第15話 ガチャで爆死する人たち③
◆◆◆
今日まで、魔族によるモドグニク侵略の手が長く止まっているのは、古代遺跡の結界の力によるところが大きい。
守りが固い反面、魔族への目立った反撃はおろか、遺物に依存しない防衛に有効な手立てがないことは、王国側の消極的な態度と、沈黙が雄弁に語っていた。
故に、王国は飛躍的な手段を求めている。
神の使徒たる予言者、英雄の力を。
「これはどういう状況なんですかね、神様」
俺とサンがくぐった光のゲートの先は、その眩さに反して薄暗かった。明暗差に目が慣れるまで、そうかからない。
湿っぽい地下空間。
洞窟のような雰囲気の暗闇の中に、一瞬筋肉を見出した気がして身構える。
しかし、おっかなびっくり辺りに目を凝らすと、全く別の場所だと知る。自然の岩肌ではなく、人工的な石積みの構造。松明の野性味ある光源ではなく、穏やかに揺らぐ燭台の火。
筋肉世界とは雲泥の差で、文明を感じる。しかし、息の詰まるような閉塞感は変わらず、また洗練された構造であるためか、どこか肌寒さを覚えた。
「どうって何が」
言われて、サンが周りを眺める。
足元には、夜光虫のような光が徐々に薄らぐ魔法陣。俺たちはその中央に立っている。
その魔法陣を取り囲むように、杖を携えたローブ姿の人影が何人か。杖の尖端には大粒の宝石が埋め込まれており、蝋燭の火を受けて怪しく煌めいていた。
見るからに魔法使いな彼らのほどんどは、肩で息をしていた。
「どういうことだ」
「預言者が現れるのではないのか?」
「術式は発動しています。陣の設計に錯誤があったようにも見えません」
「ではなぜ? 何がいけない?」
魔法使いたちが、互いに困惑しつつ、顔を合わせて首を傾げている。
どうもこうもない。こんな状況を目の当りにしたら、こっちだって不安になるだろう。
「この、見るからに、間違えたかな~? って感じの状況だよ」
俺のクレームに対して冷ややかに、やれやれ、情けない。とでも言いたげな苦笑で、サンは首を横に振りながら口を開こうとした。
その時。
「召喚の分野は専門外なので後学のために教えを請いたいのですが」
全くその気がない、ツンとして澄ました声音で、その女は言いのける。
「皆様が術を編まれる半ばで手を止められた理由を、お聞かせ願えますか」
魔法陣を囲む者の一人――中でも特に若い、年の頃は高校生くらいの少女だった。
魔女然とした尖り帽子を目深に被りながら、伸ばしっ放しの黒髪がはみ出していて、濃い隈の鋭い眼光が眼鏡の奥から覗いている。厚手のローブから細腕が突き出され、この場で最も立派な杖を掲げている。
女の言葉を受けて周囲がざわめいた。
「半ば……?」
「我々の魔力はおろか、龍脈の余剰魔力を食っておいてか!」
「ではミア・セミオーレ、貴公はまだ、預言者を招いてすらいないと考えておいでか?」
「はあ!?」期待を裏切られた驚きで、顎が外れそうになった。「いやいや、歓迎のドッキリにしにちゃ、冗談きついって! 俺はここに居るぞ!」
魔女――ミアの肩を掴んで冗談を終わらせようと試みたが、腕は空を切り、身体をすり抜ける。
そんなはずはない。そう自分に言い聞かせて、何とかミアに触れようと試した。
肩を再度試しても、帽子を取ろうとしても、背筋をつつーっとなぞっても、無駄だった。
このままでは引っ込みがつかないと、胸を揉もうがお尻を握ろうが股を覗こうが、何度やっても結果は変わらない。触れない。幽霊のように、この身体は人体をすり抜ける。
そんな俺の焦りなど、まるで知らないように、ミアは涼しい顔でご高説を垂れ続けていた。
曰く。
「僭越ながら、私の見解を述べさせていただきます。魔法陣に期待した効果がなくとも、ご指摘の通り想定外の反応がない以上、中途であっても正しい手順で進行しています。となると、満足な結果が得られなかった根本的な原因は魔力量の不足と考えるのが妥当でしょう。どこまで成功したかは大雑把にですが推測できます。異界との接続、安定化、召喚対象の解析、分解、部品単位で運搬、再構築、接続の切断まで……これだけの過程を、我々の力と龍脈の余りで賄えると。前例がこれを再現性のある方法と示しているのも我が目を疑いましたし、御承知の通り皆様へ事前に魔力不足の懸念を進言申し上げておりましたが、結果はご覧の通り。となると、全行程の内、どれだけ進んでいたとしても部品単位での運搬まで、それも、設計図たる魂だけと考えられます。……無茶な指南書でも、国内でも指折りの才覚が集う場です。ましてや皆様はご自身の才覚に自負を持っていらっしゃるご様子でしたので、もしや私の不勉強かと己を恥じていたのですが。よもや失敗するとは……才に驕り、手を抜かれておいでですか? 私の勘違いかと思いますが、もし今ので苦しいとおっしゃるのでしたら、計画を一から見直すべきではありませんか?」
「おいコラ、クソ女神。魂だけってどういうことだ」
さすがに聞き捨てならず、サンの胸倉を掴んで詰め寄ったが、静電気が弾ける感覚に襲われて、反射的に手を放す。拒絶が雑いし、地味に痛い。
「あんた何だかんだ言って、こっちの提案を却下したじゃん。気が変わって他のところが良くなった場合もあり得るって思って、取り返しのつく段階で止まるようにしてるの。本来ならもう少し私が召喚に手を貸すんだけど、あえて手を抜くファインプレー。むしろ感謝してもらいたいものだわ、この神対応に。神だけにね! ペカー!」
これ見よがしに神の力で物理的に後光を差させるサン。
「やかましいわ! 何も上手くねえよ! ドヤ後光やめろ! ていうかここが良い、っつったろーが! 何ならこのファンタジーな現場を見て余計に決意は固くなったわ! どうすんだよ、あの魔女っ娘のオタク特有の早口みたいな煽りを聞いて、結構歳食った召喚師の皆さん、年甲斐もなく歯を食いしばりながらプルプルしてっぞ! 困惑しながらな!」
「わーった、わーったって。もう後で気分が変わっても遅いかんね」
肩を回して背伸びして、腰も捻ってほぐすサン。準備運動がどれだけ召喚に寄与するのかは怪しいものだが、いかにも本気を出しますよと、これ見よがしにアピールしているのはわかった。
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