第21話 確変に賭ける人たち④
儚く光の衰える魔法陣へ、追い縋るようにレツィスは手を伸ばす。光の薄片を握り、怯えながら開いても、手の平には残滓すら残っていない。
「やはり、独力では、無謀、でしたね……」
俯き、己の無力を恥じる司祭。
それは勘違いだと、彼女は知っている。
真の意味での無力は存在せず、目の前の困難を破れないだけの微力が世にのさばるばかり。それを無と評するのは、自らを慰む心ゆえだろう。
持たざる者、ゆえに結果は自明。僅かでも、実現できる能力を持っていると認めてしまえば、失敗の原因は、己が研鑽を怠ったことに因ってしまう。
しかし、個人の認識の如何にかかわらず、微かでも、歴然とした力は誰もが持っている。己の足で立てずとも、前進する術があるように、成し遂げようとする意志と飽くなき模索が、打破には肝要なのだ。
無力感を乗り越え、微力を知り、向き合う。
レツィスのような者だけが、超克の扉に立つことが許される。
であるのなら、たった一滴の雨垂れが、切り出したばかりの石を穿つことも、あり得なくはないだろう。
「これは」
涙を吸った魔法陣が、眩く輝いていた。
極彩色の光を放つ、先刻とは比べ物にならない魔法減少だった。雷の迸りも、嵐の荒ぶりもなく、力の全てが美麗な光に昇華されている。先刻が完全な失敗だったとも思えなかったが、レツィスは目の前の現象に、より完璧な力の働きを確信した。
それは、あり得ざる、見えざる手の介在を知らしめるような。
「ああ、神よ」
やがて、七色の光は束ねられ、虹の架け橋となる。
虹の七つは一つの閃光に収束し、異界へと繋がる窓となる。
その窓を割ったのは、見えざる手ではなく、馬鹿みたいに存在感のあるムキムキの腕。もはや脚だ。脚が腕に着いているッ。
窓を割り、亀裂を強制的に広げて潜り抜けて来たのは、躍動の化身、筋肉の礼賛。例えて言うなら、アーノルド・少女乗せネッガー。相貌から推し測る若齢と、不釣り合いなまでの骨格とバルクの少女だ!
「やりましたわ……ッッッ。ついに、魔力のある世界へッ、到達しましたわッッッ!!」
少女の胸板が、異世界到達の感動に踊っていた。
◆◆◆
「枯渇した魔力の代わりに筋力で魔法を使う世界の住人じゃねーか!!」
俺とサンは声を揃えて絶叫した。
「筋肉世界!? どうして筋肉世界の人がここに!? まさか自力で異世界転移を!?」
「一回成功しかけたから、あり得なくはねえけども!! よりにもよってここに来るとか、どういう運命だよ!?」
「おち、おちおち、落ち着きなさい! きっとプロテインが無くなったから買い出しに」
「薬局感覚で異世界に来られてたまるか!!」
「プロテイン無くなったマッチョは一大事でしょうが!!」
「魔力尽きたことが一大事のマッチョでしょうが!! ていうかこの場合どうなんの!? 先に召喚された英雄って俺なんですけど!? 俺もう死んでるんですけど!?」
「まずいに決まってるでしょ!! このまま筋肉ゴリラに世界を救われたら、信仰のパイをボディビルダーに奪われて本末転倒よ!! 筋肉の神の息がかかった手先ならともかく!!」
「嫌だ!! マッチョがいるのは良い!! マッチョ一色の世界も好きにしてくれて良い! だけど、この世界までマッチョ一色になるのは嫌だ!!」
「とにかく、早く魂を見れる人間を探す!! それしかないわ!!」
「もしもーし!! レツィス司祭さーん!! 聞こえますか見えますかー!? 誰かー!! 英雄はここですよー!! ああもう、そこの筋肉女でも良い!! 聞くのかい、聞かないのかい!? ヤー!! パワー!!」
◆◆◆
一瞬、筋肉少女の脳に、ボン・●ョヴィのイッ●・マイ・●イフのイントロが流れたような衝撃。帽状腱膜、前頭筋、側頭筋、後頭筋がギュンギュン痺れたが、見渡せどそのときめきの正体は定かでない。
見えざる二人の声は届かず、レツィスは恐る恐る筋肉少女に尋ねた。
「あ、貴女が、英雄様ですか?」
「素晴らしいですわッッッ!!」
「ふひっ!?」
可憐ながら異常に豪気な少女の声が風圧を生み、レツィスの身体を押す。立つのがやっとの強風に、華奢な身体で堪える。
気にも留めず筋肉を誇示しながら、感じた衝撃の正体を勝手に解釈した少女は語る。
「これが魔力ッッッ!! 大気にまで溶けているのがわかりますわッッッ!! ワタクシのアマゾネスとアテナにビンビン来ましてよッッッ!!」
「あ、のーう……」
「おっとッッッ、ワタクシとしたことがッッッ!! 両腕に魔力を宿している場合じゃなくてよッッッ!! 速やかに魔力を摘んで帰りませんとッッッ、デカすぎて転移門を通れなくなりますわッッッ!!」
「か、帰る!? お待ちください! 我々を救ってくださるのではないのですか!?」
「掬うッッッ!!? ウェイト・トレーニングでこれ以上デカくなったらッ、取り返しがつかなくてよッッッ!!」
「何のお話をされていらっしゃるのですか!? とにかくお待ちください!」
咄嗟にレティスは、少女の大木のような大腿にすがりつく。
構わず周囲を物色する少女。
「オーッホッホッホッッッ!! 軽すぎッ、軽すぎましてよッッッ!! トレーニングにもなりませんわッッッ!! 魔力量に対して肉体がお可愛いことッッッ!!」
「魔力と身体構造に直接的な因果関係はございませんが!? それより、私どもの国は、世界は危機に瀕しているのです!」
「筋肉をお鍛え遊ばせッッッ!!」
「手は尽くしました! 恥ずかしながら力及ばず、先人の遺産に守られてばかりで!」
「もっと筋肉をお鍛え遊ばせッッッ!!」
「召喚に応じてくださった貴女様は英雄様に他なりません! 未熟は承知の上、恥を忍んでお頼み申し上げます! 私どもには貴女様が必要なのです!」
「そちらの都合など存じ上げませんわッッッ!! 他を当たってください……さい、サイ」
ワナワナと少女の肉体が震える。振動は地面を伝い、地下空間を軋ませ、空気をも怯えさせる。見る見る筋肉は膨張し、レツィスでは掴まりきれない太さへ膨張する。
「ハイッッッ!! サイドチェストッッッ!!」
渾身のポーズとともに、膨張した筋肉が光り輝く。
光は熱へ、熱は破壊へ、止めどなく溢れる。無際限の筋運動で解き放たれた爆炎は、超常的な破壊力で周囲を蒸発させ、人々を、地下空間を、地殻を突破し、エアモ・ツネス市街を破滅の光に包む。
筋肉量が多ければ、それだけ威力は上がるのだ。
「また爆発するなんて最低!!」
俺とサンの叫びは、光の中へ消えていく。
この日、王都エアモ・ツネスは滅亡した。
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