第11話 「じゃあ次は、みんなシャケになった世界とかどう?」①

「馬鹿にしてんのか」


 俺はサンの頭を疑った。

 破壊された応接間を最低限でも取り繕ったのだから、その程度の知能は期待していたというのに。


「転生しても召喚されてもシャケになるわ」

「わかった。馬鹿にしてるな」

「サーモンをサモン! サーモンをサモン!」

「何で二回言った!?」

「えっ、サーモンをサモンするのよ!?」

「だから何だって言うんだ!?」

「訳すと?」

「……シャケ召喚?」

「ガッチャ!」

「だから何なんだよ!?」

「まあ、好きなものになれたら嬉しいでしょ?」

「好物と憧れを一緒くたに考えんじゃねえよ! 雑に人の考えを理解できない怪物みてえな物言いしやがって!」

「そうね。それとこれとは別問題だったわ」

「な、何だよ急に真面目ぶりやがって」


 スンと冷静な語りに変わったサンに、俺は面食らった。


「同じように、字面の間抜けさと世界の実情は分けて考えなきゃいけないわね?」


 ああ、またコイツのペースに乗せられるのか。わかりきっていたことでも、溜め息をつかずにはいられなかった。話の続きを促す。


「考えてみなさい。仮にあなたの元居た世界で、全人類が一気にシャケに変わってしまったらどうなるか。ただし、知恵は持ち続け、魔法も使えるものとして」


 まず、水辺の近くにいなかった人間は漏れなく死ぬ。

 運良く水中へ逃れてたとしても、そこがプールや貯水池では生存は絶望的だろう。最低でも川に入らなければならないが、水質の問題もある。魔法が使えるという前提なら、水魔法のようなものがあれば、水玉を作って一時的に避難し、生存に適した水場へ移動するなんて芸当も考えられるが、そのような応用を咄嗟に編み出せる人間……いや、シャケがどれほどいるだろう。

 生き残ったとしても、その後の生活の問題がある。

 シャケは食物連鎖の頂点にはいない。外敵、病気、食糧問題……身に降りかかる危険は、人間の生活の比ではない。敵から身を守るなら群れることだが、群を成すまでにどれだけの時間を要するだろうか。変に知恵を持ったままな分、本能が着いて来れるかも怪しい。集まったところで文化は壊滅必至。娯楽がなければ心から死んでいくかもしれない。

 だが、ここまではまだかわいいものだろう。

 本当の問題は、後世のことである。

 シャケは産卵期に体力を使い果たして死ぬ。知恵を持ったシャケだとして、その知恵の継承はどう行えるというのだろう。そもそも発話は可能なのか、文字を残せるのか、残せたとして意味を理解させる方法はあるのか。人間の水準から見て内面的に成熟するにしても、シャケの寿命でできるのか?


「最初の世代で何とかしないと詰むんじゃね?」

「ほら、大事でしょ」


 事態は一刻を争うだろう。

 全人類がシャケになってしまった原因を探り当てて、対処法を編み出す。探索可能な場所は基本的に水中。陸上に手がかりがあるなら詰む。ゲームならバランスが崩壊している。詰み回避のために陸生生物に進化する手段が欲しいが、それは欲張り過ぎではないだろうか。

 となると、仲間の力が必要だろう。魔法が使えるシャケの仲間たちだ。脂の乗った旬のシャケたちと共に、数多の危機を遡上するスリル、熊の手を搔い潜るようなスペクタクル。そして、メスの美シャケと身体と身体をぶつけっこ、色めくオスたちと顎を比べ合い、イクラを巡った白子の濃厚なロマンスが繰り広げられ……。


「やっぱシャケにはなりたくねえわ」

「偏見はよくないわ。ヘイロー見ないの?」


 サンは輪っかを人差し指でくるくる回して、俺の返事を待っていた。

 恐らくもう、シャケ世界の投影をする準備は済んでいるのだろう。

 ただ、覗き見で大変な目に遭った直後なわけで、正直、気分が進まない。


「筋肉世界みたいなことにはならないよな?」

「……」

「こっちを見ろ」

「さっきの世界もそうだけど、バランスが極端に偏ったところって、本当に先が読めなくて……干渉するのもおっかないというか……」

「なるほど。絶対この世界も他の奴が匙を投げてるよな?」

「投げてないわ。見向きもしなかっただけ」

「尚更悪いわ」

「シャケじゃなくてブタだったら?」

「そういう問題じゃなく」

「あっ、スライムかクモの方がいい?」

「頼むから人間でお願いします」

「ひえっ、カニバリズム? ドン引き」

「憧れと好物を逆転させんじゃねえよ。……ああ、もういい」


 筋肉世界にシャケ世界、ろくでもない案件ばかり見せられて、ほとほとうんざりしてきた。不動産屋が、本命の前に案内するクソ物件を巡っている気分だ。

 かったるくなった俺は、鼻くそをほじって、丸めて、サンに向けてピンと飛ばす。


「うわばっちい……!?」


 当然、サンはそれを避けた。が、姿勢が崩れたところに、指の力加減が狂ったのが助けて、くるくると弄ばれていた便利輪っかが、フリスビーよろしく飛ぶ。

 サンの気が逸れた隙を突いて、俺はその輪っかをひょいとキャッチする。


「ちょっと何すんのよ!」

「複数の提案があるならリストを共有しろ。基本だろ。順番に全部口で説明するつもりかよ。日が暮れるわ。俺が見繕ったものだけ説明してもらうからな」

「へえ。読めると良いわね」


 確かに、輪っかに浮かび上がる文字は、俺の知らないものだ。だが。

 少しばかり、喉の調子を整える。


「あー、あー、どーも、アホでーす」


 女の声……それもサンにそっくりな声を作る。イメージに左右されるという魂の性質。活かさない手はない。

 輪っか――ヘイローは、俺の手にある。


「ん!? ちょっと待って、あんたまさか!?」

「ヘイロー、翻訳」

「話者の母国語に翻訳します」


 無機的な音声で、ヘイローは応えた。


「はぁ!? 何でっ!? 使いこなして!?」


 散々弄ばれた手前、サンの狼狽する姿は実に爽快だった。


「筋肉世界の通信切った時、音声操作してただろ。スマホっぽいし、そういう機能だってのはガキでもわかる」

「だからって、分捕ることある!?」

「できなかったら、頭下げて返せば済むだろ。それに事が事だ。この程度の問題行動で俺を見限ると勘定が合わないんじゃないか? 手っ取り早く済むか、元のままか。ゴネ得だろ」

「……ふうん、良いわ。その意見は、私の言葉を信じる前提でないと出ないもの。やっと順応してくれたと思えば、むしろ収穫よ」

「それはこのまま使って良いって意味か?」

「好きになさい。ただし、それでも行き先が決まらなかったら返しなさいよ」


 その後、俺は色々な世界についてサンへ質問した。

 陸地から人間が追いやられた世界、人がお互いを認識できなくなった世界、星々が巨大な何かの卵の世界、ゲームのようにデジタルで結果が決まる世界……。

 筋肉とシャケなどと比べれば、かなりマシな見出しをすくえるようになったのは、ありがたい。

 ただ、このリスト、派遣先だけでなく要監視対象止まりの世界も含まれているらしく、俺が尋ねた世界は全て、既に現地の英雄が活躍しているとかいう理由で行く必要がないと、にべもなく却下された。

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