第25話 三度目の正直に賭ける人たち④

 やがて、暗雲が立ち込め、稲妻轟き、儀式の佳境を告げる。

 塵を吸い尽くした棺桶の周囲には、どこからかコウモリを始め、ムカデやサソリなどの毒虫、オオカミのような猛獣が集い、棺桶の容積や自身の体構造を無視して、隙間からミチミチと自らの身をねじ込んでいく。

 石板はスケルトンの残骸や、市中の遺骨を吸い寄せ、飛んできた兵士の遺体と共に融合していく。石板は肥大化し、取り込まれ化石となった人骨らが、硬い岩盤の中で互いに争い合う。

 培養槽には無際限に増殖する腐った肉塊が生成され、槽内を満たし、その膨大な体積でもってひびを走らせ、その隙間から培養液を噴出させる。

 紙に描かれた太極図の魔法陣は札状に切り刻まれ、塵より再構築した肉体に次々と張り付いてゆく。

 大人数人分の人皮紙に描かれた、星辰の魔法陣より、集った塵を糧に冷たい炎が逆巻いていく。


 さあ、我が使徒よ! 私の後に続けなさい――!


「女神サンサーラの名の下に、使徒たる我が命ず! 使命の半ばに殉じた無念を抱く者よ! 摂理に反する道を歩ませる暴挙を赦せ! 今一度、汝らに仮初の生命を! 立ち上がる力を! 闇に呑まれぬ意志を! 故に、善く使命を果たすべし! 顕現せよ!!」


 落雷で景色が白く飛ぶ。

 言葉を受けた五体の骸は、神器の力を受けて不死者へ変性する。

 英雄の無垢なる魔力は神器の影響で邪悪に染まり、街を覆わんばかりに迸った。

 漆黒の魔力の晴れた先に現れるは、跪く姿勢から立ち上がりゆく五つの影。魔を冠する者たちの高位に座す、アンデッドの支配者たちだ。


 黎明の棺より――闇夜を統べる反神の貴族にして、末座より寵愛を賜らず、自ら闇へ踏み入れし者。最も力を持ち、最も美しき血の不死者。始祖吸血鬼ヴァンパイア・オリジンが夜を纏う。


 無銘石板より――堅牢なる岩盤に封じられし太古の騎士。歴史に埋もれ、忘却の彼方にて剣を振るい、時を待つ。謎多き戦士。化石騎士フォッシル・ナイトが出土する。


 錬金巣宮槽より――膨張した腐肉は崩れ、今や骨の身体に纏う礼服となる。しかし、細身の令嬢と侮るなかれ。変幻自在の肉塊を従え、怪力を振るう。腐肉令嬢グロブスター・ドレスの誕生だ。


 星辰の魔法陣より――究極を求める魔術師、その辿る道の一つ。不死に魅入られ、悠久の時を魔導の究めに捧ぐ者。屍骸魔導主リッチー・ロードが目覚める。


 太極図の魔法陣より――血肉を求める無知性の亡骸。硬直した肉体は時を経て自在に。想像もつかない奇怪な挙動で獲物を惑わし、確実に仕留める。老殭屍ラオ・キョンシーのお通りだ。


 そして、黒煙を背に天空に座す――何か始まる前に死んだ元人間。まあ、悪い亡霊レイスじゃないからいいよね。俺。

 ……箔の差が月とスッポンじゃないか。


「もうやだ」厳かな雰囲気に反して、意気消沈する女神サンサーラ。「結構な化け物、世に五体も放っちゃった……しかも、私の名前を使って……」

「そう落ち込むなって。お前の名前を使ったくらいだ。こいつら相当縛れたんだろ」

「そうなんだけど、女神の矜持が……」

「いや、見直した。庇ってくれる上司がいると思うと、心強いよ。ありがとうな」

「……ふーん、ようやく私のありがたさを理解したようね。ただ……」

「どうした?」

「今回の件は絶対、査定に響く……」

「……ドンマイ。それで、彼女たちはどうする? やっぱりパーティとか組むのか?」


 高位アンデッドと化した彼女たちを指して、俺はサンに尋ねた。

 皆、己と周りの変貌した姿を見て困惑している。困惑しているということは、生前の感覚を失わずに蘇ったと見て良いだろう。

 周囲に毅然とした敵意を振りまき、己も魔に堕ちたことを指摘されて卒倒する始祖吸血鬼ヴァンパイア・オリジン

 卒倒した彼女の下へ、一大事とばかりに駆け寄る……というか円盤状の岩盤に埋まっているので転がって行く化石騎士フォッシル・ナイト

 見るも無残に変わり果てた筋肉に、二柱の女神の名を叫び嘆く、一番うるさい腐肉令嬢グロブスター・ドレス

 少し離れたところで、指輪や魔導書の切れ端を見定めながら黙々と拾う屍骸魔導主リッチー・ロード

 よだれ垂らしながらアホ面でピョンピョンしている老殭屍ラオ・キョンシー

 ついでに、たんこぶ作って失神中の死霊術師。

 ウィズ、俺。フューチャリング、生首女神。

 バラッバラのデッコボコにもほどがある。


「……やむを得ないわね。浄化は一苦労、成功してもまた喪服のがやらかしそうだし、かと言って放っておくわけにもいかないし。パーティ組むっていうか、外来種だから最後まで責任持って飼育して、かつ彼女たちで末代にするって理屈だけど」

「いや酷いな。そのスタンスで仲良くなれる気がしねえよ」

「腹括りなさい。もはや権利じゃなくて義務よ、義務」

「……とりあえず、頭下げてくる。んだけど……サンサーラさんや」

「どうした下僕」

「これどうやって止めるの?」


 力んでからこの方、手から魔力が溢れて止まらない。ドバドバと温泉か石油のように湧いてくる。止まれ止まれと念じ始めてから、何やら妙にねっとりもったりしてきて気持ち悪い。


「おもろ」

「おもろじゃないが」


◆◆◆


 神域の応接間の扉をノックする音。

 返事が無いので恐る恐る入って来たのは、ネクタイとブリーフ一丁、中年メガネ、バーコードヘア。通称、交通事故死の神である。


「サンサーラさん? ユスティティアさんから苦情……」


 瞬間、交通事故死の神に戦慄走る。

 応接間の床に横たわる肢体。それは紛れもなくサンサーラのものなのだが、あろうことか、首から先が無くなっている。

 首無しのサンサーラが、時折ねじるように身体を動かしているのだ。

 中年男性の絹を割くような悲鳴が、神域に響いたという。

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