第9話 「まずはこれ。枯渇した魔力の代わりに筋力で魔法を使う世界」②
◆◆◆
薄暗い地下――洞窟のような空間に、力強い太鼓の一打一打が、革よいっそ華々しく張り裂けろとばかりに響いている。
荒々しく燃え盛る松明に、火の粉がうねり、ごつごつとしながら湿り気のある岩肌をギラギラと照らしている。
「フッ! ハッ!」「フッ! ハッ!」「フッ! ハッ!」
掛け声に乗る覇気が、邪なるをやらうとでも言うべきか。
いわば発声による柏手。
太古から受け継がれた、人間本来の力により空気は打ち震え、暗闇に包まれたこの場所は、力に満ち、心強ささえ覚える聖域と化していた。
この場所の中央に描かれた魔法陣を囲む複数の影がある。
彼らは皆一様に、およそ人間の到達し得る筋量の極致へ至った者である。
戦うためでも、魅せるためでも、ましてや生きるための筋肉でもない。ただ育て、蓄える――。その一点にのみ意義を見出し、編み出された偏執的な鍛錬法と、栄養補給の全てを己の筋線維の一本一本に捧げた、自己のための自己犠牲の集大成である。
油を塗られた巌のような肉体たちが、一糸乱れぬ統率でボディビルポーズを決めている。肉体は松明の灯りを何倍にも荒々しく反射、増幅し、一挙手一投足に地熱を凌駕する熱気を纏わせる。代謝はもはや発汗を超え、蒸気圧の解放へとステージを進めていた。
ここは、漢と漢女の肉躍る園。人もエルフもドワーフも小人も巨人も獣人も鳥人も魚人も、およそかつて魔法を使ったことのある種族は全て、マッチョだった。
洞窟の岩肌が霞むほどの筋肉の隆起が織りなす、バルク礼賛の宴である。
「分厚いのうッッッ!! 魔法大全かッッッ!!」
「攻略不可能ダンジョンッッッ!!」
「ヘラクレスッッッ!!」
「血管ぐねぐね魔法陣ッッッ!! 魔力があれば発動していたッッッ!!」
「背中が広すぎてクエスト依頼書貼れるわッッッ!!」
「鎧泣かせッッッ!!」
「脚メイスッッッ!!」
「宝玉埋まってそうだなッッッ!! 人間鉱脈ッッッ!!」
「デカすぎて領主が就きそうだなッッッ!!」
「神が熱視線ッッッ!!」
「筋肉畑で働きたいかッッッ!!」
「転生したらマッチョだった件ッッッ!!」
「今召喚してもスペース無いぞッッッ!! どうすんだッッッ!!」
◆◆◆
「!?」
「えっ、見えてる……?」
まるで、こっちが覗き見していることを知っているような発言がちょくちょく聞こえてきた。筋肉が縮む怖気に襲われる。
「い、いえっ、そんなはずは……。……そ、そうよ、偶然よ! ボディビル大会って、どこから拾ってきたのかわからない語彙が飛び交うじゃない? だからこれはガチャで当たるまで引けば一〇〇%のパティーンの偶然!! そうに違いないわ!!」
サンが素で焦っているのを始めて見た気がする。それだけ前代未聞の状況なのだろうか。
輪の向こうの住人が、途端に人の姿をした得体の知れない筋肉に見えてきた。
「……すまん、神様仏様サンサーラ様! やっぱり何かもう世界観に着いて行けない! 怖い!!」
「や、やっぱりって言わないで! 異文化に偏見を持つのは良くないわよ! あと神の前で仏の話は厳禁だからね!」
◆◆◆
「鎮まれいッッッ!!」
筋肉に負けず劣らずの、はち切れんばかりの威厳の一喝で、筋肉の志士たちは即座にリラックスポーズに移る。一喝の波動は洞窟内を駆け巡り、松明一本の火を掻き消した。
声の主は、岩肌を削って作った階段の先、岩の玉座……というよりも、岩の踊り場で、最も美しいモストマスキュラーポーズを決め、臣下たちを睥睨していた。
なだらかになるまで、数多の拳で突き均された岩の上に立つ者。
その筋肉は紛れもなく、王。
静寂を待ち、王は右腕の筋肉を高める。高めた筋肉は熱を、輝きを放ち、奇跡を宿す。
「ぬぅんッッッ!!」
宿した奇跡を拳に乗せて、王は消えた松明へ向けて正拳を放つ。放たれた正拳は空間の隔たりを超えて、消えた松明に再び炎を起こした。
炎が闇より暴くのは、全ての忠臣たちの姿。
魔力が尽き、筋力に頼らざるを得なくなったこの世界において、最も魔法を行使できる者たち。
「諸君、リラックスしていてでも理解るぞッッッ!! もうデカいッッッ!! 仕上がっておるなッッッ!!」
王の力強い笑顔で、洞窟内が物理的に一段と明るくなる。表情筋でさえ切れるまで鍛えられ、歯の漂白にも余念がない王の笑顔に魔法は込められていない。ただ、明るくなるのは当たり前なのだ。
「魔王軍がバルクのみの外道の筋肉に堕ちて今日までッ、よくぞここまでパンプアップしたのうッッッ!! 魔力を失いッ、肉体で劣る人類種では筋量も敵わずッ、肉弾勝負になって以降ッ、我らは敗退続きであったッッッ!! 流浪の果てッ、このような地下に逃げ落ちッ、脂肪と糖を舐めた者はいかほどかッッッ!! 筋肉のしぼむ者も多くいたッッッ!!」
その場にいる全ての筋肉が震えていた。
筋肉が、泣いている。
「なれどッッッ、時ぞ至れりッッッ!! 筋肉の志士たちよッッッ、立ち上がる時が来たのだッッッ!! 魔王軍の重圧はッッッ、最早無謀な重量のバーベルにあらずッッッ!! 持ち上げ、立ち上がり、バーベルを掲げよッッッ!! さすればッッッ、美しきウェイトリフティングを成し遂げるのは、我々であるッッッ!!」
「うおおおおおッッッ!! バーベルを掲げよッッッ!!」
「バーベルを掲げよッッッ!!!」
「バーベルを掲げよッッッ!!!!」
シュプレヒコールで世界が揺れる。
いや、筋肉たちが発すれば、プロシュートコール……か?
◆◆◆
「言ってることも、やってることも、これっぽっちも理解できない!! さすがに断る理由になるよな!?」
「ちゃんと母国語に聞こえてるでしょ。それとも道徳の教科書で国語の勉強してたクチ?」
「言葉がわかることと意図を汲み取れるか否かは別問題だっ!! 何だか俺の常識が侵されていく感覚があるんだよ(何だよ、プロシュートコールって)!! 味方とコミュニケーションが取れなかったら、救える世界も救えないだろ!?」
「じゃあこれから理解していけばいいでしょ!! 最悪な出会いから始まるラブコメみたいに!!」
「コソコソ下見してんのに、んな不可抗力から広がってく話があるか!! このサブカルクソ女神!!」
「何だと万年低空飛行の人間風情が!!」
「じゃあ地上の俗に染まったお前より上空にはいるよなぁ!!」
「天罰下されてぇかダボがっ!!」
「やってみろや!! もっとも、地べたからじゃ下すんじゃなくて上げるしかねえよな!!」
突如、炸裂音と閃光が言い争いに割り込む。
この女神、とうとうやりやがったな。と、思ったが、サンの様子がおかしい。というか、先ほどの閃光に焼かれ、美しかった金髪が縮れている。冷や汗をかいて、驚愕一色の視線は輪っかの方に向いていて――
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