第14話 ガチャで爆死する人たち②

◆◆◆


 エアモ・ツネス地下遺跡は、結界以外に水道も敷設されている。城門を除けば、都市の内外を繋げる唯一の経路である。

 しかし、侵入は事実上、不可能と考えられてきた。

 まず上水道。

 水に満ちた管内の移動は、水生種族でなければ適わない。加えて、随所にあるろ過機構を取り除く手間がかかる。水道の片隅に寄せた程度では通路の用をなさず、進んでは撤去の繰り返しで、侵入は遅延する。

 加えて、侵入者が足止めを食っている間、水質汚染が進み、都市側が異常を察知してしまう。

 侵入を察知され、かつ逃げ場のない、水で満たされた上水道内。氷魔法や雷魔法でも使われれば一網打尽にされる。

 上水道を通るのは、現実的ではない。

 では、下水道は。

 確かに、上水道と比べれば侵入は容易だ。だが、侵入に限っては容易というだけで、都市部への侵攻に使うのは正気の沙汰ではない。

 河川排水口から都市までの距離が甚だ遠く、上水道と比べればかなり広いが、それでも通路としては細い。上り坂で、不潔で、時には堆積した汚物の除去が必要で、かつ小型ながら無数の魔物の巣窟と化しており、人間が攻め入るのには余りに不向きである。

 この下水道の住人たる小型の魔物たちも、結界に触れようものなら身を焼かれ、最悪の場合、死に至る。たとえ人間大の魔物が入って来ようと、結果は変わらない。どころか、結界へ到着する前に小型の魔物の餌食となるだろう。


「だが、難攻不落であっても、無敵ではない」


 老若男女が一斉に金切声で語るように、一つの影は独りごちた。

 それは、一言で表すなら、無数のネズミを放射状に固めた、浮遊する毬だった。それぞれのネズミが個々の意思を持つようでいて、一つにまとまったように振る舞うが、そもそもして全てのネズミに生気はないように見える。

 このネズミ玉は、魔法を作り出した火球を明かりに、もう一つの影を先導していた。

 そして、下水道の侵入者を襲撃してくるはずの小型の魔物たちは、それの姿を目にするや、首を垂れて這いつくばり、かの者の穢れた花道を恭しく飾るのだった。


「この縄張りを統べる主が、人間を招き入れればな」


 集光性の高いネズミの瞳が、灯り代わりの火球で煌めいて、後を追うもう一つの影を向いた。

 背丈は幼い人の子供程度。防水性の高い鮫革の外套で全身を覆い、防塵と瘴気避けのために、嘴状のマスクを装着していた。

 闇に溶け込むように、それは気配と足音を殺して、歩を進めている。


「それもこれも、慈悲深き我らが君のご寵愛、ただのネズミの群に過ぎなかった我らに、畏れ多くも名を御下賜くださり、卑賎の身に過ぎず、主になろうとも思わなかった我らを、王の器にまで練り上げてくださった賜物である。お主もそう思うであろう」


 嬉々として語るネズミの王に対して、マスクの方は揺らがず、ただ歩く。己の発する情報を丹念に殺し、下水道の闇と同化しながら。


「ふ、まあ良かろう」呆れた様子で、肩があるならすくめて言っているであろうネズミの王。「ほれ、着いたぞ。この先はお主の務めである。さっさと行け」


 一見何もない、これまで通りの下水道である。しかし、そこには確かに結界が張られ、あらゆる魔族を退ける壁が展開されている。ネズミは王となったが、ここを越えることはできなかった。

 だが、マスクは違う。

 ネズミの王が躊躇う境界線を易々と跨いで、エアモ・ツネスの領内へ踏み入った。

 ネズミの王の感嘆を知ってか知らずか、境界線を挟んで、マスクは振り返り、王と向かい合う。


「慕っているのね、魔王のこと」

「その呼称は好ましくない。いずれにせよ、敬称をつけよ」

「……」

「……先の問いだが、当たり前だ。人間どもも、あの御方の庇護の下に集えば良いものを」

「フン、お利口なだけのお馬鹿よ、その御方は」

「……今、何と?」


 平伏していたネズミたちが一斉に、マスクの方へ向く。


「おかしいと思わなかった? あなたたち自身の境遇を。王様になってくれって言って、愛も注いで、名前も、広い世界のことも、賢いおつむもあげて。なのに、こんな臭くて狭い場所に閉じ込めて、任せたのは、ここの主よ? 王になってから、ここから外に出たことはあるの? 本当に欲しいものをくれたの? その御方は」


 火球が結界に直撃し、閃光は散り散りの火花になった。

 闇に残るのは、爛々と輝くネズミたちの視線だ。


「身の程を弁えよ、人間如きが! あの御方の侮辱だけは許さぬ! それに、ククク……お主はどうなのだ。こうして臭くて狭い我が領域に踏み入れ、あの御方がお与えになった任務に就いているではないか」

「そうね。これが最後。後は好きにさせてもらうわ、報酬をもらったら。あなたたちも好きにすれば? これが終わったら」


 マスクは自嘲気味に、幼い笑い声を漏らし、鉄爪の仕掛け籠手を展開し、翻って歩み始めた。


「きっと、渡した後は好きにする。あの馬鹿も」

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