第4話 拾う神がコレ③
「お前は誰だ」
「俺の中のオレ」
「茶化すな。お前は誰で、ここはどこだ。あと、目的は」
「もう答えたのもあるんだけど……まあ、まずはそれくらいでしょうね」
人を小馬鹿にして、女が答える。
「私は死を再生へ導く神」
「はい嘘乙」
「で、出た~~~! 理解不能な高位概念に触れて否定から入る奴~~~! これだから低次元生命は……」
「神だとして、その低次元生命に捕まりかけるんじゃねえよ。スケール小っちぇえな」
「は? 人間に後れは取らないが?」
ほら、お前、両手両足。手錠。ジャラジャラ。鈍いのが見ていられなくて、自称神にジェスチャーでヒントを出す。
促されるまま怪訝そうに両手に目を落とした女神は、
「こんなものーッ!!」
と、絶叫。手錠を素手で飴細工でも割る調子で破壊した。力んで詰まるどころか、声を絞りもせず、もう軽快に、バブチーン! と。
驚くべき怪力だが、余りに見事で、気持ちの良いパフォーマンスにも見えたので、俺は思わず拍手を送った。
送って、急に冷静になったというか、納得した。
「ああ、飴細工か」
「アルミ合金だっつーのよ! 噛んでみ!?」
自称神が息巻いて、噛みつきそうな距離まで詰めた。引き千切った手錠の残骸を、俺の頬に捻じ当てて鬱陶しい。いや、怖いくらい力強いな、こいつ。
「痛い痛い痛い! か、硬い! 食い込む!」
「マンマよ、アーン!!」
俺はイヤイヤ期の赤ちゃんか!
神目線だと有機生命体は全て赤子同然――
心に直接語りかけるのが一番神っぽい仕草なんだよな。
「心に直接語りかけても、力を誇示しても、イマイチ信じてくれない……。若い子はすんなり信じてくれるのに……」
「だってどうせトリックだろ。指向性スピーカーとコールドリーディングを使えばテレパシーっぽいやり取りはできそうだし、仮にあんたが怪力持ってても、その力で殴られたなら、こうして生きてられんわ」
「殴ってないし、生きてない」
「度が過ぎる全否定やめろ。縁起でもねえ」
「口が減らないわね。埒が明かないわ」
「いや、こっちのセリフだが」
「もう良いわ。そんな時間かけて良い話でもないし。とにかく私は死と再生の神サンサーラ。長いからサンと呼びなさい」
「それで話を締めるなら俺の勝ちだが」
「生意気言ってると、トラックで殴るわよ」
「うす、すんません。サンさん、素直に聞きます」
ていうかやっぱりそれで殴るんじゃないか! という苦情は、この際飲みこむ。
「よろしい。二つ目の質問だけど、……冗談抜きだから本当に素直に聞けよ」
血の通った声音が一気に冷え込む。俺は息を呑んだ。
「あなたは死にました」
いかにも満を持して、って雰囲気を出しておきながら、身も蓋もない。
今までの話を覚えてないのか、このサンサーラとかいう女。俺はこうして生きていて、応接間の高級そうなソファにゆったり(とは、誰かさんのおかげでできないが)座っているのだ。
仮に俺が死んでいたとしたら、その原因は目の前に座っているのだが。
「さっき自分で言ったこと、私が言ったこと、思い出せ?」
素直に聞くと、つい言ってしまったのは早計だった。
こちらの考えはお見通しと言わんばかりに、的確なタイミングでサンは言葉を思考の隙間に挟んだ。
俺だって黙って聞いていたいわけじゃない。だが、何故だか相手が一枚上手で、こっちは口を噤まざるを得ないのだ。
話の流れしか左右しない些細な言質を覆したとあっては、俺の器が知れるしな。
「……おう」
「よろしい。それで、二つ目の答え。ここはいわゆるあの世。生を終えた魂が次の世界へ行くまでの待合室とか、マッチングルームだと思ってくれたら良いわ」
生を終えたというか、こいつの話に合わせるなら終わらせられた、だし、ここの内装は応接間だし。説明が対戦ゲームっぽいのがまた、何とも死後の世界という神秘性を薄めている。
表面上は別として、せめて内心は自由に反論させてもらう。
どうせ
「……わかった、頑張って呑み込んだ」
「よくできました。じゃ、三つ目。の前に、前提ね」
サンは初めて、真面目な面持ちになる。
「本来、全ての記憶を抹消して輪廻の渦に帰すべき魂に、生前の記憶と身体を引き継がせたまま、私たち神の前に呼び出す理由は三つあるわ」
曰く、一つは、特に邪悪な魂を地獄で浄化するため。
曰く、一つは、輪廻に還すには惜しいほど優秀な魂を使徒として招き入れ、天国で神の補佐をさせるため。
「そして最後の一つが、あんたに期待していること。つまり、神にとって都合の悪い状態になりそうな世界を、神にとって都合の良い方向に導く預言者に仕立て上げるため」
「ちょっと待て、よくわからん。世界? 預言者?」
「いわゆる、異世界転生して英雄になって魔王を倒す、的なことよ」
また身も蓋もない。
そういうのが流行っているのは知ってるよ? でも、自分の死を仮にでも認めて、死んだ前提でこれ以上、話を盛られても、置いてけぼりな気がするんだよな。
何で素直に聞くなんて、生返事しちゃったかね。
急に馬鹿らしくなってきた。早く話を終わらせて、とっとと帰ろう。
「……人選、間違ってんじゃね?」
「あれ!? 思ってた反応と違う!? 転生は微妙だった? 召喚? それとも転移?」
「いや、ワクワクしたよ? 憧れるよ、実際、英雄。ただ、いざ異世界転生って振られたら考えてしまったわけだ。それって例えば、日本でのんびりやってた自分が、いきなり
「頭脳デバフビーム! イヤーッ!」
「グワーッ!?」
「イヤーッ!」
「アバーッ!?」
◆◆◆
「いわゆる、異世界転生して英雄になって魔王を倒す、的なことよ」
「英雄ねえ。……神にとって、とか、仕立て上げるって、損得が剥き出しすぎじゃね?」
あれ、何かこのやり取り、デジャヴだな。
それに……理由はわからないが、ニンジャが魔貫●殺砲してるイメージがボンヤリと浮かんでいるような。
「アホ面でウケる」
「あんだって?」
「何でもないわ。でも、そういう運命だとか、使命だとか、それこそが美徳だとか言うよりも、信用に値する理由じゃないかしら」
「それは俺が決めることだ」
「うん。あんたが決めることだから、私も言葉を選んでいるつもりよ」
「手段は選ばないのにか」
「うっさいわね。さっきの本の一巻目から見せるわよ。シーズンワンで二四巻、今第八シーズンね」
いやロングセラーかよ。ドラゴンカーセックス一本で? アホか。
「勘弁してください」
「仕方ないわね。じゃあ、あんたにとってすっごく身近なことに例えてあげる。これまでみたいに、波風立たない代わりに特別満たされることもない人生と、私みたいに神ってるやつに右往左往させられながらでも最高の境遇で始まる人生、どっちを送りたい?」
「……それは」
生まれる時代や世界が違ったならば、と夢想することがある。
だが、所詮は夢想だ。他人の口から聞くと、突拍子もない話だと実感する。
死後の世界。あるいは別世界、異世界。有史以前、あるいはもっと遠い昔から人類が思いを馳せてきた世界。数々の説話や創作でまことしやかに綴られ語り継がれてきた存在だが、それらを実際に観察した人間は居ない。
冗談めかして「だってそこは楽園だから戻りたくなくなるんだ」とか「地獄の監視は完璧だから」と煙に巻いて終わりなんてのは常套手段で、「戻って来た人の語る話も、百年経てば出展不明の伝説になる」なんて凝った返しもある。
全て与太話。
なのだが。
サンは、そんな当然の疑問は容易く見抜いている。
雷で荷物受け取りのサインをしていたのはともかく、心で直接会話をした以上、サンが超能力を持っていると信じざるを得ない。
脳に細工されたと疑えばキリがないが、そんな細工を施すくらいなら、比較的現実的な線を疑えるようにはしないだろう。
それに、現実的に考えれば考えるほど、この茶番でサンが得をするとは考えられない。
あり得ないと思っていたものを見せられれば、あるいは異世界も……と、少なからず思ってしまう。
サンが肩をすくめて微笑する。
「そう。じゃ、この部屋から出てみる?」
その提案に、意味があるとは思えなかった。俺が思う限り、俺の意思を左右するほど有意義ではないはずだ。
そんな俺の逡巡を、哀れな思考だと指摘せんばかりに、サンはニヤけたツラで首を傾げている。きっと、その表情を見た俺がどうするのか知っているのだろう。そう思わせるのは、彼女が本当に神のためだろうか。
ヘイローダッシュとか名乗る配達員が来た扉の前に立ち、取っ手に手をかける。
扉を開いたその先は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます