第33話 刃を交わす人たち②

 現状を整理しよう。ロマを仲間に迎えるとして、全員の賛否はどうなるか。

 キョンに意思能力はないと見なせば、有効票は五票。賛成票は俺。サンは部分的に賛成。残りは反対と思うべきだろう。感覚的にだが、賛否の割合はサンを半票と見て、一票半対三票半といったところだろう。

 最低でも二人を賛成に翻せば、一時でも集団の調和は保てる。一票だけではだめだ。クソ女神が面白がって仲間割れを引き起こしかねない。


 私を何だと思ってんの――


 となれば、レツィス以外の二人の票を引き入れるのが望ましい。


 まさかの無視――


 最悪、レツィスはサンの言葉に従うだろうが、それが有効なのは詰めの段階だ。初手に打てば、修復不可能な将来の禍根となりかねない。

 レピーとミーテュを丸めこむ。

 目標が決まれば、あとはやるだけだ。喪服の猿ぐつわを外して、攻略スタートといこう。

 まずは、好感度調査だ。


「はいはい皆さんご注目。死霊術師の方が俺たちに何か伝えたいそうですよ」

「結構です。土の下で懺悔なさい」

「どうせ嘘でありましょうし」

「アマゾネスとアテナの恨みッッッ!! 万死に値しましてよッッッ!!」

「もご、ぽり、ぷちゅ……、ごく。もっと!」

「およしなさいッ、こういう時くらいッッッ!!」


 今にもロマへ組みつこうとする寸前で、キョンはミーテュの巨腕に拘束された。


「よ、良かったなあんた。一人には熱烈な好意を向けられてるっぽいぞ」

「死ぬんだ……」


 捕まえたネズミの体液を口から垂らすキョンの姿の前に、嗜好と好意を一緒にしてしまう気休め作戦は当然のように失敗。喪服が泣きそうになっている。

 まあ気休めは気休め、茶番なのだからどうでもいい。本番はここからだ。

 ぎこちないウインクで、喪服に合図を送る。

 合図を受けた喪服は、粛々と弁を述べる。


「嘘こいてすんませんでした……。本当は、ロマ・ナイギッドって言います……。ご承知の通り、死霊術師です……」

「白状しましたね。では神判……」

「へー!! ローマちゃーんって言うんだあ!!」

「いや、ロマです……。間、伸ばしません……」

「ろーす!」

「ロマです……。食べないで……。」

「いーい名前だなあ!! 全ての道が通じて一日にしてならずーって感じだな!! それで!!?」


 レツィスの横槍を遮る。大声でこの人、何を言っているんだ。というメッセージの乗った皆の視線が突き刺さる。やむを得ない。強引にでも、ロマの話に耳を傾けるよう促すのだ。

 俺の思い描くパーフェクト・パーティ・プランのための必要な犠牲。そう信じて、俺のやれるだけをやる。

 それにレツィスさん。あなた祈れないんだから、実質的に回復が封じられているようなものでしょ。その穴を埋めるヒーラーポジションがこいつ、ロマなんだよ。平然と神判なんて言うな。

 絶対追放させてたまるか。パーティからも、この世からも。


「実は……有無を言わさずアンデッドにした贖罪に……、皆様のお供に加えていただきたく……」

「何か企んでいるでありますね?」

「やはり神判……」

「まー待とう!! レピー!! レツィス!! 待とうな!! 聞こうな!! 一時と一生の恥だぞ!!」

「は、はあ……」

「ゆ、勇者殿がそこまでおっしゃるのなら……」

「それで!! 何でまた急にそんな申し出をする気になったのかな!!?」

「勇者殿、何かめっちゃ必死でありますが?」

「ありませんはあなたの発言権です!!」

「言葉遣いもおかしいでありますが?」

「めっちゃありません!! はいロマさん!! 志望動機!!」

「え、ええ。……皆様、私の責任である手前、申し上げにくいのですが……。現実的な問題として、不測の事態に直面した際は、私のような死霊術の専門家が必要になるかと思います。肉体の損傷への対応も、治癒魔法やポーションなど、生者向けの手段では逆効果です。人間の身体とは勝手が違いますので、罪滅ぼしに私の経験をお役立てしたいのです」


 そう、それで良い。それがこのパーティの致命的な欠陥だ。

 痛点を突かれたように、仲間三人が顔を見合わせていおり、特にミーテュは天啓を得たような表情が伺えた。残り一人は生きた肉にしか興味がない。


「確かにッ、ワタクシたちは、今のワタクシたちの身体についてッ、あまりに無知ですわッッッ!! より上等なトレーニングにはッ、優秀なトレーナーが必要でしてよッッッ!! それに、彼女の所持する魔法にまつわる物品の数々……ワタクシの目には魅力的に映りますわッッッ!!」

「必要性はともかく、やはり自分は信用できないであります。門で言葉を交わしただけでありますが、ヤツは目的のために手段を選ばない類の人間であります。勧誘したところで、いざという時に裏切られる恐れがあります」

「私は教義に則るだけです」


 ミーテュが乗った。あとはレピーの説得で条件は達成する。

 レピーは検問を通して、ロマの本性に触れているようだ。十中八九、俺の知るロマの素性と同じだろう。

 口裏を合わせれば、話が早く着く。その方が、この場は丸く治まる。その方が、俺も楽だ。

 しかし、口裏を合わせるのは、レツィスを置いてけぼりにする方法である。ロマの表面しか見ていないレツィスの心証を蔑ろにしてこの場を切り抜けても、後々の禍根になりかねない。

 何より、最終的にロマを本当に一同に迎え入れるには、レツィスの協力は必要不可欠だ。半端にしては、早々に台無しになりかねない。

 ならば、俺は悪霊にならねばならないだろう。


「上っ面だけよく見せてんじゃねえぞッロマコラァッ!? こンのドグサレアマがァッ!!」

「え、英雄様……!?」


 焦燥一色でロマに同情的だった奴が、声のトーンと感情表現をガラリと変えて一気に敵対的になれば、そりゃ誰でも困惑する。

 俺の心臓も張り裂けそうだ。声が震えて裏返って、いかにも無理をしていると喧伝しているようで、顔が熱くなる。

 流され人生の低空飛行。自ら流れを誘導するなど、もっての外な人生を送ってきた。それが今、こんな馬鹿げたチンピラの真似をして、自分の思い通りにしようと企んでいる。

 ダサい。今すぐ逃げたい。

 それでも、ここで手を打たず、流れに身を任せては、将来のリスクになる。

 自爆して人を害したことを思えば、どうってことはないはずだ。

 そう言っても、三人に若干、ロマに多大な怯えの色も見えたのは結構心にきたが、とにかく今はロマを受け入れる雰囲気が最優先だ。

 疑いようのない、飾りのない本音を、ロマの口から引き擦り出す。

 そのためには、気分の悪い手段を取らなければならない。


「セ、セバスチャン……ッッッ」

「勇者殿、先程から変……」

「変じゃあーりませーん!! 冗談は筋肉だけにしろッ!! へっ、媚びた御託なんざ並べやがって……俺も舐められたもんだ……! ッすぞ、ロマ公ォァッ!?」

「ヒィッ!?」


 培養槽の割れたガラスをポルターガイストで浮遊させ、ロマの首を取り囲むように尖端を当て、肌を押す。

 多少は傷を付けても、命に至らないように細心の注意を払いながら。

 それでも、やはり、気分が良いものではない。


「なっ、何で!? 話が違っ……!? だだだ、だってあんた……!!」

「志望動機を言えと伝えただろうが!!」

「……ッだから! あんたたちには私が必要で!!」

「それは俺たちが決めることだろうがバーカッ!!」


 ガラス片を、少しだけ深く、肌に埋める。縛られ、逃げ場のない首が持ち上がる。首を伸ばす限界はすぐに来て、プツと浅く刺さる刃先から血が滲み、首に赤い筋を描いた。

 咄嗟にガラス片の圧を下げる。吐気がする。が、あくまで素を装う。たとえこの一連の流れが不自然でも、俺が本気だと示す。

 僅かな血の気に、キョンが興奮する。暴れ方も一層激しく、ミーテュの拘束をも解く危うさだ。


「いっ」

「本心を見せろ。さもなきゃマジ要らねえ」

「勇者殿! い、いくらなんでも理不尽が過ぎるかと……!」


 車輪のように転がり、止めに入るレピーへ、俺は首を横に振る。


「レツィスは信条が許さない。レピー、お前は信用できない、と。俺たちとロマが相容れないってんなら、ここでサヨナラ。……それで終わりか?」

「……」

「……知ってるか? ロマは一瞬でスケルトンの軍団を作れる。塵からお前らだって作った。まるで一人軍隊だ。仲間が無理なら、ここで始末するしかねえ」

「それは……」

「そこまで考えていなかったってか?」

「そ、そんなことは……!」

「情が移ったのか?」

「……自分は、今の手段に抵抗を覚えております」

「じゃ、こいつを信じて手を組むか? 歓迎か死かの二者択一だ」

「信じ、る……」


 レピーと俺の視線が交差する。次いで、首狩りガラスの刃を突きつけられ、怯え切ったロマを見た。

 レピーの返事を待つ。


「……まだ、無理であります」

「そうか」


 俺はロマに向き直る。

 ロマの額に脂汗が浮く。呼吸は浅く、早く、歯の根は合わずガタガタと鳴り、目は涙ぐんで、しゃくり上げている。

 レツィスは納得の対応だと頷きながら俺に拍手を送り、レピーは固唾を飲み、血が増すにつれキョンの興奮が高ぶった。見かねたミーテュが止めに入ろうとするが、辛抱たまらないキョンを御するのに手一杯だった。


「えぇ……嘘でしょ……じ、冗談……」


 小癪な解釈に回す余裕が残っているらしい。

 もっと深く。本能を曝け出せ。結託しても、演技でもないお前だけしか、俺たちは受け入れられない。

 ガラスをもっと深く刺す。流れる血はかすかに量を増し、ロマの表情が歪む。


「いっ……嫌だ……。やめてよ……。嫌だよう……死ぬのだけは、絶対、嫌……!」

「本心を聞かせろ!!」


 もっと深く。


「嫌ァッ!! お願い、やめて!! 死にたくない!! 死なないためなら何だってします!!」

「それがテメェの本心か!?」

「やめてやめてやめて!! やめてってば!!」

「答えろ、ロマ・ナイギッド!!」

「やだやだやだ!! 本心!! 本心だから!! 今までたくさん騙してきたけど!! この気持ちだけは、正真正銘、私の本心!! 死ぬのは嫌なのは本当!! 何よりも嫌!! だから、あなたたちの仲間にしてよォッ!! 役に立つからァッ!!」

「ゆ、勇者殿!!」


 レピーが転がり、俺とロマの間に割って入る。


「もう十分であります!!」


 再びの視線の交差もそこそこに、俺は矛を収めた。頭を掻き、首を鳴らし、胸に秘めていたものを一気に吐き出すように溜め息をついた。

 極度の緊張から解き放たれたロマは、自らを縛る縄に身を預けるように脱力し、荒い呼吸を繰り返した。

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