第10話 「まずはこれ。枯渇した魔力の代わりに筋力で魔法を使う世界」③

◆◆◆


「ぐ……ぐ……ぐががが…………!! がああああ………!! ああああ…………!!」


 この世界に魔力に類するものは存在しない。

 いくら気を練ろうとも、仙力を蓄えようとも、神秘の文字を刻もうと、祈りを込めようと、それらは魔力たり得ず、奇跡を招かず、ましてや代替品になるものでもない。

 否、力としては存在しないと見なすべきもの。いわば気休めだ。

 実在とは筋繊維。

 高めるべきは筋量。

 代替とは筋力。

 奇跡とは、筋肉の集合。

 己が肉体の誕生こそが、人に奇跡をもたらすのだ。


「だぁーーーーーーっ!!」


 この地に集結した筋肉の精鋭たち、それもパンプアップの頂点、あるいは臨界に達した者たちが、更に乾坤一擲の意気で力を込めた拳が解き放たれる。解き放たれた圧は、光差す道となる。

 拳の波動が集結する一点――魔法陣の中央に向かい、道は束ねられ、空間に僅かな亀裂を生むに至った。

 それは、異界への道標に他ならない。


「神々の領域が現世に迫った好機を逃すなッッッ!! 神でもッッッ、異界の者でもッッッ、残滓に満たぬ魔力でもッッッ、如何なる方法を用いてでも掌握するのだッッッ!! かの魔王ですら渇望する力を得てッッッ、人類に勝利をもたらすのだッッッ!! バーベルを掲げよッッッ!!」

「バーベルを掲げよッッッ!!」

「バーベルを掲げよッッッ!!」


 集いし極みの鉄拳が、新たな世界の扉を開く――!


「光り輝けッッッ!!」


 同調鉄拳シンクロ・ナックル! 顕現せよ、世界の亀裂D・D クラック転移門ザ・ゲート――!


「だぁーーーーーーっ!!」


◆◆◆


「うわああああああああああああああああああ!?」


 かの世界の者が生み出した空間の亀裂は、輪っかに繋がっていた。

 寸分違わぬ呼吸で解き放たれた拳、その力の余波は衝撃波となり、俺を、サンを、応接間の隅々を蹂躙する――! 筋肉の実在は、蒙昧な神の存在を凌駕するのだ。


「もういいだろ!! あいつら自力で魔王討伐でも何でもできるだろ!? それも筋肉だけでな!!」

「終了! 投影終了!! 今すぐ!!! ナウ!!!!」


 輪の中の映像が、いとも呆気なく途絶える。乾いた金属音を立てて落ち、クワンクワンと回り、やがて静寂を残した。


「……」


 倒れたソファの陰からひょっこり頭を出して、俺とサンは様子を窺う。

 破壊的な筋肉の干渉の中心地は、輪を残して綺麗さっぱり。円形のクレーター状となり、塵も残っていない。

 俺とサンは顔を合わせて、危機が去ったことを互いに確認し合う。

 二人して呼吸も忘れていたことにようやく気づき、溜まった息を一気に吐き出した。

 ドォン!! と、輪が宙返りをして、俺たちは悲鳴を上げた。


「逃してなるものかッッッ!! 嗚呼ッッッ、神域がッッッ!! 神域が遠くなるッッッ!!」


 という、断末魔めいた叫びが輪の奥に落ちるように消えていき、輪が二、三回ほど揺れた。

 先よりも更に長い沈黙の後は、今度こそ元に戻った。


「……」


 俺とサンは顔を合わせて、危機が去ったことを互いに確認し合う。

 今度はおまけに、互いに抱き合っていた。


「触んな働き猿ッ!」


 二回目のトラック模型は、俺を殺せなかった。

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