第16話 ガチャで爆死する人たち④
◆◆◆
闇に融け、息を潜める。天井の角や物陰に身を埋め、時には拾った石くれを投げて、監視の目を探る。まんまと誘導された
嘴マスクの潜入者、少女は、初めて訪れたエアモ・ツネスの地下遺跡において、常の狩場を回るように振舞っていた。支給された遺跡の構造図が古く、時々現状と食い違うこともあったが、それも織り込み済み。
目標の一つを発見した。
少女は、淡々と下命を果たせば良い。
(おかしい、何かが)
少女は、戸惑いを平静に客観視する。
少女の目的は、堅牢無比を誇るエアモ・ツネスの大結界――それを起動させている魔法陣の破壊、または魔力源の遮断だ。都市が無防備になったところへ、魔族軍が侵攻する。
結界に拒まれない、人間である少女が魔族と結託すればこそ可能にさせる作戦である。
加えて、本来は隠蔽されているであろう結界の魔法陣は、おあつらえ向きに、その所在が暴かれており、渡りに船であった。
そこまでは良い。
何故、隠されて然るべき所在が暴かれているのか。
魔法陣が埋設された石畳の通路に、水晶の楔が穿たれ、繊維加工ミスリルを紡いだ太い導線が、いずこかに伸びている。遺跡の構造図と照らし合わせても、その下に魔法陣があることは間違いない。
何のために?
ミスリル導線が淡く光っているのは、魔力が通じている証左である。この細工をした者は、魔法陣から魔力を拝借していると考えられる。結界の魔法陣の魔力源は龍脈であることを考えると、龍脈から新しい導線を引く手間が惜しい、また、一時的な処置で十分であれば、この手段は有効かもしれない。
そうまでして、何を成そうとしているかは不明。
誰が?
十中八九、モドグニク王国の中枢に近い者たち。
魔族に苛まれ、抵抗を続ける、哀れな国を憂う者たち。
「……」
石造りの、冷たく暗い遺跡の通路の先へ、ぼんやりと光るミスリルの筋が続いている。
可哀そう。徒になるなんて、抵抗が。
導線の先にいるであろう者に、同情する少女。今日でなければ、こんなにあっさり結界の急所が見つかることもなかっただろう。その間の悪さには、無常すら感じた。
魔法陣の刻まれた岩盤の露出面に、少女は懐から取り出した鉄の棒を立てた。螺旋状に溝のある鉄棒は、魔法陣から漏れる魔力に反応し、独りでに回転し始め、岩盤を掘削し始める。
こんな細い棒の掘削では、結界に少々の不具合が生じても、壊すには至らない。だが、穴に爆薬を注げば、致命打を与えられる。
それで、少女の使命は終わる。
少女の呪縛は解かれる。
「……見過ごせない、やっぱり」
暗闇に続くミスリルの筋道。その先で何が起きているのか。
例えば、結界が解かれても、魔族軍を迎え撃てる手立てが、この先にあったとしたら。少女が使命を果たしても、魔王の望む結果が得られないかもしれない。任務は失敗と見なされ、少女の希望は先延ばしにされるかもしれない。
絶対にごめんだ、それだけは。
こんなこと、本来であればあり得ない厚意なのだが、魔王にサービスをしてやろう。追加報酬の算段を立てつつ、ミスリルの導きに従った少女が、その先で目にした光景は。
石造りの広い空間に、大勢の人間が結界とは魔法陣を取り囲む現場であった。
この筋書きを描いた当人がほくそ笑むのを思い浮かんだ。少女は、苦々し気に舌打ちをし、袖の鉄爪を強く握った。
「そう。こっちなのね、本命は」
◆◆◆
サンは懐からヘイローを取り出し、何やら高速で打っている。フリック入力みたいな動作だ。
本当にそれスマホみたいだな。
スマホがヘイローみたいなのですよ、姿形すら神を模した、しょーもないパクリ生物よ――
テレパシーでクソリプすんな。人外から失礼しますと言え。
かつて、ヘイローはフランクさんにパクられてスマホとなった――
ジョブズ違うんかい。
後にジョブズがブラッシュアップしたアイデアをパクって今のヘイローとなった――
ほなそれスマホやないかい!
アイフォンじゃボケ――
ほなジョブズやないかい!
実在の人物、団体とは関係ありません――
ほなジョブズやないな!
今、チートスキル一〇〇人分いただきましたけれども――
こんなんナンボあっても困りませんからね。
「ていうか何をしてるんだ?」
「うんじゃ、送信と」
「やっぱ文章かよ、っと」
レツィぴへ☆彡
いつも信仰あざ☆彡 今日の正装もおしゃかわじゃね?
レベチのあたおかの英雄選んでさ、ダル絡みされてガンナエなう。
リアタイでメンブレなんよ。ぴえん。
リアルガチで、おくちょのメッセKSしたわけじゃないんで。
つーかウチ、神ってるから、秒で激アツな奇跡送るんで。
とりま、よろ~^^
おつ~^^
「うわぁ……」
「覗きはマナー違反フラッシュ! ペカー!」
「目がッ!?」
サンが強烈な後光を発し、目が潰れる。網膜が焼ける痛みに目を押えて、思わず仰け反った。
一方その近くでは、シロップ漬けに砂糖をまぶしたような甘ったるいギャル風メッセージを受け取ったのか、先程までの剣吞な雰囲気にあたふたしていた白装束の女司祭が、はっと顔を見上げ、両手を組んで祈りを捧げ始めていた。
神に愛されそうな、清らなたたずまいだった。
「レツィス様、まさか神託で?」
「ヅイシの導き、サンサーラ様からの神託にございますが……、あの……えーと」
レツィスと呼ばれた司祭は、すごく難しい顔をしてらっしゃった。受信メッセージがあれでは仕方がない。まず俺なら解読する前に胸やけを起こす自信がある。
それでも、辛いかな、神託と解釈されたあのメッセージを、伝えない訳にもいかず。
「コホン……。信徒レツィスの厚き信仰に祝福を。僧服をも隈なく清らなるままに我、感服せり。英雄の御魂、甚だ荒ぶり、懲伏し難し。我が威光の至らぬことを恥じ入るばかりなり。されど、汝らの祈り聞き届けたり。持てる神威を振るいて、汝らに力を授けん。心して臨むべし。そうあれかし。……と」
「うおいッ! クッソ気ィ遣わせてるじゃねーかッ! あの駄文をめちゃくちゃ神聖な感じに翻訳してんじゃねーか、この司祭さんッ!」
「大丈夫大丈夫。私とレツィぴはツーカーだから。阿吽の呼吸・壱ノ型・以心伝心一〇八連だから」
「鬼●隊かよ! オリ呼吸やめろ!」
「阿吽の呼吸は、数ある全●中の呼吸の中で唯一の、二人一組を前提とした……」
「設定の深掘りなぞ求めとらんわい!」
「阿吽柱は、阿柱と吽柱の二人で~」
「もういいっての!」
「まーまー、冗談は置いといて、レツィぴが言った通り、ちゃんとそう変換されて聞こえてるから。聞き届ける本人の主観次第だから」
「適当なこと言うな! そうだったとしても原文があれって知ってみろ! 俺だったら幻滅するけどな!」
「知らぬが仏よ。神だけに。ペカー」
「仏じゃねえじゃねえか! てか仏厳禁じゃねえのかよ!? ドヤ後光やめろ!」
レツィスは続ける。
魔法陣を同じく囲む諸氏へ、それぞれ歩み寄り、言い聞かせるように。また、手を握り、癒しの淡い光の魔法を、疲れ果てた彼らに与えながら。
「皆様、諦めてはなりません。一人ひとりの力は微々たるものでも、集えば万難覆す大きな力になりましょう。たとえそれでも足りずとも、今、我々には、癒しの神サンサーラ様からのご加護があります。今一度、英雄召喚の儀を執り行いましょう。私は、神に祈り請います。皆様は、再び魔力を陣に込めてください。……それと、ミア様」
そうする内にミアの前に来たレツィスは、これまで通りに手を差し伸べる。だが、応えるべき手は、わざとらしく腕に組まれてしまう。まるで気難しい子供である。
最初こそ虚を突かれたようなレツィスだったが、失笑混じりの息を吐いて、気難しい彼女へ慈しんで接する。
「貴女は史上稀に見る逸材であることは、この場にいる誰もが認めています。貴女のお立場からすれば、私たちはご期待に沿える人材ではないかもしれません。それでも私たちは、今直面している問題に挑むために今揃えられる、この国で最良の賢人としての期待を背負う身です。一刻の猶予も、十分な備えもない今、成すべきことは、我らの無力を嘆くことではなく、全員の力と知恵を束ねることだと思います。どうか、我々にお力をお示しください」
態度を崩さず頭を下げるレツィスに、ミアは舌打ちをし、「無礼を働きました。完璧な仕事を以て謝罪とさせていただきます」と、不承不承ながら、頭を下げ返し、元の配置に戻った。
「けなげ! すっごくけなげ! お前コラ、あのいかにも人のよさそうな子の信心を弄びやがってコラ! ていうか癒しの神って何だよ、欠片も癒されてねえよ!? 死と再生の神だろ!? まさか騙してるのか!?」
「えへ、死を隠して再生の部分だけ強調してヅイシ教を布教させたらこうなっちゃった」
「なっちゃったじゃねえ! 誤解を解く努力をしろ!」
「あ、レツィぴからリプきた」
「責めて祈りって言ってやれよ……。本人がそう言ってんだから。信徒大事にしろ」
サンちゃむへ(。・ω・。)ノ
なるりょ(‘’◇’’)ゞ がんばう(/・ω・)/ おっつ~(*´ω`*)
「嘘だと言ってくれ!! あの司祭さんの祈りがこれ!?」
「これは……阿吽の呼吸・弐ノ型・顔文字連打」
「黙らっしゃい!」
「可愛くて良いじゃない。これがあの子の本性だったとしてもさ」
「本性だったとしても、仮にも司祭の立場! プライベートならギャップで済まされるけど、仮にも神託を受けるのって祭儀だろ! 真面目な場面でふざけて欲しくなかった! あんな敬虔そうな人なのに!」
「まあ安心なさい。ヘイローが勝手に変換しているだけかもよ」
「何でこんな面倒くさいシステムを通す必要があるんですかねえ!」
「見てみろよ、私だぜ? ペペカー」
「ドヤ後光やめろっつってんだろ!!」
ダメだ。サンサーラが絡むと何かと引っ掻き回される。懲りない炎上系みてえに制御できねえ。俺まで毒されそうだ。
この世界にこれ以上撒いてはダメだ。
「ああ、まだ何も始まってないのに、アホみたいに疲れた……。お願いしますよサンサーラ様。俺、このままじゃ召喚される前に過労死しかねませんから」
「しょうがないわねえ。それじゃ、女神パワーでパパッと済ませちゃいますか」
今度は懐からボタン一個のリモコンのようなものを取り出したサンは、流れるようにポチっとボタンを押した。
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