第8話 「まずはこれ。枯渇した魔力の代わりに筋力で魔法を使う世界」①

「何て?」


 俺は耳を疑った。ここまでのストレスに中てられて突発性難聴でも発症したか。サンの言った一字一句が、俺の聞いた通りであるはずがない。常識的に考えて。


「枯渇した魔力の代わりに筋力で魔法を使う世界」

「驚いた。聞き間違いだと思ったのに、一言一句聞こえた通りだったわ」

「私も毎回こういう紹介してるんだけど、未だに腑に落ちないのよね」

「毎回って、俺以外にも?」


 トラックで殴殺された方々が?

 こんなクソみたいな個別異世界説明会を?

 御冗談を、ですよね?


「そりゃまあ、逆に悪化しているのに放置していい世界なんてないし。その分、人員派遣するし。その度に派遣先紹介しなきゃだし」


 御冗談じゃなかった。

 しかし、聞き捨てならない。俺の前任者が何人もいたとして、転生先の異世界が先着順だとしたら……。


「待て待て待て……まさか、これまで誰も選ばなかった世界しか残ってないんじゃ……!?」

「そんなことないわよ。あんたが元居た世界じゃあるまいし」

「はあ!? 俺の居たトコ、売れ残りなの!?」

「そうよ。ここに来た全員が匙を投げたの、あんたの世界も含まれてるから」

「この際だから言うけど、お前、うちの世界の俗に染まってるよな!? 結構気に入ってるよな!? なのに!?」

「文句は私からフライドチキンを奪ったファ●マに言って」

「お前以外が匙を投げるほどの理由じゃないよな!?」

「お、異論があるわけね? キノコとタケノコマイルド某二国の国境辺りにでも行ってみる?」

「キ……タケ……ぐうっ……頭がっ! 何か……何かビーム的なものが……来る!」

「後遺症かしらね?」

「トラック事故のか……」

「ええ、まあ。あれよ、ハイビーム的な」


 何だか力尽くで誤魔化されている気がするが、何を誤魔化されているのか全く思い当たらない。俺は何かされたのだろうか。気色悪い重みを伴って胸に居座る疑念が気になって仕方がないが、今はそれどころではないと頭を振る。


「だけど、キノタケ……うっ。……それ抜きにしても、俺の世界には頭痛の種が結構ある……」

「でしょ? それに比べて枯渇した魔力の代わりに筋力で魔法を使う世界よ。こっちの方がよっぽどシンプルでしょ。さ、今すぐ始めようトレーニング」

「話の運び方が無理やりすぎる! 何が何でもそこに着地させようとすんじゃねえよ!」

「お願いマッスル」

「うるせえな!? なーにが『お願いマッスル』だ……」


 不意打ちも同然の異物感で、反射的に自分の口を塞ぎ、喉を押さえた。サンのギャグを復唱したところだけ、妙に声が高くなっていたのだ。

 それも、ただ声が変わったわけではない。


「前職はモノマネ芸人で?」


 憎たらしい顔だ。分かってて聞いてるな、この女神。俺の声帯から、サンの声が出た原因を。

 元の声に戻っているか、恐る恐る口を開く。


「おま……お前、俺に何かやったな?」

「私じゃない。ガチで」


 まるでガチのつもりじゃなかった「私じゃない」があったような口振りだが、そこは流そう。ここに来てから色々と情報量が多くて参ってきた。手短に説明を頼むと、サンは素直に応じた。

 曰く、死後に魂だけになった者の状態は、本人のイメージに左右されやすい。今の声の変化を例に挙げると、言い草をサンに寄せようと意識したため、サンと瓜二つの声が出たらしい。

 実際に死んだかどうかはともかく、自分の身に常識で測れないことが起きている実感を、こんなことで抱くなんて、何だか恰好がつかない。


「つまりマッチョ大好きって心の中で一〇回唱えたら、この異世界もイッツァ・スモール・ワールドってなわけよ」

「いや怖っ」

「唱えろ一〇〇回」

「お断りだが?」

「ハハッ! さぁ、ボクと一緒に!」

「裏声やめろ、死ぬぞ。両手で耳を表現するな」

「何もない元の世界と比べたら、異世界で幸せに暮らす方が良いっしょ」

「何もないとはご挨拶だな」


 筋肉ばかりでも困るわ。


「だってフライドチキンもう食べられないじゃん」

「いや、俺の世界の全部をたかがフライドチキンに背負わせるんじゃねえよ! 他にも何でもあるわ! 何ならフライドチキンも掃いて捨てるほどあるわ!」

「ンモー、そうやって元の世界のことばかり言って……。ちゃんと目の前にある世界と向き合いなさいよ。新しいものをちゃんと知ろうとしないと、何も進まないわよ?」

「腹立つから自分のこと棚に上げて正論言うのやめろ」


 ……しかし、この女神、時々核心を突いてくるな。

 確かに、何事も否定から入って経験を積まなかったから、俺の人生はつまらなかった。ご指摘はごもっともだ。挑戦から逃げて、ぬるま湯につかり続けるような変化のない生活を選んだのだ。

 それならば、たとえみっともない経過を辿ろうとも、やってもいい理由を見つければ、何か変わることもあるだろう。

 トラック模型で殴り殺される以上の恥は、この先あるとも思えないし。


「もう一度聞くけど、ここから異世界の様子は覗けるんだよな?」

「ええ。この輪っかに映せる」


 サンは書斎机の引き出しから、天使の頭上にある輪のようなものを取り出した。

 輪と言うからには円周の枠しかないのだが、枠の中には文字らしき模様が浮かんでおり、指でなぞると動きに合わせてスクロールしているようだった。


「一応、見るだけ見る。俺にも選ぶ権利はあるだろう」

「権利云々ていうか、モチベにかかわることだからいいよ」

「些細なことまで突っぱねるよな本当……友達いねえだろお前」


 視界の端にトラック模型がちらついた。


「よーし、ボク、モチベーション上げていきまぁす! どんな世界かなーワクワク」

「フッ。投影開始」


 サンに鼻で笑われても耐えられる。社会人として得た忍耐は無駄じゃなかったと、まさか味方側に思い知らされるとは。

 中空に浮かびだした輪の向こう側、その景色が変わり始めたように見えるのは、涙のせいじゃないよな。

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