラおばけボンボリイイイィィィ!!」
「……貴様ら、本当は一体如何なる集いなのだ?」
「ああ、すみませんねネズ王さん!! こいつチャチャっと絞めるんで、待っててくださいね!!」
「否!!」
リーナクアゲを構成する無数の獣の笑みは口の端まで裂け、勝利を盤石にせんと口々に呪詛を紡ぐ。呪詛は魔力の奔流を導き、空間を蝕む深淵を顕現させる。
六人を滅ぼして余りある、強大な闇。
「乗じよう!!」
最期の一瞬が長く感じる。
狂乱で泣き叫ぶロマ、身を挺してサンを守ろうとするレツィス、諦めず強敵に拳を構えるミーテュ、何も考えていなさそうな満腹のキョン。
成す術がない俺。
勝利を確信するリーナクアゲ。
その横っ面へ、目を回すレピーが音速で迫り、交通事故死の神の高笑いが付いてくる。アロハシャツを着て、ウクレレまで弾いちゃって。
「あ、お帰り」
どこ行ってたんだ、マジで。
と、口に出す間もなく、反則級の暴威が衝突し、衝撃波を伝播した。
重量ある岩塊であるレピーに神の加護の乗った速度が加わり、リーナクアゲの前だか横だかわからない面に文字通り突き刺さる。さながら流星との衝突である。岩と肉の接触面は瞬時に蒸発し、膨大な熱と衝撃がネズミの肉塊を駆け巡る。
当然、それほどの威力をたかだか小動物の巨大肉団子が止められるはずがなく、レピーは貫通し、膨大な火の尾の軌跡を残しながら、再び速さの先へ消えて行った。
「死ネナバァアアアアアアァァァァァ……!!?」
手向けのつもりが、リーナクアゲ自身も気付かぬ内に辞世の言葉となった断末魔とともに、ネズミの大怪球は爆炎に弾け、四散し、呆気なく絶えたのだった。
いつの間にか、灰混じりの雨を降らせていた黒煙の雲も衝撃波で霧散し、ただ巨大な葬送の炎に揺らめく四つの影が残るばかり。幽霊と神だけは影を落としていなかったが、あまりに凄惨で慮外の結末を前にして硬直する。
「……ふぅー、よし」
ロマが額と両手の土を払いつつ立ち上がり、胸を張った。
「私たちの絆の勝利ね!!」
「死ねクズっ!!」
一人一発ずつの制裁を受けるロマ。倒れ伏した彼女の上に、ミーテュが何もわかっていないキョンを乗せ、満腹のキョンは何となくピョンピョン跳んだ。
暗黙の了解で、これを償いと済ませるのは、あまりに温情であろう。
「ま、このクズはともかく、紛れもなく、あんたたちが全力を尽くして掴んだ勝利よ。胸を張りなさい」
「お前に褒められると裏を勘繰っちまうよ、サン」
「失礼ね、素直に言っただけなんだけど?」
「そーかい。そりゃどうも」
とは言ったものの、正直、所詮は勤め人に過ぎない俺は、この雰囲気に助けられている自覚があった。
ふざけているのに何だかんだで頼れる前衛に、ただいま離席中の苦労人、ぶれないのが逆に安心な狂信者、信用できない神、そしてそれより信用ならないクズに至るまで、戦闘中だろうとお構いなしの面々。気掛かりな人が多すぎる。
だからきっと、下手に考える余裕がなかったおかげで、先の戦闘でもビビらずガムシャラに対応できたのだろう。
散々な接敵だったが、結果的に自信に繋がった。
思い描いたスマートな冒険は期待できないというのに、俺の胸に妙な清々しさが満ちているのだった。
「これからどうするか、考えなきゃな」
息もできない身体で、空気を入れ替えるつもりで深く呼吸する。
今度こそ、俺たちの物語が始まるのだ。
「みんな、改めてよろしく――」
『ふむ。それで、エアモ・ツネスを落としたのは、貴公らかね?』
掴みどころのない声が、話の腰を折った後になるのだが。
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