第23話 三度目の正直に賭ける人たち②

◆◆◆


「どうしよう……全員死んだだろ、これ……」


 亡霊レイスというのは便利で、瓦礫に閉じ込められた程度なら余裕ですり抜けて脱出できる。

 瓦礫が赤熱し、陽炎の揺らぐ中、爆発にも熱気にも動じない魂のはずの俺は、天高く上る禍々しい黒煙を目にすると、瓦礫に腰かけて頭を抱えた。どんなポーズをとっても、浮遊感しかない。浮ついて落ち着かない。

 血も涙もない魂だが、血の気が引く感覚がある。

 この厄災、俺は原因の一端にもなっていないような気がする。が、それは罪悪感に目を瞑っているだけかもしれない。それに、現場に居合わせておきながら、あたふたするばかりで止められもしなかった。

 止めようなんて考えもしなかった。

 無力さと、責任を、どうしても抱えてしまう。


「真空の崩壊……」

「今度は核実験級だって言いたいんだろ……。もういいよ……。どうしろってんだよ……。ここの人に顔向けできねえよ……」


 サンに八つ当たりする気力も湧かない。

 魂だけになった以上、魂だけでもできることを探す。第一歩に見える人を探す。その方針はまあいい。

 俺のせいで近くの人、大打撃だが。

 マッチョのせいで街にいる人、皆吹っ飛んだが。

 こんなの、何よりもまず贖罪から始めなきゃだめだろ。何をやれば良いのかわからないけど。それでもだ。

 いや、今の俺は実質死んでいる訳で、死んでたら頭を下げても気付いてもらえないから、どの道、誰かの手を借りないといけないんじゃないか?


「なあ、サン」

「近くに誰かいるわ! それも結構大きな魔法が使えるやつ!」

「えええ!? そんなことアるぅ!?」


 結構シリアスしてたところに、諸々都合の良い状況を、喜色に染まった声音で報告されたら、声も裏返るだろう。

 ほら、見なさい。と、サンが器用に髪先で示す方へ目を向ける。周囲の赤熱していた瓦礫が不自然な速度で赤みを失い、急速に冷却されている。それも、広範囲に拡大しているのがわかる。

 こんなに不可解な現象、魔法と言われれば確かにそうだ。

 そうなのだが。


「何か自分とマッチョの自爆を見た後だと、地味だな……」

「地味でも何でもいいからサッサと探す! 見えるやつなら声をかける!」

「それもそうだな……っと、本当に生き残ってら。タフだな……。おーい、そこの人ー? ……人だよな? おーい、聞こえますかー?」


 俺はサンの頭を抱えて、目に留まった喪服の女のところへ文字通り飛んで行った。


◆◆◆


「殺す素振りを見せたら殺す」


 滅茶苦茶警戒されてしまった。飢えた野犬のように呻っている。

 名前も聞き出せそうにない。

 多分、生首抱えて近付いたのが良くなかった。亡霊レイスへの忌避よりも、きっとショックだろう。

 どうしよう。

 とにかく笑顔で、柔和にしておこう。


「い、いきなり幽霊が話しかけてきたら、そりゃ困惑されますよねー……。俺は……」


 間髪入れずに、喪服の女は耳を塞いだ。


「……あの、えーと」

「呪言で私を殺す気ね!? そうはいかないわよ! 私は凪凪凪凪凪凪……」

「……あー、ちょっと失礼しますね?」

「今生の別れであって欲しいわ」


 俺の一声で喪服女から離れて、緊急サンサーラ会議へ。


「やべえよやべえよ!? 第一印象最悪だよこれ!?」

「あんたが私を解放してくれたらマシになるかもね」

「いーや、野放しにできるか! それだけで距離が縮むとも思えねえしな!」

「チッ、頭脳デバフビームなら話が早いのに……あれ、指からしか出せないのよね」

「デバフビーム……うっ、頭が」

「誰が頭よ。お互い様でしょ。爆心地にいる、異様な気配の魂だものね」

「……なるほど、あの爆発の実行犯だと思われている訳か……」


 一回目はともかく、これだけの被害を出した二回目は筋肉女のせいなのだが、一回目でどんな影響が出たか、わかったものではない。

 この世界の常識や魔法の仕組みに疎い今、早合点は禁物だ。


「半分正解でやんのプークスクス」

「うるせえ! 笑い事じゃねえよ! どうすりゃいいんだよ!」

「私たちの目的を思い出しなさい」

「目的も何も……」


 この世界を神にとって都合の良い状況に誘導する。そのためには、名実ともに神の使徒である英雄――預言者の活躍が不可欠なのだが、俺は死んだも同然で、人の目にも見えない。

 必然、見える第三者の協力が必要になる。

 見えるだけでは駄目なのだ。


「彼女と特別仲良くする必要、ある?」

「……言われてみれば、見えているからって、特別執着するのは違うかもな」

「そうそう。蘇生魔法でも使えるなら、つきまとう理由はあるけどね。無理して分け隔てなく仲良くしても、一部はお互いに不利益になりかねないわ」

「……じゃあ、蘇生魔法と、俺たちが見える人の手掛かりを探るまでということで」

「ひとまずそうしましょう。ゴー!」


 会議終了。振り返って、喪服の彼女へ向き直る。


「ところで! 蘇生魔法にご興味とかって……!」

「よーしお前らー、今日から私を守っていけよー。……え、蘇生……何? 見ないでくれる? 邪視で殺す気? そうはいかないわよ! 私は黒子黒子黒子黒子……」


 そこには、喪服の他に十数体の人影が立っていた。

 どこから湧いてきたのかはどうでもいい。それらは大小様々な人型の骨格で、肉も無いのに意味のある形を成し、脳も無いのに生きているかのように振る舞えるのだ。


「二度目のチョット失礼シマスネ!!」

「良い再会だったわ。劇の終わりみたいで」


 今度はサンの一声で会議再開。さっきの終了は中断と見なす。


「死霊魔術じゃないの!! 目を離してる隙にスケルトン軍団作ってんじゃないわよ!!」

「俺に言われても……なあ、一応聞くだけ聞くが……。あれ、蘇ってたけど、あれじゃダメ……だよな?」

「ああいうのは神の摂理に反するって言ったでしょうが!!」

「どう反するんだよ?」

「説明する暇がないのはわかるでしょ! 見なさいよ、あのモンスター・ルッキング・ガイズを!! あの女の下僕になっちゃうし!! ていうか、ご興味ありますか? じゃないし! どういうアプローチよ、宗教勧誘か!?」


 宗教勧誘の件はそのご本尊に言われるとお墨付きみたいになるからやめてほしい。しかし、他の点については。


「まあ、お前の言う通りだよなあ……」

「わかったなら、今すぐ殺すか永久追放かしろ!!」

「いやいやいや、何もそこまで」

「レツィスもミアも、それに刺客とか筋肉女とか! 手駒にされたらまずい人材ばっか揃ってんでしょうが!! 最悪の場合は……」

「最悪の場合はどうすんだよ」

「それは……とにかくゴーゴーゴー!!」

「へーい」


 会議終了であって欲しい。

 首使いにコツを得たのか、どこを支えにしているのか見当もつかないサンにグイグイと押されつつ、再び喪服女に向き直す。

 いや、でもいきなり戦う、というか殺すとか言われても、勝手がわかるはずもなく。


「あのー、俺たちのこと見える人に心当たりがあるなら教えてくれたら、後はどこへでも行ってくれたら満足するから……だからそのー」

「棺桶はそこ、石板は隣ね。あーそこ、巻物はヨレがないように広げて。培養槽はもっと人員割いて、最後の一つなんだから丁重に。そこ! 巻物は重ねない!」


 喪服女がスケルトン軍団に指示を飛ばしながら、何やら大仰な物品の数々の荷解きを進めていた。

 いや、本当に荷解きか?

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