第12話 「じゃあ次は、みんなシャケになった世界とかどう?」②

「へぇ、そういう趣味ね」サンがこぼす。「でも、あんたが選んだのは、言ってしまえば、まだ取り返しのつく世界ばかりね。自己防衛本能が難易度の低いところを選ばせているのかしら……興味深いわ」

「包み隠さねえで、ビビりって言えよ。我ながらここまで負け癖が染みついてるなんて思わなかったよ……っと」

「諦めなさい。最近の派遣先のトレンド、ぽっと出のくせに極端な状勢のばかりだから。あんたのお眼鏡に適うタイプのは珍しいんだって」

「じゃー、大当たりを引くまでやるだけだよ……っと」


 スルスルとヘイローが表示する文字を指で流す中、ふと、ある世界の仮称が目に留まる。


「魔族が全世界の掌握を目論む世界……これはどうなんだ?」

「ええ……? 結構な数の世界の共通点なんですけど?」

「でもそう書いてあるんだよ」

「どれー?」

「ほら、これだよ」


 サンにヘイロー上の情報を指し示す。サンは覗き込んで、表示されている文字列に目を走らせる。


「……本当だわ。こんな曖昧な呼び方してるの、前からあったっけ……? 創世直後……? 違う。信仰団体はヅイシ教、ああ、レツィぴんとこの……確かに諍いはあるけど、膠着してたのに。それも、召喚要請なんて、痺れを切らしたのかしら?」

「まあまあ、そっちの事情はいいからさ、行けるのか? 行けないのか?」

「行けるわね」

「マジ!? じゃ、見よう! 今すぐ見よう!」

「き、急にすっごいグイグイ来るじゃん」

「剣と魔法の世界を見つけたんだから、そりゃ気もはやるって!」

「何でもいいけど身を乗り出さないで? 近いから」


◆◆◆


 そこは、まさに幻想の風が吹いていた。

 天空高く、聳え立つ雲海の城の主、雷鳴の回廊の最奥に佇むは天竜。その咆哮は嵐となりて、地に荒ぶる風の災禍と、慈悲の雨が降り注ぐ。

 大地は慈雨を浴び、色とりどりの花を咲かせる。花はほのかな甘い香りで小さく可憐な妖精たちを招き、親が子を撫でるようなそよ風に舞う花弁と共に、内から湧く喜びに任せて踊っている。

 木漏れ日が頼りの深緑の森に飛び交う矢は、エルフが放ったものだ。樹々の間を縫い、遥か先の的に命中させる腕前は、物語に描かれる姿に寸分違わない。

 一方、峻嶮な山々に居を構える髭面で巌のような者たちはドワーフ。採掘と工芸を主な生業とし、強い酒を好む豪快な人々だ。

 そして、人間。荘厳な造りの巨大な城塞を中心とした城下町は、彼らを中心とした多種多様な種族で活気づいており、その繁栄が伺える。中には鎧やローブを身に纏い、剣と杖を携える姿も見受けられる。

 これぞ、まさにファンタジー世界!


◆◆◆


「完璧だ……!」いざ目にすると、他の賛辞を失ってしまった。「これこれ、これだよ! こういう、いかにもな王道がいいんだよ! 何が筋肉とシャケじゃコラ!」

「めっちゃはしゃぐじゃん」

「俺ここがいい!」

「え、即決? ……まあ、やる気があるに越したことはないか。早速だけど、ここに行く?」

「行く行く! 行かせてもらいます!」


 サンはやれやれと言いたげな面持ちだったが、いちいち鼻につく仕草も今は気にならない。

 それだけ、夢のような世界の魅力に心が躍りっぱなしだったのだ。

 それだけに、勇み足だったのだけれども。


「じゃ、この世界と繋ぐわよ」


 サンが指を鳴らすと、何もないところから魔法陣が展開され、光のゲートが設置された。ゲートの向こうは眩く、よく見えない。

 胸の高鳴りが止まらない。

 一歩を踏み出せば、全く新しい日々が待っている。世界を救うというお題目がある以上、日常は俺が思っている日常とかけ離れているかもしれない。

 だが、俺はもう、リスクを避けるばかりの人生を送る気はない。

 新しくなるのは世界だけじゃない。俺もそうだ。

 と、思ったんだけど。


「でも、魔王とか気にせず冒険してえなあ。召喚だっけ? 魔王の体内に召喚してもらえねえかな。できれば脳内。中から暴れればイチコロだろ」

「いやエグいのよ!? 異世界召喚をそんな風に使おうなんて奴、初めて見たわ!」

「お役御免になりゃ、後は勝手に出来るんだろ? 早い方が良いだろ、お互い」

「限度があるのよ! こちとらRTAやってんじゃないわよ! 旅立ち、仲間集め、旅、魔王城! 手順ちゃんと踏めよ!」

「何だよ。ダメな理由でもあんのかよ」

「大ありよ! 私があんたを遣わして、そのあんたが仲間の前で魔王を倒す! 神の御業も、証人の前で起こさなきゃ、信仰に繋がんないでしょうが!」

「じゃあ、その証人が魔王の前に集まったタイミングで、魔王を内側から食い破れば……」

「絵面が第二形態か黒幕の登場なんですけど!?」

「サンサーラ様の使徒、予言者の英雄です、って言えば」

「誰が信じると思ってんの!? 魔王の体液と臓物まみれの奴に言われても胡散臭いだけでしょうが! 何なら神々が黒幕認定されて全部台無しよ!」

「駄目か……スマートな気がしたんだが……」

「英雄は一日にしてならず! 覚えておきなさい! 頼むから!」


 やれやれ、と、頭を抱えながらも、サンは切り替えた。


「さ、変な気起こす前に行くわよ。途中まで案内してあげる。着いて来なさい」


 光の中に身を進めるサンに続いて、俺も光へ身を投じた。

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