第24話 三度目の正直に賭ける人たち③

「あのー、お嬢さん、何をされておいでで?」

「生首女には感謝するわ。最高の実験素材が集まってるみたいね」


 聞こえていらした。

 喪服女は非常に嫌らしくにやけている。実験素材ということは、サンが言った彼女たちをアンデッドにするつもりか。

 悪い笑顔はサンも負けてはいない。


「愚かね。確かに優秀な人の子たちの亡骸がここに眠っているわ。でも、残念でした。もう粉々か、燃え尽きてるわ。集めるのは大変よ?」


 喪服は目を輝かせ、更に禍々しく笑い返した。


「むしろ好都合だわ!! 荼毘に付した後の復活、一度経験してみたかったのよね!!」


 喪服が指を鳴らすと、棺桶と石板、培養槽と巻物に描かれた魔法陣二つが反応を示す。方々の瓦礫の隙間より塵が風に乗り、四つの祭具へ振り分けられ、四体分の遺体が再生されていく。

 心なしか、天空高く上る黒煙の球の雷鳴もせわしくなってきた。

 鼻歌混じりで羊皮紙に羽ペンを走らせる喪服。


「無詠唱でこれだけのことを……まさか、神器級の代物!?」

「貴方たちに教える謂れはないわ。……あれ? 作動しているのに、石板には塵が集まらない……? どうなってるのかしら? 観察記録、考察考察っと。未知万歳。発見最高」

「あれを止めなさい手駒!!」

「手駒言うな。それに、急に止めろって言われても」

「あんた亡霊レイスなんだから、幽霊にできることなら大体できるでしょう!! ポルターガイストで瓦礫を浮かべて飛ばすなり、言葉であの女を呪うなりしなさいよ!! イメージすれば自然にできるから!!」

「えー、と。……こうか?」


 言われるがまま、無数の手を伸ばして瓦礫を持ち上げるイメージを描く。

 すると、手の平大の瓦礫が十個ほど浮遊した。想像以上に具体的なイメージを要求するようで、曖昧に考えた手では取り零したようだ。

 自分の手で魔法っぽいことができると、さすがにテンションが上がる。


「はしゃいでないで撃てーッ!!」

「アイ・マム! とくらあ!」


 投球感覚で一斉投擲。生前の肩では不可能な、イメージ先行、大リーガーのレーザービームを大質量で実行する。

 目標は真っ直ぐ、神器五種。

 しかし、射線にスケルトンたちが飛び出し、壁となって阻む。


「まあ、そうするよな!」


 二投目も同様。スケルトンの数だけでも減るかと思ったが、スケルトンたちはどう骨が折れようとお構いなしに、崩れた身体を組み直し、復活を遂げて守衛に戻る。

 無限に投げて骨が粉になるまで相手をする訳にはいかない。

 幽霊なら……憑依もできるのだろうか。

 いや、どんなデメリットがあるかもわからない手段は避けたい。


「諦め時だな。サン、最悪の場合だ」


 サンとアイコンタクトをとる。やむなしと、サンは頷いた。

 一直線に五種の神器へ向かい、飛ぶ。魂だけの身体は加速度や障害物を無視し、最短距離で神器の直上を陣取った。

 喪服の的外れな狼狽が手に取るようにわかる。


「上から瓦礫を落とそうったって、そうはいかないわよ!」


 スケルトンの防壁が、喪服の頭上に構築される。


 高いところから見下ろす景色は気分が良い。

 馬鹿かしら――

 馬鹿じゃない。

 じゃあ煙ね――

 ある意味、煙かもしれないけど。

 じゃ、準備万端ってことで――


「始めるか!」


 両手を直下の神器に向けて、力を込める。息を吐くように力を込めて、口と鼻から息は出さず、代わりに手の平から出すような感覚。それが魔力を出すコツだと、意識に直接語るサン。

 放たれた魔力は神器全てに注がれ、儀式は加速する。喪服の目論見を助ける真似だが、俺たちは至って真剣だ。

 サンサーラ様のありがたいお話によれば、アンデッドとは、その生成魔法に刻んだ主人の名前の他に、注がれた魔力の主も主従関係を決める上で重要らしい。

 防壁の向こうの喪服が焦燥へ駆られているのが、声音で理解できる。

 どうやら、図星を突いたらしい。


「何をやっている、止めろ、このクソ亡霊レイス!!」

「おーおー、正直な反応はよろしくないな。俺に手下を奪われるのが怖いのか? 魔力の大部分を俺のにしたら、俺がボスになったりしてな」

「手先を増やして、私を殺す気ね!!」

「なら、手を引いてくれるか?」

「冗談!! 返り討ちよ!!」


 喪服も魔力の放出を加速させる。ダメ押しで懐から薬液入りのアンプルを手に取り、飲もうと口へ運ぶ。

 だが、手が動く前に頭がアンプルを迎えに行った。

 直前に、後頭部への衝撃。背後から大物がきたような、首の折れかねない威力で何かが衝突したのだ。


「ぶっへ!?」


 飛ばされ様に、喪服は自分を襲った何かを目で追う。衝撃で破壊された防壁の、人骨が降り注ぐ中、朦朧とする意識が捉えたものは、焼け焦げ、四肢があらぬ方向へ曲がった、鎧の人型。


「も、門……番……」


 異物の正体を言い残し、喪服の意識は落ちた。

 塵を集めなかった神器、石板の呼びかけに応じていたのは、死後、結界外に出たことで消失を免れた、ロマと押し問答を繰り返していた、門番のレピーの遺体だった。

 レピーの遺体とロマは、スケルトンの防壁を内側から破り、スケルトンたちは衝撃の余波で総崩れとなる。


「うわー、痛そー。て言うか、あの石板、俺の分じゃないんかい。でも、これで儀式に集中……いや、こうなったら中断した方がいいのか? なあ、サン」

「儀式が進みすぎているわ。途中で止めたとして、手の付けられない化け物が五体もできる可能性を考えたら、不本意だけど、構わず続けた方が無難ね」

「わかった」


 戸惑いを振り切り、覚悟を決めて、俺は魔力投入を継続した。

 俺が自分からやった、初めてのファンタジーっぽい仕草は、アンデッドの創造だった。英雄なのに。

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